一、真っ赤な嘘をつく訳は

第1話

5月がはじまってすぐの放課後、1年2組の教室内で男子が恋話をしていた。しかし、恋話は一つの話題だけが延々と語り合われる。


「赤ずきんちゃんにフラれちまった!!」

「それじゃ次は俺が告白する!!」「いや、お前じゃ無理だろ〜」


1年4組の菊地穂花(きくちほのか)、通称『赤ずきん』は葵達一年の男子の間ではアイドル的存在だ。

鞄には、いつも赤ずきんのストラップをつけており、氷のようにクールな表情に、時折見せる天使のような微笑みが人気で、入学初日から1年をはじめ、2年や3年の先輩にまで告白されている絶世の美女だ。


「葵!お前は好きな子とかいるのか?」



赤ずきんの話題で盛り上がる最中、1人のクラスメイトが葵の肩を後ろから叩き、葵を話題の中に混ぜ入れた。


「今は......いないかな」


「そうか......それじゃ、菊地さんの事どう思ってる」


「菊地......」


葵は頬杖をつき少し考えた。

菊地は確かに綺麗だし、性格も良いって聞くけど、何回か挨拶した程度で、接点は無いんだよな


「美人だよね菊地。優しいし、顔も整ってて、モテる理由しかないっていうか」


「それじゃ菊地さんのこと、好きになるかもしれないってことか」「いや、それは......」


クラスメイトの「好きになるかも」と言う言葉に対し、葵は真剣な表情で反射的に否定した。

ハッとして、つかさず作り笑いをしてみせるが、周りは皆戸惑いを隠せていない様子だ。


「違うんだ、その......『好きになるまでは時間の問題だ』って言うのなら、多分それはないかなってこと」

「なんだよそういう事か、、、脅かすなよ」

葵の言い訳を聞き、男子達はほっとした様子で話題を続けた。





「失礼します。須崎葵君はいますか?」


葵達の話が盛りを過ぎてすぐの時だった。

教室の古い扉をガタガタと開きながら、1人の女子生徒が葵の名を挙げた。恐らく、1年4組の生徒だ。


「はい、僕ですけど」


皆が黙り込む教室で、葵は恐縮そうに名乗りをあげる。


「中西先生が貴方を呼んでいます。『至急、美術準備室まで来てくれて』とのことです」

「中西先生......?分かりました、報告ありがとうございます」


女子生徒は葵に伝言を伝えるや、足早に教室を後にした。


「ごめん、呼ばれてるみたいだから外れるわ」


葵は軽く手をあげ、誰の返事も聞く事なく教室を後にした。


美術準備室に向かう途中、葵は些細な疑問を抱いていた。

それは、中西先生は国語の担任なのに何故、美術準備室に呼ぶのかのかという点だ。葵の高校には美術準備室に行くような部活など無いし、今日はどの組も美術の授業は無かったはずだ。


どうして4組の女子生徒は国語の先生の指示で、自分を美術準備室に来るよう言ったのか


違和感を感じたものの、葵はそのことについて深く考えることはなかった。




美術準備室の前に立った。

小窓越しに見る美術準備室は、点滅した蛍光灯と、夕暮れ特有の薄暗い風景が重なり、より一層不気味な雰囲気を漂わせている。


「失礼します」


葵は固唾を飲み込み、扉をゆっくりと開けた。

教室に中西先生の姿はなかった。しかし、扉を開ける音に驚いたのか、1人の女子生徒が勢いよく後ろを振り向いた。


「あっ......なんだ、菊地か」


穂花は葵の目を見るや、ほっとした様子で身体を葵の方を向けてみせる。


「なんだ須崎君か、急に音がしたから驚いちゃった」

「驚かせちゃってごめん......中西先生どこ行ったか知らない?」

「中西先生?どうして中西先生がここにいるの?」

「えっ......?」


穂花に聞かれて、葵はここに来るまで抱いていた、些細な疑問が再び頭をよぎった。


「4組の女の子に『中西先生が呼んでる』って言われて、、、僕もどうしてかは分からないんだけど・・・」


葵は穂花に、4組の女子生徒に言われた事を不思議そうに話した。

しかし、穂花は「そう」とだけ言って話を切り上げた。

以前から落ち着いた性格だとは分かっていたが、もう少し反応してくれても......という気持ちが葵の心に微かに残る。



「中西先生いないみたいだし、帰るよ」


「ちょっと待って!!」


黙る穂花を合図に美術準備室から出ようとした時だった。穂花は、大きな声で葵に留まるよう促す。

聞いたことの無い突然の大声に、葵は身体をピタリと止め、穂花の顔を驚いた様子で見つめた。


「あの......ちょっと、話したいことがあるの」


穂花は俯き、左手で鼻筋を軽く触りながら、葵に話を持ちかける。


「今、時間いいかしら?」

「えっ......うん」


震える穂花の声を聞き、葵は咄嗟に手の届く距離まで近づくと話を聞く体勢に入る。


「どうしたの?」

「実は、君に謝りたいことと、お願いしたいことがあって......中西先生がいるって話は嘘なの」


「......はい?」

「先生の件は嘘。あれは多分、私が白戸......4組の子に貴方を呼ぶようお願いして、その際に彼女がついた嘘なの」


「は、はあ」


突然の告白に、葵は呆然とした様子で穂花をみる。それとは裏腹に、穂花は葵に構う事なく話題を進めた。


「それと、お願いしたい事なんだけど......私の恋人になってくれない?」

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