石畳の道と布団の道
藤泉都理
石畳の道と布団の道
背後に気配を察知しながらも、無視を決め込む。
気配、と言うか、念、と言うか。
どうせ少し離れたところから、恨みがましい念を送り続けているに違いない。
無視だ、無視無視。
何故って、どうせあいつに決まっているからであり、事実、その通りだったのだが。
「っおまえ」
ずっと無視をし続けた私に業を煮やしたのか。
前に回り込んできたあいつは、何故かショートヘアーという変わり果てた姿になっていた。
私は驚愕を露わにした。
「おま。おま、え。おま、え?」
私とライバルであるこいつは、互いに生涯に渡って守り続ける一つの誓いを立てていた。
私は生涯、石畳の上で眠り続ける事。
こいつは生涯、髪の毛を伸ばし続ける事。
互いの武道を極める為に、私たちは誓いを立てた九歳からずっと、八十歳になるまで守り続けて来たのだが。
私が八十歳を迎えた時、あろう事かこいつは信じ難き事を口にしたのだ。
もう、石畳に直に眠るのはよして、布団を、否、布団だけでは足りぬ、ベッドマットを敷いて眠ればいい。
その言葉の本気度を示すように、布団とベッドマットを抱えて、こいつは、そんな信じ難き事を口にしたのだ。
私は憤慨した。憤慨し、おまえの顔をもう見たくないと突き放した。
だが、こいつは、私の言葉にへこたれずに、付き纏い続けた。
布団とベッドマットを持ち歩いて。
私は何度もこいつに言葉をぶつけたが、その言葉が通じないと悟った時、無視を決め込む事にしたのだ。
そうしたらば、こいつは、遠くから気配を、否、念を送るようになった。
五年間ずっと、この状況が続いていたのだが。
「おま。おま。おま、え」
おまおま言い過ぎて、おまんまと言いそうだ。
頭の中で生まれてはくだらない事を抜かす分身を投げ飛ばして、口の中に唾を溜め込んでは飲み込み、言葉を紡ぐ。
「おまえ、その姿は一体なんだ?」
「いやなに、おまえにばかり誓いを破らせるのはいかがなものかと思い至ってな。数年もの月日を要してしまったが、ようよう決意がついて、先程、己の手で斬り落とした」
瞬間、目の前が真っ赤に染まった。
「互いの武士道を極めるという誓いを忘れたのか!?」
「………もう、俺もおまえも、八十五歳だ」
「それがどうした?死ぬまでずっと武士道を歩み続けると誓い合ったではないか?」
「俺はもう、武士道を歩み続ける事に疲れたし。何より、おまえに長生きしてほしくなった。石畳で寝るなど。身体に悪い事をしてほしくないのだ。ゆえに。布団と、ベッドマットを。使ってほしい」
「………は。おまえ………そうか。それが、おまえの。選んだ道、ならば。私は、止めぬ。好きにしろ。だが。私をおまえの道に巻き込むな!」
「巻き込む!俺の道におまえが必要だ!」
「知るか!私は、私の道を歩き続けるのだ!私は私の武士道を極める!死ぬまでだ!」
「そんなに硬く冷たい石畳の上で死にたいのか!?」
「そうだ!!知っているだろう!?」
「ああ!!知っている!!知って、いる………けれど。俺は。おまえと………闘い合うだけの人生を共にしたくなくなったのだ。闘い合わぬ人生も共にしたくなったのだ!!死を間近に感じたからこそ。寿命を間近に感じたからこそ」
「………何を今更。今迄も常に死を纏っておっただろうに」
「俺は、死よりも生を強く感じていた」
「そうか………だが、すまないな。私は、おまえと同じ道は歩かない」
「………布団とベッドマットは、いいぞ。やわらかく、温かい」
「ああ。だろうな。だが、私に、布団とベッドマットは、不要だ。私の道に必要なのは、石畳なのだ」
私はこいつに背を向けて歩き出した。
石畳の上を、これまで同様に、これからも。
「っあっ」
私は茫然自失になった。
まさかあろう事か、私は、石畳に蹴躓いて、顔から石畳に突っ込んだのだ。
両の手を石畳に置いて、顔への負傷を防ぐ事ができなかったのだ。
否。今迄であったならば、蹴躓いたとて、華麗に一回転して、着地していたはずなのだ。
そんな、そんな、こんな、ばか、な。
「………」
「………」
「………私も老いたな」
「俺もだよ」
「………布団、使おう、かな」
「………その前に病院に行こう」
「………うん」
病院に行った帰り道、初めてショートケーキを食べた。
甘すぎて、吐きそうだったが、堪えて食べた。
(2024.4.18)
石畳の道と布団の道 藤泉都理 @fujitori
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