第10話
「ライオン!!」
蓮は少し離れたところからライオンを見つけると、穂花の手を振り切って柵の方へと走って行った。
「こら、蓮ってば......」
穂花は、注意しようと声を出すが、はしゃぐ蓮を見るや言葉を静めた。
「蓮君、ライオンが好きなんだね」
「うん、外でもライオンのおもちゃとか見つけると、いつもそっちに向かうから、おばさんにもよく怒られてるのに......」
「まぁいいじゃん、僕達の視界にも入っていて、特に危険はない。なにも、おばさんの真似して注意する必要はないよ」
「確かにそうかもしれないけど、もしものことがあったら危ないわ」
穂花は、葵の発言を肯定しつつも、自信が抱く不安要素も打ち明けた。
葵は、そんな穂花に微笑みを見せつつ、蓮の隣へ歩み寄る。
「蓮君、奥のほうに髪の長いライオンがいるよ」
「どこ?......本当だ!」
「ライオンってどうして男の子だけが顔に毛を生やしているか知ってる?」
「どうして?」
「ライオンは首が弱点なんだ。だから、それを隠す為に毛を顔に沢山生やしているんだって」
「そうなんだ、すごい!!」
葵の豆知識を聞きいた蓮は、尊敬の眼差しで葵を見つめる。
「よく知ってるわね、そんなこと」
穂花が葵に話しかけた。
「うん、中学の頃に友達に教えてもらったんだ」
葵は、穂花の顔を見つめ、当時のことを思い出す。
そう、それは中学2年の初夏だった。社会見学の一環で動物園に行った日、西島さんとメンバーを待っていたとき......
ーーーーー
「ねぇ葵君、ライオンのオスってなんで立髪があるか知ってる?」
女子が男子達を連れてトイレに行ってしまった。
照れからくる気まずい空気が流れ込んだとき、西島さんの声がした。
横に顔を向けて西島さんの目を見ると、西島さんは慌てるように視線を右下に移した。
「えっ?知らない、どうして髪が生えてるの?」
「ライオンって首が弱点らしいよ、だから、立髪で首を大きく見せてるの」
「へぇー、そうなんだ」
「この話初めて聞いた時、少し葵君に似てるなって思ったの」
「僕に似てる?」
「うん、自分の弱みを見せないように誤魔化しているところが、もっと他の人を頼ってもいいのに」
「それはいいかな、対等に接してくれる西島さんが一人いてくれさえすれば、それで充分だよ」
「私しか知らないっていうのは、信頼してくれていて嬉しいと思うけど、本当に辛くない?」
「うん。大丈夫」
ーーーーー
西島さん、今も元気にしているのかな......
「葵君?」
穂花が葵の肩に手を置いた。
「何か考えてるように見えたけど、どうかした?」
「いや、昔のことを少し思い出してただけ」
「そう」
「蓮君、次は虎さん見に行ってみない?」
「うん!行く!」
いくつもの施設を周ったのだろう。
葵達が気がついた頃には、陽が少し傾いて辺りが少し赤色がかっていた。
動物園の出口には、加奈子が待っており、手を大きく振って存在感を出していた。
「穂花ちゃん、ありがとうね」
蓮を引き渡すや、加奈子は穂花に感謝した。
「それと、隣の男の子は......」
「あっ、初めまして須崎葵です」
「蓮が迷子になってるのを助けてくれた人よ」
「そうなんだ!蓮を助けてくれて本当にありがとう!!」
加奈子はとびきりの笑顔で葵を見つめた。そしてすぐ、我に帰った様子で穂花の方を向き、笑みを浮かべる
「穂花ちゃん、この子、カッコよくて良い子じゃない。素敵な人と付き合えてよかったね」
加奈子の言葉を聞いた穂花は、ニッコリと笑って微かに頷くが、それ以上は何も言わなかった。
「今日は2人の時間を潰してしまってごめんなさいね。それじゃ」
加奈子さんは僕達を見つめて手を振る蓮を引き連れて、駅の方へとゆっくり歩いていった。
「......良かったのか?」
「何が」
「加奈子さんに『良い人』褒められてたの、いつもだったら適当こと言って僕を下げるだろ」
「貴方は私を何だと思ってるの......加奈子おばさんは男嫌いな私の将来を心配してたし、変なこと言わない方が良いかなって思っただけよ」
「そうか、ならいいんだけど」
「それに、今日は貴方の良い所見つけられたし......」
「何か言った?」
「言ってない黙ってて。......って、忘れてた!ちょっとここで待ってて」
穂花は葵を出口の前で待たせ、小走りで園内の売店に駆け込んだ。
それからあまり時間は経たなかった、穂花は手のひらサイズの紙袋を葵につきだす。
「人生初めてのデートが貴方とで良かったわ」
葵は丁寧に紙袋を開けた。そこには、淡黄色の可愛い猿のストラップがあった。
「今日のお礼よ。どう、とても貴方に似ていると思わない?」
「何でだよ......だけど、ありがとう。大切にさせてもらうよ」
猿を見つめ、嬉しそうに微笑む葵に、穂花は自慢げな様子を見せる。
「私が選んだのだから当然よ、鞄にでもつけて皆に自慢するといいわ」
葵は笑顔を崩さないまま、今度は穂花に顔を向ける。
「今日は菊地の色んな一面が知れて楽しかった。またどこか遊びに行こうよ」
穂花は少し固まった後、にやけ顔で葵を見た
「なに、今度は須崎君からデートのお誘いをしてくれるの?」
「あっ......違う、忘れてくれ」
「恥ずかしがらなくてもいいわ、今度は2人でご飯でも食べに行きましょ」
一瞬の気持ちの高揚を見せてしまい焦る僕に、菊地は優しい声で次の約束を交わす。
「少し早いけど、帰りましょうか」
菊地はそっぽを向いて顔を隠しながら、小さな手を僕に差し出した。
「うん」
恥じらいと嬉しさが混同する中、初夏の夕暮れで朱くなった菊地の手をそっと握り、足並みを揃えて駅へと向かった。
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