第14話


「いらっしゃいませ!」


5月の10日の花屋、日曜日の昼は客で賑わう。


「母の日のカーネション」

「妻の好きなバラを一つ」


小さい子供をはじめ、ラフな服を着た人やスーツ姿の人までもが、この花屋に来ては様々な花を買って笑顔を浮かべて帰る。


「葵君!もう1時過ぎたし、休憩入ってちょうだい」


店内にいた客がいなくなったタイミングで、真由子が葵に呼びかけた。


「ついでに穂花ちゃん呼んできてくれない?ここを出てすぐ右に小さい公園にいるはずだから、お願い!」


「はい、分かりました」



葵は真由子に軽く挨拶して店を出た。






5月の10日の空はやけに明るい。素肌に日が当たると暑さを感じるほどだ。



店を出てすぐ右を向くと、木の壁に隔てられた公園があった。公園に入り横のベンチに目をやると、背もたれに寄りかかり眠る穂花の姿があった。


「菊地、店長が呼んでるぞ」


驚かさないよう静かに呼びかけたが返事がない。


「おい、菊地」


葵は眠る穂花の肩に軽く手を置き顔を見つめた。


いつもは何気なく接していたけど、改めて見てみると、あまりの綺麗さに息が止まってしまいそうだ。


長く濃いまつ毛に小さくも筋の通った鼻、真っ白な肌とは正反対の艶のある黒髪が、暖かくも涼しい風に吹かれてひらりと靡(なび)く。

固く閉ざされた朱い唇は、人形のような愛らしい見た目から一変、一生千金の美少女へと姿を変えてしまう。

本当に僕は、凄いやつと関係を持ってしまったんだな。




「なにじっと見てるの?」


半ば放心状態で菊地の寝顔を眺めていると、菊地が目を半分開いて話しかけてきた。


「あっ、いや......」

「まさか、私に変なことしてないでしょうね......」

「してないわっ!」


「じゃあ、なんでマジマジと私を見つめてたのよ」


「それは......その、改めて見ると綺麗だなって思って」


恥ずかしさから少し目を背けた僕の視界の端で、菊地は左手で鼻筋を軽く触る。


「犬が西向きゃ尾は東よ。そんなことで私を見ていたなんて、本当貴方って変ね」


「そうかよ......ってそうだ、さっき店長がお前呼んでたぞ」


耳元がまだ赤いまま、葵は穂花の話を受け流し、本来の話題に話を逸らした。

穂花は首を動かし公園の時計を見ると「もうこんな時間」と小さく呟いた。


「報告ありがとう。戻るけど、私の座ってたベンチで変なことしないでね」


菊地はニッコリと笑いながら公園を後にする。動物園のときといい、こいつは僕を何だと思っているんだ......


「......休むか」


葵はベンチに腰掛け、木々に囲まれながら、微かに見える青い空を見上げた。

五月晴れの空から風が吹くたび公園が騒ぎだす。揺れる枝葉の中からは、微かな木漏れ日が葵の顔に差し込んでくる。


「母の日か......」


生まれてからというもの、面と向かって何か言ったことなんて無いな。

母さんは一体、何を言われたら喜ぶのだろう。


子供に言われて喜ぶ言葉は何なのか、葵はぼんやりとは思い浮かぶものの、それを言葉にすることができなかった。







「休憩戻りましたー」


1時間の休憩をもらったとはいえ、特にすることは無かった。

退屈な時間を終えた葵が店に戻ると、杖をついた1人の老人が真由子に話しかけていた。


「薔薇を一本欲しいのですか」

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赤ずきんちゃんに御用心!! @aoi_sumire_

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