第28話 りなとれな


「……ふぅ!」


 溢れ出る涙を軽く拭いてから、莉奈は自分の頬に両手を当てた。


「切り替え切り替え! 仕方ないこと!」


 歩きながら、そんなことを呟く。

 何故か足取りは軽い気がして、夜も明るく見えた。

 きっと、雄也にはっきり想いを伝えられたからだと思う。

 それが『好きだよ』という結果ならば尚も良かったのだが、現実というのは何とも非情だった。

 とはいえ、だ。


「……まあ、私も悪いし! 両想いって分かってたのに言えなかったんだもん」


 それが、莉奈の本音だった。


「やーっぱり悔しいなあ……。もー」


 再び涙が出そうな所を堪えながら、莉奈は雄也が木で死角に入ったことを確認する。

 そして、近くのベンチに腰を下ろした。


 ぼーっと見る公園内。

 街灯が照らすのはただただ無機質な砂利の地面。

 周りには遊具と公衆トイレがある。

 ひょこっと、木の影から顔を出してみると、雄也の姿はそこには無かった。


「……帰ったー。雄也、帰っちゃったー」


『やっぱりお前が好きだ!』なんてロマンチックな展開も期待していたが、生憎とそれもやってこないことを確認する。

 そんな、非情な現実に打ちひしがれていた莉奈の頭に、ふいに麗奈の姿が浮かんだ。


「……ほんっとに可愛いもんね、麗奈ちゃん」


 正直に言うと、莉奈には『自分が可愛い』という自負があった。

 無論、それは驕りだったり、思い込みでは無い。

 度重なる告白、そしてその度に『容姿』が理由だった事がほとんどだったために、思わざるを得なかった。

 まあ、それも嫌では無いのだが。


 そんな莉奈でも、麗奈はレベルが違う程に可愛く見えてしまったようだ。

 まるで空想の世界に居るかのように錯覚してしまう程の銀髪。

 そしてあのルックス。

 とりあえず、全てが異次元だった気がして。


「……まあ、あの子に負けるなら仕方ないかも。あんな可愛い子、今まで見たことないし」


「にっ」と、無理矢理笑顔を作りながら、そんな言い訳をしてみる。

 そうでもしていないと、今は涙が出てきそうだから。

 莉奈は夜空を見ながら、「ふぅ」と一息ついた。

 

 そして――視界を下げた時だった。


「……ん、?」


 公園の入口付近に違和感を感じ、そこへ視線を送る。

 確かに、人影のような何かがそこにはあった。


「……雄也……ではないね、うん」


 胸には少々膨らみがある。

 大きくも小さくもない。

 とりあえず、男の子では無さそうだ。

 涙を流した後だった為に、若干莉奈の視界はぼやけていた。


「じー……」


 もう一度、目を凝らしてその影にピントを合わせる。

 そして、浮かび上がってきたのは――


「……銀、髪?」


 サラサラと、風に揺られる銀髪だった。

 走ってきたのか、はあはあと肩を揺らして、膝に手を付いている。

 そして、だ。

 莉奈の思い当たる銀髪と言えば、1人しかいない。


「……え、嘘。麗奈ちゃんだ」


 キョロキョロと、何かを探すように首を振っている銀髪の美少女を見て、莉奈はそう言った。

 その美少女の格好はラフで、黒が主体のジャージのセットアップを着ている。

 それのお陰で銀髪が分かりやすく補正されている為、尚更麗奈だと確信した。


 しかし、声をかけるべきか悩む所だ。

 雄也に、振られた理由は麗奈だし。

 とはいえ、それで麗奈を故意的に避けるのも、何となく気分が悪い。

 ならばここはいっそ、気付かないフリをして静かに帰るべきだと莉奈は判断した。


「……」


 音を立てないように気を付けながら、莉奈はその場を静かに立った。

 そして、忍者の如くゆっくりと足を踏み、ベンチを離れる。

 三歩ほど麗奈とは逆方向に進んだ。

 そんな時だった。


「……あ」


 麗奈の様子を見ようと、一瞬だけ莉奈は麗奈の居る方へと視線を送る。

 瞬間、麗奈も違和感に気付いたのか、莉奈の方を見ていた。

 まあ、それもそのはずで。

 莉奈の髪色は亜麻色。夜でも目立つのには変わりない。


「……莉奈ちゃん……莉奈ちゃん……!!」


 すると、麗奈が可愛く小走りしながら、莉奈の方へと向かう。

 こうなれば、逃げる必要も無い。

「気付かないフリ」をする事に少しだけ罪悪感を感じつつあった莉奈は、麗奈の方へと完全に向き直った。


「可愛い……」


 ゆらゆらと小走りしながら、銀髪を風に靡かせて向かってくる麗奈に、莉奈は思わず本音が漏れる。


「麗奈ちゃん! やっほー!」


 声が届く距離まで麗奈が来たところで、莉奈は満面の笑みで麗奈を出迎える。


「……んおっ!?」


 すると、麗奈は莉奈に、勢い良く抱きついた。


「ど、どしたの麗奈ちゃん。そんな焦って」


 ふわっと鼻腔を掠める赤ちゃんのような香りを感じながら、何やら焦燥している麗奈へ莉奈は心配。

 すると、麗奈はおもむろに顔を上げた。


「……おめでとうぅ……莉奈ちゃん……」


 涙目の上目遣いで、麗奈は莉奈に言う。


「お、おめでとう……?」

「うん……おめでとう……んわー!!」


 言うと、麗奈は再びわがままな赤ん坊の如く、莉奈を抱きしめる。

 一方、全く何のことか分からない莉奈は、キョトンとそのハグを受け止めながら、麗奈の頭を撫でる。


「麗奈ちゃん、どーしたの! 私今日誕生日じゃないよ?」

「んもう……そうじゃなくてー……でも誕生日はいつなの……?」

「ん、12月だよ!」

「え、私と一緒。 私も12月だよ」

「んふふ、そうなんだ! 嬉しい〜」


 ハグしながら、そんな緩い会話を交わす二人の美少女。

 しかしどこか、麗奈の声のトーンは下降気味だった。


「麗奈ちゃん、何かあったの? 声のトーン低くない?」


 その答えを探るべく、莉奈はハグをしながら麗奈へと問う。

 すると、麗奈は「むー」と拗ねるように、莉奈のふくよかな胸に顔を埋めながら、


「……雄也くんと喧嘩した……から……探しに来たら莉奈ちゃんが居たの……」

「あー。喧嘩したの?」

「……うんー……」


 じわりじわりと、莉奈は自分の胸が温かくなっていくのを感じる。

 そういえば、雄也が『色々あって』なんて言っていたのを思い出した。


「そういうことかあ……。どうして?」


 麗奈の頭を撫でながら、莉奈は優しく問う。

 問われた麗奈は、莉奈の胸に顔を埋めたまま、


「……私が寂しくなっちゃって……雄也くんにいっぱい色んなこと言っちゃって……」

「うんうん」

「……それで……目も合わせないで私が部屋に逃げちゃったから……ごめんねとかも言えなくて……」


 どんどんと、麗奈の声色が弱々しい子犬のようになっていく。

 莉奈にも姉がいる為に、その気持ちは痛いほど理解出来てしまった。


「というか、よくすれ違わなかったね。今さっきまで、雄也もこの公園にいたのに」

「……うん……」

「麗奈ちゃん、顔上げて」


 自らの胸にある麗奈の頭を撫でながら、莉奈は優しく言う。

 すると、麗奈は「んえ」と言いながら、濡れてぱちくりとしたまぶたと共に、その可愛い顔を莉奈へと向けた。


「……りなひゃん……?」


 上がってきた可愛い美少女の顔。

 そしてその頬を、莉奈は優しく包み込む。

 麗奈は瞳を潤わせながら、ぽかんと目を丸くしている。


「麗奈ちゃんはさ、雄也のこと好き?」


 すると、笑顔で莉奈がそう言った。


「……わ……わひゃひが……ふき……?」

「うん。麗奈ちゃんは、雄也のことどう思ってる?」

「……ふぇ……」


 可愛かった。ひたすら可愛くて、可愛くて仕方が無い。

 出来るなら、私が麗奈ちゃんのお姉ちゃんになりたい。

 少しだけ、莉奈はそんなことを思う。

 すると、麗奈は途端に申し訳なさそうな、寂しそうな顔をして、言った。


「……でも……りなひゃん……つきあったんひゃない……の……?」


 瞬間、莉奈の顔はがびーんと言うように、目が線になった。

 やっぱり麗奈は可愛くなかった。

 とはいえ、寂しいと言っていた時点で、そう思われているのは察していたのだが、振られてすぐにそれを言われるのは中々に心に来るものがある。


「私は付き合ってません! 今振られたばっかりですぅ!」


 些細なレベルで麗奈の頬を包み込む力を強めながら、莉奈は笑って言う。

 申し訳なさを感じさせないように、だ。


「……ふぇ……ふぇ……ほんひょに……?」

「ほーんーと! 嘘なんかつかないよ」

「……ふぇ……」


 麗奈の頬が、途端に赤くなっていくのが分かる。

 余程嬉しかったのだろう。

 そんな麗奈を見て、やはり莉奈は、麗奈のことを可愛いと思った。


「はい、その上で聞かせて? 雄也のこと、どう思ってる?」


 余計な材料が省かれた所で、莉奈は再び麗奈に問う。

 すると、麗奈はもう一度、強引に莉奈に抱きついて言った。


「……大好き……なの……」

「――」


 恥ずかしそうに麗奈は言う。

 それが妹としてなのか、恋人としてなのかは、莉奈には分からない。

 でも、本心である事は、容易に理解出来た。


「もう一回言ってみて」

「……大好き……です……」

「敬語!?」


 そして、妹としてなのか恋人としてなのか。

 それは何となく、聞く気になれなかった。

 少しばかり、心のダメージに来てしまう気がしたから。

 麗奈の頭を撫でながら、莉奈は言った。


「じゃあ、麗奈ちゃん。約束しよ」

「約束……?」

「うん。約束。この後お家に帰ったらさ」


 そこまで言って、莉奈は「ふぅ」と空を見た。

 そして、一拍置いた後、言った。


「――仲直りする為にも、雄也に『大好きだよ』って言ってあげて。雄也も……はっきり言ってくれると思うから、さ」


 莉奈の言葉を聞いて、麗奈は少しばかり沈黙。

 そして、莉奈は再び自分の胸が温かくなっていくのを感じた。


「……莉奈ちゃん……」

「大丈夫大丈夫。私は大丈夫だよ」


 ひたすらに、莉奈は優しくて、強い女の子だった。

 さっき振られたばかりなのに、こうして安心させてくれて、仲直りのサポートまでしてくれて。

 ――友達になって良かったと、麗奈は思う。


「麗奈ちゃん、頑張れる?」


 頭を撫でながら、莉奈は麗奈に問う。

 そして――


「――うん、頑張る! ちゃんと、伝えるね」


 潤んだ瞳の中に強い決意を込めながら、麗奈は上目遣いで、莉奈へと告げた。


「――」

 

 そして、そんな銀髪美少女の決意と上目遣いを真正面から浴びた莉奈は、『やっぱり、こんな可愛い子には勝てるわけない!』と、心の中で呟いたのであった。

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再婚相手の連れ子が学年一のマドンナだった件 たいよさん @taiyo__

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