第4話


「えっ?」


不意をつかれた葵は、幸代の目を見つめたまま硬直する。

穂花といた時の祝福ムードから一変、幸代の顔は真剣で、しかしそれとなく不安げな様子で葵に語りかける。


「唯一の孫の初めての恋人が貴方っていうのはとても嬉しいけど、、、」


話をするにつれ、幸代の表情は罪悪感が混じったような悲しい表情になっていく。

やがて、一通りの建前を並べると、ポツリと本音をこぼす。


「本当は、私が『恋人がみたい』って言ったから、安心させるために、貴方に付き合ってくれるよう頼み込んだんじゃないのかって」


「幸代さん......?」


「私は病気なんだ、あの子はもう長くいられないと分かってるんだろう、だから、貴方に『付き合ってくれ』って頼み込んだのかと思ってしまって......」



幸代の小さい声は葵の胸に大きく響く。


そうか、菊地は幸代さんのために嘘をついたのか。だけど、幸代さんは、菊地の優しさに気がついて、自分の発言を後悔しているのか......


「そんなわけないじゃないですか、僕は穂花から真剣に告白をされて、僕も穂花が好きだった。だから付き合ったんです」


葵は迷う事なく穂花の嘘を守った。


「本当かい?なら良いんだ、疑ってごめんね」

「いえいえ、今回はきっと穂花の優しさが裏目に出たんでしょうし、幸代さんが気にする必要はないですよ」


「だけど、あの子とどうやって話すまでに至ったんだい?」


「えっ?......まぁ、最初は挨拶する程度の仲で、そらから少しずつ話していった感じですかね」

「それか、それじゃあ、きっとあの子は人を見た目で差別しない、貴方の優しさに惚れたんだろうね」


「優しさ......ですか?」


「あぁ、私がいうのもなんだけど、あの子はべっぴんさんのくせに、人にいい顔をしないもんだからね、昔から友達なんていなかったんだよ」


「そうなんですか......」


幸代の言葉は以外だった。

たしかに冷たい態度だったりはするものの、あの美顔だ、昔から友達には恵まれていると思っていた。

なのに、赤ずきんに友達がいない時期があったなんて......きっと幸代さんに心配させたくなくて、高校に来てからは色々と頑張っているんだろう。


「だけどね、穂花はとても心優しい子なんだ。それは、そばであの子を見てきた私が保証する。だから、あの子のことをお願いね」


「心優しい子......そうですね」


葵は少し前の出来事を思い出す。


そう、あれは確か入学式の日だった。

学校の近くの駅で、荷物を持っているお婆さんを、赤ずきんのストラップを鞄に付けた1人の少女が躊躇うことなく助けていた。その少女は間違いないなく菊地穂花だった。


今思えば、あの日の出来事を知っていたからこそ、自分は菊地に対する恐怖心や威圧感などを感じでいなかったのかもしれない。


「もちろん、こちらこそよろしくお願いします」



話を終えると、幸代は安心した表情でベッドに横たわる。

「嬉しいことに疲れてしまったよ。今日は来てくれてありがとうね、穂花によろしくって言っておいて」


そう言うと、「フーッ」と息を吐き出し、眠る体制に入った。


「はい、失礼しました」




病室を出た。

病室の前では、壁に背を寄せた穂花が、まつ毛を廊下に向けて、静かに葵が出るのを待っていた。


「あお......須崎君、大丈夫だった?おばあちゃんに何か言われたりしなかった?」

「うん、これからもよろしくって言われただけだよ、一通り話終わったら、安心して寝ちゃった」

「そう......」


『嘘がバレていなかった』

穂花は、顔にそんな言葉を連ねて安心する。

葵は、病室での出来事と、そのとき抱いた心情を口に出すことはなかった。


「......なぁ菊地、俺達ってこれからも恋人として生活するのか?」

「そうに決まってるじゃない。この日の為だけだったら、わざわざ胸触らせて脅さないわよ」

「改めて聞くとほんと酷いな......」

「......なに?もう関係が嫌になった?」


葵の様子を見た穂花は、眉を顰(ひそ)めながら、悲しさを浮かべて心境を尋ねる。


「いや、そうじゃなくて......その、これから恋人としてよろしくな」

「なんだ、びっくりしたじゃない......恋人に関しては、こちらこそよろしくね!」


葵の返事を聞いた穂花はニッコリと笑う。

学校にいる時とは違って、悲しんだり笑ったり、表情がコロコロと変わって忙しいやつだ。


「もう時間も遅いし、一緒に帰りましょ」

「うん」

笑顔を絶やさない穂花の言葉に、葵も思わず微笑み返した。


勿体無いなこいつ、学校でも笑顔でいればもっと可愛く見えるのに......

葵は、横を歩く穂花の顔を打見しながら、心の中でそう呟き、病院を後にするのだった。

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