第7話
どれほど経っただろうか、菊地が僕の腕を掴んだ瞬間から記憶がない。
我に帰った時には、ニコニコした菊地がチケットを2枚持っていた。
「ねぇ、早く行きましょうよ」
入園ゲートを潜ると同時に、穂花は葵の背中に軽く手を当てて早く目的地に向かおうと促す。
「行くって、どこに?」
「......もういい」
葵がどこに行くかを問いかけると、穂花は仏頂面で歩き出した。
まさか、ここに来る道中、僕に行きたい所の話でもしていたのか?
「もしかして、電車で話していたやつか?」
一か八か、葵は穂花が不機嫌になった理由を探る。
「そうよ。だけど、内容なんて覚えてないんでしょ?」
「......ごめんなさい」
「いいわ。どうせ面白くない話をしてしまったんだろうし」
「それは違う」
「何が違うのよ、そう言いたいんでしょ」
穂花は、自身の発言を否定する葵に、少々苛立ちをみせながら言い返した。
「き......緊張してたんだ。だから話が頭の中に入ってこなくて」
「......そう」
葵の本音を聞いた穂花は、苛立った姿から一変、表情が緩んだ。しかし、葵の表情は自分の発言に不満げな様子をみせていた。
菊池に対してこの気持ちを伝えるのは気が引ける。どうせ、にやけ面で僕を小馬鹿にしてくるに違いない。
こいつは、僕とは違って照れるなんてことはないだろうし。
「何ボッとしてるのよ、早くアムールヤマネコ見に行きましょ」
しかし、穂花から返ってきた言葉は、葵が想像していたものとは随分と異なっていた。
「えっ?」
「だから、アムールヤマネコ見に行きましょうよ。私、気になるの」
穂花は緩んだ表情を変えることなく、葵の腕を引っ張り行きたいところへ誘導する。
穂花に連れられ「猫館」と書かれた大きな館に入った。
猫館に入ると、2匹のアムールヤマネコが2人を出迎えた。
まん丸とした顔と、つぶらな瞳の猫を前に、穂花は人差し指を軽く左右に振る。すると、猫が首を左右に振って穂花の指を懸命に目で追っていた。
「かわいいーっ!!」
「猫みたいに扱いすぎじゃないか?」
「いいのよ、だって猫じゃない」
「まぁ、似たようなもんだけど」
葵は、あまりにも動物を可愛がる穂花を意外に思いながらも、年頃らしいあどけなさもあるのだと感じる。
「猫好きなのか?」
「うん、まぁ、男以外の動物全般は好きだけどね」
「男以外って......それじゃクラスの男子達も嫌いなのか?」
「嫌いじゃないけど、興味は無いかな」
「......なら、なんで僕なんだ?」
「なんでって何がよ」
「もし恋人を作るって言うのなら、もっとかっこいい男子とかでも良かったじゃないか」
「そうね、それは......」
葵の疑問に穂花は考え込んだ。
別に菊地を困らせようとしたんじゃない。ただ、単純に気になってしまった。
数ある男子の中で、どうして僕を選んだのかを
葵は、悩む穂花をしばらく見つめた。
穂花は目線を右下に下げると、思い出したかのように勢いよく口を開く
「あれよ、貴方は人畜無害そうだったから」
「......人畜無害?」
「だって他の男子達は、明らかに私に好意を持っていて、付き合うってなったら手を出されかねないじゃない?」
なぜだろう、こいつは正論を言っているはずなのに、すごく自慢してるように聞こえる
「だけど、貴方は私に好意があるように思えなかった。ただ、私を"1人の女の子"として見てくれている気がして、それが嬉しかったの」
「嬉しかった......?」
思いがけない穂花の言葉に、葵は少し顔を赤らめる
「あれ?『嬉しかった』って言われて照れてる?」
「ち、違うっ!ちょっとこの部屋が暑いだけ」
「そう、なら良いんだけど」
苦し紛れの反論をした僕に、菊地は冷やかし混じりの微笑みを返す。きっと僕の気持ちに気づいているんだろう。
「猫ちゃんも見たことだし、他の所も行ってみましょ」
「そうだな」
「じゃあね、元気でいるんだよ?」
歩き出した葵の後ろで、穂花はアムールヤマネコにそう囁いき猫館を後にした。
「次、どこに行こうかしら?」
「うーん......近くだし、サルがいるエリアでいいんじゃないか?」
「そうね、貴方も早く仲間に会いたいだろうし、そこ行きましょうか」
「んっ?」
不本意ながら、次の行き先が決まった。
猫館から少し歩くと、猿山が現れた。
猿山を一目見るや、菊地は1匹のニホンザルを指さして口を開く
「須崎君!!向こうに貴方によく似たニホンザルがいるわよ」
「この野郎......」
想像はできていたが、猿山に着いた瞬間、菊地は悪戯に微笑み、いつも通りの毒舌で僕を罵り始める。
だけど、その表情はいつもよりも楽しそうだ。
今日の菊地は、いつもよりも笑顔ではしゃいでいて、本当の赤ずきんのようだ。
「このニホンザル、餌やりができるみたい。私餌買ってくるから、ここで待ってて」
穂花は猿山から少し離れた、餌置き場へと走り出した。
穂花の姿が小さくなったとに、葵の裾が2回、軽く引っ張られた。
視線を下にすると、5歳くらいの男の子が1人、葵を見つめて静かに立っている。
「どうしたの?」
葵は男の子の目線に合わせるようにしゃがみ、優しく男の子に問いかけた。すると、男の子は涙を浮かべ、声を振るわせながら葵に話し始める。
「迷子になっちゃった」
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