第2話

「恋人?......はっ?!」


挨拶を交わす程度の、たいして仲良くない間柄なのに、どうして......

穂花の突然の告白に、葵は唖然とする。


「ど、どうして、菊地が......?」

「そんな事はどうだっていい。良いかダメか教えてほしいの」


戸惑う葵を逃すまいと、穂花は答えを催促し、追い打ちをかける。


「し、正直......い、嫌かな」

「どうして?私ほど美人で性格の良い人なんていないわよ」

「自分で言うか?!」


「事実、私は他人からの評価はそれなりにあるのよ?どうして断るの?」


「それは......菊地のこと全然知らないし、何より、他の男子(ひと)達に睨まれかねないじゃないか」


「......何も知らないのはお互い様よ。それに関しては、今後付き合って知ればいいじゃない」


「それはできない......かな」

「どうして?」


「もしも付き合ったとして、上手くいかずにすぐに 別れたら、菊地の印象が悪くなるじゃないか」


「......そう」


葵の答えを聞いた穂花は食い下がったように言葉を詰まらせた。

薄暗い教室には、ただ気まずい空気だけが流れ始める。


「そう思ってくれる人なら、尚更引き下がれない」

「どんなことを言っても告白を承諾する事はないよ」

「......お互いのためにも本当はこんなことしたくなかったんだけどね......」


穂花は徐に携帯を取り出す、そしてチラッと葵の目を見つめ、不思議に思った葵が目を合わせた瞬間だった。

穂花は素早く葵の手を掴む。そして、勢いを落とす事なくその手を自身の胸元に当てると、シャッター音を鳴らした。


「な、えっ!?!?」


葵は咄嗟に穂花の手を振り解いて距離をとる。

しかし遅かった。穂花は葵にスマホを見せると、胸元に手を当てた瞬間の写真が綺麗に写っていた。


「もし告白を断ったら......分かるわよね?」

「......」


携帯持ち込み可能の高校で、最も危惧されるべき弊害が現れた。

葵はその時、本当の性悪というものを目の前にしたのだ。


「......どうして、どうして僕じゃないとダメなんだよ」

「それは、恋人になってもらわないと困るからよ」

「困るって......何が」

「恋人って口実を作らないと困るのよ」


「恋人じゃないと......困ること?」

「そう、貴方にはこれから私の恋人としてある場所に一緒に来てほしいの」

「......」


恋人じゃないと困る......一緒に来てほしい場所?!

葵は、よからぬ妄想を思い浮かべる。


だって、僕達はまだ高校生になったばかりで、行けるはずはない。家でするとしてもご両親が......そうか、ご両親を納得させるために恋人になってもらうのか......!


答えが出た瞬間、期待を背負う葵の肩の上で悪魔と天使が理性を賭けて争い始めた。


「僕は......良いけど、恋人のふりしてるってバレたりしないもんなの?」

「大丈夫よ、私は上手く言い訳できる自信があるし、全然問題ないわ」

「そう......だけど、こんな時間から行って、向こうの人に迷惑かけたりはしない?」

「それも大丈夫。それどころか、貴方に会ったらきっと大喜びして長居させてしまうかも。それに関しては大丈夫?」


葵が出した幾つもかの防護壁を、穂花はことごとくよじ登る。


「......でもダメだ!!絶対に後悔する......」


年頃の至りも恐怖という本能には勝てなかった。葵は少し悩んだ末に、答えを絞り出した。


「そう......」


穂花は悲しげな表情を浮かべる。

「......残念ね、ならこの写真、クラスのグループにでも送ろうかし「分かった!!どこにでも付き添うから、許して!」


「どこにでもはあれだけど......まぁ、乗り気になってくれたのなら嬉しい話よ」


穂花の言葉でこの話題はお開きとなった。


「それじゃ、行きましょうか」

「うん」


葵は、少しの下心と、大きな不安で高鳴る鼓動を感じながら、美術準備室を後にした

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