第3話
学校から出て20分ほど歩いた先、少し大きな病院が現れた。
穂花は足を止めると、右から2番目、3階の窓を指差す
「ここよ、ここに会ってほしい人がいるの」
「ここって......」
「病院だけど」
「病院......」
葵は、学校にいたときに浸っていた妄想を思い出す。
もし、過去の自分に会えるのなら思いきり顔面を殴ってやりたい......
自分自身に怒りを感じていると、穂花が心配そうに葵を見つめていた。
「考え込んでるように見えたけど、どうしたの?」
「いや、何もないけど」
「そう、なら行きましょうか」
幸い、考え事についての深掘りはされなかった。
穂花は病院に入るや、受付に向かい、看護師と何か話をする。葵の元に帰ってきたのは数分後だった。
「お待たせ、307号室に行きましょ」
葵は静かに頷いた。そして、階段を登って307号室を目指す。
「貴方は聞かれたことだけを正直に答えてくれたら良い」
3階に到達した時、穂花は神妙な面持ちで話を始める。
「恋人になった経緯とかは私が適当に答えるから、貴方は答えられる質問だけを答えてちょうだい」
「そうか、分かった」
「......お願いね」
307号室に着いた。
穂花が3回扉を軽く叩くと、ゆっくりと開きながら口を開く
「失礼します」
葵は、穂花の言葉に続くように軽くお辞儀をする。
顔をあげた先には痩せた老婆が1人、優しく微笑み2人を出迎えた
「あら穂花、来てくれたの?」
「うん、どうしてもおばあちゃんに会いたくて」
「それは嬉しいね。ところで、ここにいる男の子は一体誰なんだい?」
「この人は......」
緊張しているのか、穂花の目元に軽く力が入る。そして、ゴクリと唾を飲み込むと同時に葵に向かい華奢な指先を伸ばした。
「紹介するね、この人は私の彼氏の須崎葵君」
穂花の言葉を聞いた葵は、ロボットのような不自然な動きで頭を下げる。体には、さっきまでなかったはずの緊張が走りはじめた。
「こ、こんにちは。ほ、穂花さんとお付き合いさせてい、頂いてます葵です」
軽い自己紹介を終えると、葵は勢いよく頭を下げる。
なにも礼儀正しくありたかったわけではない、穂花の祖母の顔を見るのが怖いだけだ。
「なにを几帳面な、顔を上げてよ」
穂花の祖母の明るい声色を聴き、葵は恐る恐る顔を上げる。視界の先には、瞳に涙をうっすらと浮かべて喜ぶ穂花の祖母の姿があった。
「穂花の祖母の菊地幸代(きくちさちよ)です。うちの孫がお世話になってます」
幸代の反応は葵は安堵させた。
孫の恋人を名乗る、何処の馬の骨かも分からない男を前にして、こんなにも笑顔になってくれるとは思いもしなかったからだ。
「嬉しいもんだね。ところで、2人はどこで出会ったんだい?」
「どこでって.......学校に決まってるでしょ」
嬉しそうに微笑む幸代の質問に、穂花は抽象的な答えを出して場を逃れようとする。
「そうじゃなくて、どうやって2人は付き合うまでに至ったんだい?だって、まだ入学して1ヶ月くらいじゃないか」
曖昧な答えが難を招いた。穂花は当然ながらも、踏み込んだ事を幸代に聞かれる。
「それは......た、頼まれたのよ、葵に」
「はっ?!」
「『はっ?!』って何よ」
「『何よ』って、お前から付き合ってくれって言ってきたんだろ」
「そんなわけないじゃない、頭おかしくなったの?」
穂花の発言に葵が反論する形で口論が勃発した。しかし、幸代はそんな2人の様子を幸せそうに見つめている。
「お前が教室に呼び出して告白してきたんだろ!」
「それは貴方がしたこと。告白なんて恥ずかしい事、私ができるわけないじゃない」
「この......嘘つき!」
「そう?なら貴方から先に動いたって証拠、見せてあげようか?」
穂花は携帯を取り出すと、胸元を触る葵の姿を写した写真を幸代に見えぬよう、こっそりと見せつける。
「コイツ......!!」
「さぁ、認めたら?貴方から先に告白したって」
「......はい」
屈した葵を横目に、勝ち誇った顔で腕を組む穂花。
そうか、こいつ多分、無駄にプライドが高いタイプなんだ
「そういうことよ、おばあちゃん。葵が告白してくれて、私も気になってたからオッケーしたってわけ」
「そうかい、そうかい」
虚構を誇らしげに語る穂花を見る幸代の目は心底嬉しそうだ。
「ねぇ穂花、少し、葵君と2人で話さしてはくれないかい?」
「えっ?」
「あんたがいると、葵君も話したいことが話せないかもしれないだろ?なに、別れろとかなんて事は言わないからさ」
『すまないね』
幸代は、そう言わんばかりの表情で、穂花を見つめる。
「分かった、葵を困らせないでね」
穂花は、葵の肩に優しく手を置き、「頼んだわよ」と言い残すと、部屋を後にした。
「どうだい?あの子といると、疲れるだろう」
穂花が姿を消してから少し間をおいて、幸代は葵に労いの言葉をかける。
「はい、とても疲れます」と言いたいが、状況が状況だ、ここは無難な言葉で乗り切ろう
「そんな事ないですよ、穂花にはとてもお世話になってるんで」
「そうかい......?」
そんなわけはない。
そう思いながら作る、葵の笑顔を見た幸代は、少し微笑んだ。そして「よいしょ」とベッドの床を手で押しながら姿勢を変え、葵のいる方に身体を向ける。
「穂花がいるとうるさいし、きっと嘘をつかれるからね、2人にしてもらったよ」
幸代はそう言うと、戸惑いを隠しながら愛想笑いをみせる葵に向かい、一つの質問を投げかける。
「貴方達、本当に付き合ってるの?」
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