第24話 邂逅はいつだって突然に


 恋愛事情、そしてその他諸々の過去の振り返りが終わった後の三人は、雑談を挟みながらデザートを堪能している。


「んま! めっちゃとろとろしてる!」


 可愛らしい口で、ハムハムとプリンを頬張る麗奈が幸せそうな笑顔を浮かべる。


「相変わらずプリン好きだよな、麗奈は」

「ほんとな。昔っからそうだぜ?」

 

 そんな麗奈を、微笑ましそうに雄也が見つめてそう言うと、それに反応したのは颯太。


「へえ。昔っからなんだ。麗奈のプリン好きって」

「んふふ、まあね〜。まあプリンが好きって言うよりも、甘くてとろとろしてるのが好き! 特に甘さ大事!」

「なるほどな。だから俺のプリンを強奪した時も、ホイップかけてアレンジしてたのか」


 幸せそうな表情でプリンを頬張る麗奈に、思い出したかのように雄也が言葉を向ける。


「え、強奪? 奪ったの?」


 すると、それを聞いていた颯太が、不思議そうな表情を浮かべた。


「ちょっと! 奪ったって言い方は良くない! 私は冷蔵庫にあった雄也くんのプリンを勝手に食べちゃっただけ!」

「世間一般的にはそれを奪ったって言うんですよ!」

「てへへ」


 無意味な弁明に雄也がツッコミを入れると、麗奈が可愛く舌を出す。

 何と言うか、仲睦まじい兄妹の姿を見せられて、颯太は嫉妬か安堵かよく分からない感情に襲われていた。


「……俺も食うか、スペシャルパフェ」


 そんな感情を誤魔化すように、豪快に盛り付けられたパフェにスプーンを入れる。


「でっかいね、颯太のパフェ。美味しそう」

「ん、だべ? 俺は写真に弱いからさ、こういうのすぐ頼んじゃうんだよ」

「えへへ、昔からそうだよね。とにかく目玉商品ばっかり頼んでママに怒られてたもんね」

「んな。それを見て麗奈は大爆笑してたよな。そのくせ『一口ちょーだい!』なんて言ってくるし」

「うわ、何その『本当は嫌でした!』みたいな言い方! 優しい颯太はどこ行っちゃったんだろうなー」

「うるせ!」

「ぶー」


 可愛く頬を膨らませ、再びプリンにスプーンを入れる麗奈。そのプク顔を少し堪能してから、颯太もパフェを頬張る。

 そんな会話を真横で聞いていた雄也も、心底複雑な気持ちになりつつ、微笑ましい内容に心を温めながら、小さなチョコケーキにスプーンを入れた。


「ふぅ。おなかいっぱい! ごちそうさまでした〜」


 すると、プリンを食べ終わった麗奈が、手を合わせながらそう言った。


「ん、もう食べたんだな。美味しかった?」

「うん! 美味しかった!」


 そんな麗奈へ、雄也が我が子を見つめるかのような優しい瞳で問うと、麗奈は子供のように無邪気な笑顔で答える。


「ごめん、ちょっとドリンクバー行ってきてもいい?」


 すると、麗奈は再び手を合わせ、二人に視線をやる。

 勿論、拒否する理由も無い二人は、それに対し「いいよ」とハモリながら返事をした。


 そうして、麗奈は「ありがと」と小さく頭を下げると、雄也達の机を後にした。


 麗奈が居なくなり、少々気まずい沈黙が訪れる――訳はない。

 何せ、雄也の相手は伊藤颯太だ。

 そんな雰囲気は、似ても似つかない男なのである。


「おい、雄也」


 まるでそれを体現するかの如く、颯太は雄也を呼ぶ。

 それに対し、雄也はチョコケーキを食べながら「ん?」と返事をすると、


「正直、可愛いか? 兄貴から見る麗奈は」

「……ぶっ」


 思いがけない颯太からの質問に、雄也はチョコケーキを吹き出しそうになる。

 何とかそれを堪え、飲み込んでから颯太の方へと向いた。


「……いきなりすぎてびっくりだな」

「わりぃわりぃ。つい、聞きたくなっちゃってよ」

「聴きたくなる理由が分からないんだが……」

「んなことはどうでもいい! 早く言え! 言わねえとそのチョコケーキ勝手に食うぞ!」

「麗奈の男版みたいな事するな」


 何故か理不尽を喰らいそうになり、雄也は颯太へと突っ込む。

 そして、「ん」と口に残っていた少量のチョコケーキを完全に飲み込むと、言葉を続けた。


「それは、どういう意味で? 妹としての麗奈なのか、女の子としての麗奈なのか」


 それによって、差し出す回答はかなり変わってくる。

 どちらも可愛いで間違いないのだが、流石に「女の子として」の方を聞かれた場合はそんなこと言えない。

 とはいえ、合法的に誰かに「麗奈は可愛い」と自慢したいのも事実だった。


「どっちも言いたそうだからどっちも言っていいよ」


 すると、それを見透かされたかのように、颯太からそんな言葉が届く。

 多分、表情に出ていたのだろう。


「……待て。俺だけ言うのも不公平だ」

「はあ? 恥ずかしがってんの? 兄貴なのに?」

「いや、そういう訳じゃないんだが……」

「麗奈が居なくなると途端に情けなくなるな!」


 頬を全力で赤らめている雄也を微笑ましく感じた颯太は、笑いながらそう言った。

 実際、颯太の言う通りである。

 言いたいのは言いたい。が、実際に言うとなると恥ずかしくて言えない。

 それが陰キャの性であり、恋愛の素晴らしい要素でもあるのだ。


「……まて、颯太。一つ提案がある」


 すると、何かを思いついたのか、雄也が颯太の顔を見ながらそう言った。

 その言葉に対し、颯太は「ん?」と返事をすると、


「俺も、答えた後に颯太に同じ質問をするつもりだ」

「……おう。それで?」

「で、だ。正直、答えるのは颯太も恥ずかしいだろ?」


 例え陽キャとは言えど、異性を可愛いと言う事には多少なりとも羞恥があるはず。

 勿論、雄也のその推測は、当たっていた。

 まあ、陽キャだから――というよりも、麗奈が好きだからというのが最たる理由なのだが。


「……まあ。そうだな。あんまり口を大にして言える事ではねえな」


 その答えを聞き、雄也は「ほらな?」と言うような表情になる。

 そして、「だからさ」と前置きすると、


「一緒に言うってのはどうだ? そしたら、恥ずかしくないだろ。誰が言ったのか分からないし」

「……おい、名案だなそれ。よく言いやがった」

「……だろ!?」


 "恋する男の子はみんなバカになる"とはこういう事なのだろうか。

 どう考えても、雄也の案は二人の場合において成立しない。口パクをしたって普通にバレるからだ。

 せめて、四人以上の場合だろう。

 とはいえ、二人の表情はとても嬉しそうだった。


「よし。そうと決まればすぐやろう」

「だな。質問は勿論――」


 雄也の合図に颯太が答えると、二人は同時に目を合わせる。

 そう、質問は勿論――


「「七瀬麗奈は可愛いか?」」


 声を合わせて、言った。


「……うし。じゃあ俺がせーのって言ってやる」

「……おう。そうしてくれ」


 二人は息を吸った。

 そして、颯太が「せーの」と言うと、


「「可愛……うおっ!?」」


 い、とは言い切れずに、二人は目を丸くする。

 それもそのはず――


「ねえ!! ちょっと聞いて……って、ん? 二人ともどうしたの?」


 ――まさに完璧なタイミングで、何やら焦燥した銀髪美少女が帰ってきた。


「……あ、いやいや、なんでもないよ」

「……おう、何でもねえ。大丈夫だ」


 何とか誤魔化しつつ、二人は修羅場を乗り越える。


「そ、そうなんだ……。って!! それよりも!!」


 すると、再び麗奈は焦燥した表情に変わった。

 それに対し、雄也と颯太は不思議そうな目で麗奈を見つめる。

 そして麗奈は、その焦燥の源泉を――


「――ドリンクバーに行ったら、見たこともないくらいのすごーく可愛い女の子がいたの……」


 と、何やら複雑そうに、オレンジジュースを持ちながらそう言った。


 ◇◇◇◇◇


 時は、麗奈がドリンクバーへと向かう時まで遡る。


「ありがと」


 小さく頭を下げ、麗奈はドリンクバーへと向かう。

 何を飲もう。

 やっぱりオレンジジュース?

 でも、飲みすぎると尿意に襲われて夜起きちゃいそうだし。

 そんなことを考えながら、銀髪美少女は足を進める。

 曲がり角を曲がって、右手にはトイレの通路があり、それを通り過ぎた所にドリンクバーはある。

 そして――ドリンクバーの目の前に、到着しかけた時だった。


「……あ! ごめんなさい!」


 下を向きながら歩いていたら、誰かと肩がぶつかってしまった。

 相手はどうやらトイレに行きたかったらしく、その通路を思わず妨害していたらしい。


「……こちらこそごめんなさい! 大丈夫ですか?」


 すると、相手から最大限の心配声がかかる。

 勢い的には麗奈の方が強かったので、怪我を負うとすれば相手の方だった。


「あ、私は大丈夫です! あなたこそ怪我ありませ……」


 身振り手振りで心配してくれる相手に反応しようと、顔を上げ、目を合わせたところで――麗奈は固まった。


「大丈夫です、か?」


 そんな、目の前で硬直する麗奈を見て、少女は不思議そうな眼差しをしている。

 ――それが、更に固まる材料になってしまった。


「――」


 衝撃的に可愛い。とにかく可愛い顔をしているのだ。

 髪型はシンプルなポニーテールで、しかし髪色は輝く亜麻色。光沢があった。

 首は長く、その上首筋も白く綺麗だった。

 身長は麗奈と同じくらいだろうか。

 顔は勿論――言うまでもない。

 完璧な顔だ。童顔よりの美少女と言った感じで、さながら大物女優のように、人気読者モデルのように、大人気アニメのヒロインのように、とにかく、とにかく可愛かった。

 麗奈に負けないくらいに、可愛かった。


「……あの、本当にすみません。私の不注意でした」


 尚も硬直している麗奈へ、亜麻色の少女は微笑みながら頭を下げる。

 すると、やっと我に返ったのか、麗奈はハッとするような表情をして、


「……あ! 本当に私の方こそすいません。前を見てなかったので……」

「いえいえ、私も避けられたので。こちらこそ本当にすいません」


 そう言うと、少女は麗奈の服装へと目をやった。


「……星麗の生徒さんですか?」

「んえ、あ、はい。そうです」


 制服姿だった為に、それは隠す必要が無い。


「あ、やっぱそうですよね! その制服、すごく似合ってますね」

「えへへ、ありがとうございます」


 微笑みを向けてくる亜麻色の少女に返事をして、麗奈もその少女の服装に目をやった。

 制服だった。しかし、星麗では無さそうだ。

 ――すると、その少女は途端に恥ずかしそうに下を向いて、


「……星麗、羨ましいです」


 と、言った。

 そして、


「おーい――莉奈? トイレ行くんじゃなかったの? 私も行くから一緒に行こ!」

「……あ、うん! では。さっきは本当にごめんなさい!」


 そう言って少女は改めてお辞儀をして、後ろから来た同じ制服姿の友達と、トイレに行った。


 本気で、衝撃だった。

 まるで見た事のない。妖精と言うべきか、天使と言うべきか。それくらいの比喩表現が丁度いいくらいには、衝撃的な容姿だった。

 最も、分かりやすく言えば――


 ◇◇◇◇◇


「可愛い女の子?」


 ――と、好きな男の子、否、雄也に報告してしまうほどには。


「そ、そう! 凄かった。ほんとに」

「へえ。麗奈がそこまで言うなら、相当なのか」


 眼前、目を丸くしている麗奈を見て、雄也は嘘じゃないことを理解する。


「にしても、久しぶりに麗奈のその顔見たな。そんなにやべえ女の子がいたのかよ」


 同じく、麗奈の驚き顔を見て、颯太も嘘ではないことを理解。

 そして、颯太は「うし」と前置きすると、


「デザートも食い終わったし、帰るか! お会計は俺に任せろ!」

「ん、いやいいよ。さすがに俺も払う」

「……あ? かっこつけさせろってここは。俺の為に開いてくれた会だろ?」

「まあそうだけど、さすがにな。麗奈の分は俺が出すよ」

「そうかよ。じゃあ、麗奈は払わなくていいぜ」

「……あ、ありがとう。ごちそうさまです」


 衝撃が冷めやらない麗奈が、ソワソワしながらそう返事をする。

 そんな会話を挟みつつ、三人はお会計を済ませ、店を出た。


 ◇◇◇◇◇


「バイバイ颯太!」

「じゃあな、颯太」


 店を出ると、麗奈と雄也が手を振りながら、歩いていく颯太へと手を振った。

 それに対し、「おう! また学校で!」と、颯太が手を振り返して返事をする。

 そして、颯太の姿が完全に見えなくなった所で、二人も帰路へとついた。


「久しぶりにいっぱい食べた!」


 歩いていると、「ふん!」と胸を張りながら、麗奈がそう言った。

 

「だな……って言っても、ドリアとプリンだけじゃ?」

「そうだけど、すごーくお腹いっぱい! 今日はよく眠れそうかも」

「あはは、それはそう。いたずらしても気付かなそうだな」

「んもう、やめて。そんなことしたら噛み付くからね」

「ひえ」


 むー、と頬を膨らませる麗奈。

 その可愛さを堪能しつつ、雄也は怖がっているフリをする。


「……にしても、麗奈に好きな人がいるって驚いたな」

「……え?」

「あ、いや。話聞いた限りだと、めっちゃ男子のこと毛嫌いしてたって聞いたから。そんな麗奈が惚れる男子って……すごいなって、思ってさ」


 若干嫉妬に駆られつつ、素直に思ったことを言う雄也。


「んふふ、そう? でも、私が惚れた男の子は、案外近くにいるかも、ね」


 そんな雄也に、麗奈は頬を赤らめながらそう言った。

 幸いにも、夜だからバレていなかった。


「近く……近く。そっか、そうだよな」


 しかし、雄也においての近くとは、当たり前だが自分には当てはまらなかった。

 麗奈の近く、それはまさしく"伊藤颯汰"という存在で。

 自分の上位互換のような男の子で。

 心の中でため息を出しつつ、雄也はその言葉を受け取る。

 ――そんな、時だった。


「――ねえ、もしかして雄也?」


 歩いている二人の背後から、高い声が届く。

 それは、確実に女の子の声で。

 その声に、二人は「ん?」と振り返ると――


「――あ、あ! あれ、私がめっちゃ可愛いって思ってた女の子……」


 その少女の姿を見て、麗奈は言う。

 しかし、隣にいる雄也は――その姿を見て、固まる事しか出来なかった。

 だって、それもそのはず。

 亜麻色の髪の毛には見覚えがないし、その制服姿にも見覚えはない。

 ただ、心はしっかりと覚えているもの。

 ――その顔を見て、雄也は言った。


「――中村莉奈、だ」


 と。


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