第8話

青い半袖に白の短パンを履いた男の子の大きな目には、大きな涙がさらりと頬に流れ出す。


「泣かないで!......そうだ、君、名前は?」

「......白井蓮(しらいれん)」

「蓮君か、素敵な名前だね。蓮君が泣いてしまうと、お母さん達がもっと心配しちゃうから、お母さん達のために、笑ってあげよ」


「うん」


「須崎君......?」


葵が蓮をした時、後ろから穂花の不審そうな声が聞こえた。


最悪のタイミングだ。

子供を泣き止ませるのに気を取られていて、後ろから菊地が近付いていることに全く気が付かなかった。


「ち、違うっ!!この子は迷子になった子で、誘拐とかそんなんじゃ」「お姉ちゃん!」


「やっぱり蓮よね......!どうして須崎君といるの?!」


慌てる葵の言い訳が耳に入っていないのか、穂花も慌てた様子で蓮と葵に問いかけた


「蓮って......菊地の知り合いか?」

「知り合いも何も、この子は私の甥っ子よ」

「......蓮君、本当?」

「うん」


よかった、迷子の件はこれで落着だ。


「ちょうど良かった。この子、迷子になったみたいで、この子の親に連絡してやってくれ」

「えっ、迷子になったの?」


そう言うと、穂花は急いで携帯を取り出し、誰かに電話をかけた。


「あっ、お久しぶりです。穂花です。あの、猿山の前で蓮が・・・」


携帯越しから、微かに「本当にありがとう、今向かうわ」と女性の安心した声が聞こえた。

その直後、穂花は携帯を耳元から少し離し蓮を見つめる。


「今から加奈子おばさんが迎えに来るって、良かったね」


ニッコリと笑う穂花とは反対に、蓮は不服そうな様子で穂花を見つめた。


「やだ、お姉ちゃん達と遊ぶ」

「何言ってるの?おばさん達が心配するでしょ」


大きな声で駄々をこねる蓮を、穂花は優しく諭す。すると、電話の向こうから、女性の大きな声が、小さく響き渡った


『私は良いわよ、それじゃ穂花ちゃん、蓮頼んだわね!』「えっ!?ちょっ」


、、、


「全くあの人は」


どうやら一方的に電話を切られたみたいだ

菊地は携帯をポッケにしまうと、蓮君に近づいた。


「ちゃんと、お姉ちゃん達の言う事を聞いてね?」

「うん!」

「よし、良い子」


そう言って、蓮君の頭を軽く撫でると、僕の方を向いて申し訳なさげな表情を浮かべた


「ごめんね。この子とおばさん達が無茶な事言ってしまって」

「全然、子供と関わるの好きだし、嬉しいよ」


「そう、、、ありがとう」


恐らく菊池は、偶然にしては出来すぎたアクシデントが起きたせいで、心を傷めているのだろう。

蓮君を前に隠そうとしているものの、大きな瞳からは、少しばかりの悲しみと当たりどころのない怒りが感じられる


「......」


「なに考えごとしてるんだよ、早く遊ぼう。そうだ、せっかく蓮君がいるし、普段の菊地の様子とか聞こうかな」

「お姉ちゃんね、ふだ「お願い蓮、やめて!」


僕の質問に答えようとした蓮を、菊地は勢いよく止めにかかる。


「貴方ね、小さい子を武器に私の弱みを握ろうとでもしてるの、この卑怯者」

「小さい子を目の前に、言われたら困るような事してるのかよ......」


「そ、それは......違う!言葉の綾よ」


菊地は指先で髪を摘むように触る。いつもは攻める側の人間だから、責められることには慣れていないようだ。


動揺する穂花を見た葵は、思わず口元を押さえて笑みをこぼした。


「何がおかしいのよ」

「いや、必死こいて言い訳しているのが、なんだか珍しい気がして」


「うるさいわね......」


「だけど、少し元気になってくれたみたいだから、ちょっと安心した」

「元気にって......別に機嫌悪くなったりしてないし」


穂花は葵の顔を見つめ、否定した。

しかし、葵としばらく目が合うと、少し顔を逸らし「ありがとう」と小さく呟いた。


「それじゃ、蓮君と3人で動物園楽しもうか」

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