第11話

ゴールデンウィークも最終日になった。


菊地と動物園に行った日から、1日に数回携帯でやり取りはするものの、これといった出来事は起きていない。


部屋の机に置いた鞄を見つめると、黄色い猿のストラップが、おどけた顔で僕を見ていた。


「......暇だ」


1人の時間は好きだ。だけど、あの日のデートのせいか、1人の時間がやけに長く、そして大人しく感じてしまう。



携帯を枕の横に置き天井を眺めていると、リビングからインターホンが鳴った。

階段を降りモニターを覗くと、画面には菊地の姿があった。



「はい」

「遊びに来ちゃった」

「......どうして僕の家を知っているんだ?」


「そんなことより、可愛い彼女が来たんだから、早く家に入れてほしいなー」


「......」





「久しぶりね」


葵が扉を開けると、畳んだ日傘を片手に持った穂花が笑顔で葵を見つめた。


「家に入っていいかしら?」

「その前に、どうして僕の家を知ってるんだよ」


「そんなの簡単よ、この前のデート、“手を繋いで”私を家まで送ってくれたわよね?」

「『手を繋いで』は強調しなくていい」


「そのあと、貴方の家がどこにあるのか気になって、ずっと後ろついて行ったのよ」


「え、ずっと!?お前の家からここまで30分以上あるんだぞ?!」


もしも僕とこいつの立場が逆だったら、今頃大問題になっているぞ......


「理由は話したわ、家に入っていいかしら?」

「えっ......それは......」

「なに?ヤラシイ本でも見てたの?」

「見てないわ!!」


「それならいいじゃない、彼氏ならむしろ彼女が来るのを喜ぶべきでしょう」



葵は少し考えた。

1人の時間は好きだ。だけど、こいつが来るまで退屈だったのも事実......


「......分かったよ、だけど家のもの勝手に漁らないでくれよ」

「そんなことしないわよ、人の甥から情報漁ろうとした貴方じゃあるまいし」


穂花はいつものように嫌味を言うと、嬉しそうに玄関に上がった。




「貴方の部屋、案外綺麗じゃない」


葵の部屋を見渡した穂花は、布団に腰かける。


「案外ってなんだよ......あと、なんで迷う事なく布団に座る」

「恋人なんだから当然よ」

「恋人だからって、少しは遠慮しろよ......」



「それより、ご両親は今お出かけしてるの?」

「えっ?」


穂花の突然の質問に、葵は思わず聞き返した。


「ゴールデンウィークだし、挨拶がてらご両親に会いたいと思ってたんだけど、今日は貴方1人だけなの?」


「......まぁね、今は出張中。家には僕以外誰もいないよ」


「そう、ご飯とかはどうしてるの?」

「ご飯は適当なもの買って食べてるけど」


「いけないわ、そんなの不健康になるじゃない」

「えっ......まぁそうだけど」


「今日はお昼ご飯を作ってあげる。私の手料理を食べて胃袋を掴まれるといいわ」


葵は時計を見た。

時刻は午前10時、昼食を作るには充分な時間はあるのかもしれない。


「昼ご飯作ってくれるのは嬉しけど、うちにまともな食材なんてないぞ」


「一人暮らし中の貴方に期待なんてしてないわ」


「そっそうか......ならお言葉に甘えて昼ごはん作ってもらおうかな」


まさかの返事が飛んできたが、一旦置いたおこう。とりあえず、菊地のおかげで昼飯代が浮く上に買い物に行く手間が省けた。


「決定ね。それじゃ今から買い物いくから、急いで支度してちょうだい」

「えっ?」

「『えっ?』て何よ。まさか、買い物から料理まで全部私に任せるつもりだったの?」


菊地の言葉に反論は無い。

僕の『あわよくば』と言う甘い考えは、全てお見通しだったようだ。


「貴方が来てくれないと好きな料理を作ってあげられないじゃない」


「好きな料理って......菊地が作る料理ならなんでも...「『なんでも美味しい』はダメよ。『なんでもいい』だったとしても、貴方の好き嫌いなんてどうせ日替わりでしょ?」


どうしてコイツは僕の心を全て読み取れるんだ?!


「......全部任せようとしてました。ごめんなさい」


「貴方って申し訳ない時、すぐ表情に出るわよね......別に怒ってないわよ。それどころか、大きな子供みたいで可愛いくらい」


菊地は赤ん坊をあやすかのように、僕に微笑みかける。

その笑顔を見れば、クラスの奴らがコイツに夢中な理由も分かってしまう。


「初めての手料理は貴方に食べてほしいの。だから、早く支度して早く買い物に行きましょ?」

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