第12話

「今作るから、貴方はソファーでのんびりしてなさい」


買い物が終わると、穂花は袖を捲ってキッチンへと向かう。


「エプロン借りてもいいかしら?」


「エプロンなんて洒落たもの、一人暮らしの僕に期待しないでくれ」

「そうね、貴方は汚れたって大して変わらないものね」

「ぐぬぬ......」


僕の嫌味を上回る菊地のそれは、僕の心をぶん殴る。さっきの買い物中といい、コイツの近くにいると気が休まらない。



ーーーーー


「みて、あの女の子すごく綺麗!」


最寄りのスーパーに着くや、店内の老若男女が菊地を二度見した。


「こんなに綺麗なら、もっといい男捕まえられるでしょうに」「もったいないわー」

「......」



買い物が終わり帰っていると、向こうから大学生らしき男達がやってきて、赤ずきんを一目見た。


「こんなのと付き合うくらいなら、俺らと付き合った方が楽しいのにな!」


すれ違うとき、わざと聞こえる声で話すと、ゲラゲラと笑って僕達の元から遠ざかっていった。


ーーーーー


「ゔっ...」


今思い出しても心が痛む。

僕が菊地を見てる時はなにも怖くないのに、僕の近くにいる人が菊地を見ていると、心がギュッと締め付けられる。


「どうしたの?浮かない顔して」

「いや、なにもないよ」


「嘘よ。そうね......分かった、買い物のときのこと思い出して傷ついてるんでしょ」


菊地は、傷ついている僕を見つけると、作業を止めてソファーへ向かった。


「貴方が怖気付いちゃったら、もっと格好つかなくなるわよ」


「そんなの分かってるさ......」


「......貴方は私の何?」

「何って......一応恋人だけど」


「一応はいらない、私達は恋人なの。私は貴方の隣を歩いて恥ずかしいとか、不幸だなんて思わない」


菊地は僕の手を握り、じっと見つめてはっきりと言った。


「貴方は絶世の美女に選ばれた唯一の男なんだから、私を立てるためにも堂々としてなさい」

「なんだよそれ......結局お前の為じゃないか」


冷たくつっこむと、菊地は口角を少し上げる。不思議と、さっきまで気にしていた周りの声がどうとでもよくなってきた。


「元気になったのね」


葵の表情が和らいだことを確認し、穂花はキッチンへ戻った。






「できたわよ」


1時間程経った。

葵が身体を起こし立ち上がると、料理を並べる穂花の姿があった。


「それにしても、貴方が和食好きなんて意外だわ。まぁ料理は簡単だったけれども」


焼きサバ、豚汁、ほうれん草のひたし......菊地からすれば、全て簡単な料理だったようだ。

まぁ難しい料理にしても困るだろうし、なるべくシンプルなものを選んだのも事実だ。


「すごく美味しそうだな、ありがとう」

「私が好きでやったことなんだから、感謝される義理はないわ」


菊地は、そう呟くと椅子に腰掛けた。

何もないテーブルに肘をつくや「さぁ食べて」と、僕にご飯を食べるよう急かす。


「菊地の方、何も置いてないけど食べないのか?」

「朝にたくさん食べたからいいわ。私は早く胃袋を掴まれる貴方の様子を見たいの」


「そうか、それじゃ頂きます」



初めて食べる菊地の手料理、感想は......



(......不味い!!)



砂糖と......何を入れたんだ?塩サバがやけに甘くて酸っぱい。それに、砂糖の表面が焦げているせいか、最悪な後味が喉の奥に残る。


「どう......かしら?」


顔色を伺いながら、不安げな様子の穂花を見て葵は悟った。

いたずらなんかじゃない。この料理は、美味いものを作ろうとした結果、偶然できてしまった物なんだ。


「......うん、美味しいよ」


嘘だ。 

この魚が不味すぎて、もう他の料理に手をつけたくないくらいにはトラウマを植え付けられている......


「よかったー」


「......なぁ菊地、お前って普段弁当持ってきてるよな?」


「えっ?うん」

「あれ、自分で作ってるのか?」


「あれはお母さんが作ってくれてる。私は普段料理とかしないし」



『初めての手料理は貴方に食べてほしいの』



この言葉の本当の意味を、今頃になって分かってしまった。

こいつ、料理をすること自体が初めてなんだ......


「だけど、上手く作れて本当によかったわ。もし失敗してたら、貴方を落胆させてしまってたかもしれないし」


菊地は胸に手を当て安堵した。

しかし、料理は失敗している......失敗しているけど、彼女が僕の為に真剣に作ったんだ。ちゃんと完食しよう。






「ご、ごちそうさまでした......っ」

「お粗末さまです」


30分に渡る戦いは幕を閉じた。


穂花は嬉しそうに皿を取り、お腹を抑えて机を見つめる葵に話しかける。


「貴方が美味しそうに食べてくれたから、料理を作った甲斐があったわ。また家に来ることがあったら料理を作らせて」


穂花の言葉は葵の身体を震わせた。


「次も菊地に作らせるのは気が引けるよ、もし良かったら、次は一緒にご飯を作ろう」


「そうね、2人で作るのも恋人みたいで良いかもね」

「『恋人みたい』じゃくて、恋人だろ?僕達は」 「なっ!......なによ急に」


皿洗いの準備に取りかかる菊地の声が、シンクを跳ねて僕の耳に届く。

あの時、恥ずかしげもなく言っておいて、よくもそんな初心(うぶ)な反応ができる。


「なにもないよ。それより、皿洗い一緒にしよう」


「そ、そうね。じゃあ貴方は私が洗ったお皿を拭いてちょうだい」

「うん」


高校生活初めてのゴールデンウィークは、酸いも甘いも苦いも不味いも味わえた。もう2度と味わえない......いや、味わいたくない思い出になった。

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