第23話 伊藤颯太という幼なじみ


「はい! 次は颯太の番!」


 可愛らしい声が、銀髪の美少女から茶髪の陽キャへと向けられる。

 二人の衝撃的カミングアウトが終われば、順番的にはトリを飾る伊藤颯太の番だ。


「すごい話出てきそう。わくわくするな」

「ね! きっと颯太の事だから、いろーんな女の子の名前が出てくる!」


 雄也が微笑みながら言うと、麗奈は捉え方によっては中々に傷付きそうな言葉で反応する。

 まあ、"恋愛経験が無い"と説明した後だったので、それは"純粋から来る可愛さ"という名目で、二人には届いた。


「そんな期待すんじゃねーよ。ま、言うけどさ」

「えー、期待しまくるもん! ね? 雄也くん?」


 そう言って、麗奈はニコニコの笑顔で雄也へと言葉を向ける。

 それに対し、可愛さにやられた雄也は頬を赤らめながら、しかし颯太の恋愛事情を聞くという中々に嫉妬感に駆られそうな感情を制御して、「そうだな」と微笑んだ。


 そんな、目の前で行われる二人の会話を見て、颯太は「ふぅ」と一拍置いてから、


「――先に俺の恋愛観だけ言っとくな。自分で言うのもあれだけど、俺は一途だぞ」


 と前置きして、過去を振り返った。


 ――麗奈は、「へえー」と言うような可愛い顔で、その言葉を聞いていた。


 ◇◇◇◇◇


 四月のとある日。

 中学に入ってまだ一週間も経っていなかった為に、知り合いが少なかった颯太は、同じ立場である幼なじみの麗奈と帰る予定だ。

 しかし今日は下駄箱に手紙が入っており、体育館裏へと来ていた。


「颯太くんのことが好きです! 付き合ってください!」


 小学生の頃から、イケメン、陽キャ、人格者という三種の神器を兼ねた伊藤颯太は、中学入学早々にして、告白されている。

  

 目の前の女子は頭を下げ、緊張からプルプルと腕を震わせながら、こちらに右手を伸ばしている。

 颯太自身、人生でもう何度目かも忘れた光景だった。

 しかし、人に好かれるという事は思っている以上に嬉しいし、何より、目の前にいる女子はわざわざ自分の為に勇気を出して右手を差し出していると考えると、余計に嬉しくなる。

 それもこれも、全ては下心からでは無く、颯太の単純な優しさと人格から来る考えで。


「ごめんな。付き合えない」

「……そう、だよね。私こそごめんなさい」

「いや、謝らないでくれよ。勇気出して言ってくれて、普通に嬉しい」


 頭を下げながら悔しがる女の子へ、颯太は優しく微笑みかける。


「……ちなみに、ダメな理由ってなんですか……?」


 すると、女の子は少し涙目になりながら、顔を上げて颯太へ答えを求めた。

 颯太は「はは」と、苦笑した後、空を向いた。


 四月の青空は、すごく美しかった。

 世間一般的には新生活の始まりの月。

 故に、新しい場所へと挑戦する為に、心を一変せざるを得ない状況に置かれる人がほとんどのこの時期で――伊藤颯太の心には、変わらない想いがある。


「――俺にもな、好きな人がいるんだよ。小さい頃からずっと想ってる、大事な人が」


 ――もう何度目かも忘れた、告白に対する拒否の仕方だった。

 それでも、言う度に、その気持ちは嘘では無いと実感するのも確かだった。


「……そう、なんですか?」


 颯太の言葉に、驚いた女の子は目を丸くする。


「おう。そうだ。応援してくれるか?」


 それに対し、颯太は「にひ」と微笑むと、自らの右拳を女の子へと突き出した。


「……する、頑張ってください!」


 女の子は、嬉しそうに颯太の右拳に対して自分の右拳を優しく合わせると、満面の笑みでそう言った。


「おう。ありがとな」

「うん!」


 そうして、女の子は振られた悔しさも忘れて、笑顔でその場を後にする。

 その女の子の小さくて大きな背中を見送ってから、颯太は再び青空を見上げて、


「……麗奈んとこ、戻るか」


 と、小さく呟いた。


 ******


 告白タイムが終わると、颯太は小走りで麗奈の元へと向かう。

 しかし、待ち合わせ場所である校門前には、その姿は無かった。


「……ん、あれ。どこ行ったんだ?」


 キョロキョロと、颯太は視界を散らすが、銀髪美少女の姿は無い。

 まさか、先に帰ってしまったのだろうか。


「わっ!」


 颯太がそう考えた瞬間、後ろの木に隠れていた麗奈が可愛く両手を広げて、勢い良く出てきた。


「おおっ!?」


 全く予想もしていなかったドッキリに、颯太は綺麗な瞳を更に丸くする。

 それを見て、麗奈は「してやったり!」と言うようにニシシと微笑むと、


「おかえり! 帰ろー!」


 と、笑顔で言った。

 そんな、銀髪美少女の声と笑顔が可愛くて、颯太の頬は無意識に、らしくない程赤くなっていた。

 そうして二人は、並んで帰路についた。


「今度は、何で呼ばれてたの?」


 歩いていると、ふいに麗奈が颯太へと問うた。


「……色々だ、色々!」

「もー。いつもそうやって言う! たまには教えてくれたっていいでしょー」


 颯太が言うと、麗奈は頬を膨らませながら颯太を可愛く睨む。

 そう、これこそが言いたくない理由なのだ。

「告白された」事を伝えたくない訳では無い。

 

 ――麗奈の拗ね顔がとにかく可愛くて、つい意地悪したくなってしまうのだ。

 だから冗談も、言ってしまいたくなるのだ。


「言わねーよーだ。麗奈だって教えてくれないし!」

「私はちゃんと教えてるじゃん! 告白されたっていつも言ってるし!」

「それはそうだけどよ! 誰にされたかは教えてくれないだろ!」

「そんな事も教えるの!?」


 歩きながら、モテ男女同士の高レベルな会話が展開される。

 

 実際、麗奈の感覚が正しい。

 しかし、颯太からすれば違うのだ。 

 もし仮に、学年一の"イケメン"が麗奈に告白したら?

 もし仮に、学年一の"爽やか"が麗奈に告白したら?

 

 ――もし仮に、誰かに告白された麗奈が、"お願いします"って言ったら?


 そんな嫉妬深い考えが、颯太の頭の中を埋めつくしていた。


「じゃあ……一人だけ、教えてくれ! 一人でいい!」

「ええ……? 一人……?」


 何故かピンポイントな颯太からの要求に、麗奈は困惑の表情を浮かべた。

 それでも颯太は聞きたい、聞きたかった。

 すると、麗奈は「内緒だよ?」と言うように、人差し指を立てて自分の口元へ持っていく。

 そして、颯太がそれを視認したのを確認すると、


「……1組の、田中くん」


 と、可愛らしい声で囁いた。


「田中……田中、田中か、ああ、あいつね」


 その名前は、特に印象も無い男の子だった。

 イケメンでも無ければ、頭もそこまで良くなかったはず。あまり目立たない子だったと思う。

 ――普段なら絶対に人を見下さない颯太だが、無意識にそんなことを考えていた。

 

「うん、そう。田中くん!」

「何だ、それなら良かった」

「……良かった?」

「……あ、なんでもない。田中からすれば良くは無いか。でも俺からすれば良かっただし……ん? あれ? よく分かんなくなってきたわ」


 しかし、恋心は不思議だった。

 そんな、完璧に近い人間をも、こうして困惑させてしまうのだから。

 一時的に、それも無意識に人格さえも変えて、言いたくないこと、思いたくないことまで思わせるのだから。

 正確には、嫉妬心というものか。


「とりあえず何が良かったのか分からないけど、はい! 私は教えたから、颯太も何で呼び出されてたのか教えて!」


 そう言う麗奈の瞳は純粋で、本気で聞きたがっていた。

 普通、ここまで来れば何となく察する事が出来ると思う。

 むしろ、麗奈なら同じ事をされているのだがら、他の女の子よりも察しやすいと思うが。

 とはいえ、そんな初々しい部分こそ、颯太が惚れている要因でもあった。


「宇宙人を見たって言われた」

「あ、うそ! 嘘ついた! 何そのバレバレすぎる嘘! 面白くないし! ばか!」

「ちょっと待て、言い過ぎだろーが!」

「颯太が嘘つくのが悪いんだもん! ぶー」


 そう言うと、麗奈は再び頬を可愛く膨らませる。

 狙い通りだった。


「告白されたんだよ」


 麗奈のプク顔をちょっとだけ堪能してから、颯太は呟く。


「告白……え、颯太も?」


 颯太の言葉を聞くと、麗奈は目を丸くした。


「おう……って、そんな驚く? 大体こういう呼び出しってそうじゃね?」

「へえ……。私、自分から告白とか一回もしたことないから、全然分かんなかった」

「同じ方法でよくされてるだろうよ……」

「あ、言われてみればそうかも! てことは、颯太も下駄箱にお手紙が入ってたの?」

「おう。その通りだ」

「へえ〜」


 納得したのか、麗奈は深く頷く。

 そして、「あ!」と、何かを思い出したかのような顔をして、


「返事は? OKした!? ねえ!?」


 嬉しそうに、とても期待するように、颯太の前に出ながらそう言った。

 ――それが、颯太の心には重く降り注いで。


「……してねえ。断ったよ」


 それがバレないように、颯太は視線を逸らしながら返答する。


「んえー……。でもよく頑張ったね、その女の子」

「……そうだな。よく頑張ったと思うぜ」

「だよねー。すごーくドキドキしてただろうね」

「……おう」


 やっぱり、颯太の求めている答えは、銀髪美少女からは返ってこない。

「誰にされたの?」って、聞いてくれない。

 

 ――俺は、嫉妬心から聞いているのに。

 

 でも、それでも、それでもやっぱり、麗奈の顔は、世界で一番可愛かった。


「なんて言って断ったの?」


 そんな、言葉にし難い気持ちに囚われている颯太の元へ、純粋無垢な麗奈の質問が届く。

 それは、一番答えやすくて、一番答えにくい質問だった。

 でも、答えるからには胸を張って答えたかった。

 

「俺にも、"好きな人がいるから"って」


 その返答に、麗奈は思わず立ち止まる。


「す、え……好きな人? 颯太に?」

「……おう。って、聞き返すなや。恥ずかしいだろ」

「いやだって……あの颯太に? ママ大好き人間の颯太に……?」

「そうだっての。ママ大好き人間は昔の話だし、恥ずかしいからやめろ! 今も好きだけど!」

「んもう、素敵だなぁ……」


 何か感慨に浸るかのように、麗奈は微笑んだ。


「……とにかく、俺にも好きな人がいるんだよ。だから俺はそいつと付き合いたいし、幸せにしてやりたい」

「んふふ、そうだね。届くといいね、その想い」


 また、麗奈は優しすぎる微笑みを颯太に向ける。

 初めて、性格が悪いと思った。でも、そんな訳が無くて。

 その、やっぱり可愛くて仕方ない笑顔に――『お前だよ』とは、言えなかった。


 ◇◇◇◇◇


「……ってのが、俺の恋愛事情だぜ。期待以下だったら悪ぃな」


 麗奈との帰り道部分は、かなり大雑把な説明をした。

 否、かなりどころか、『帰り道』という事実を変え、『好きな人と公園で遊んでた時』という設定にした程だ。

 とりあえず、颯太の好きバレはしていなさそうだ。

 そして、麗奈の名前部分をずっと『俺の好きな人は』と言って誤魔化したが、それは何となく嬉しかった。


「その好きな人とはどうなったんだ?」


 すると、雄也が矢継ぎ早に質問した。


「何もねえな。生憎と」

「……そうか。てか、やっぱりモテてるんだな、颯太は。何度目かも忘れたなんて、俺も一度は思ってみたいよ」


 前半で安心した雄也が、後半で颯太に尊敬の微笑みを向けている。

 自分とはレベルが違いすぎる体験談に、嫉妬よりも素直に感心しているようだ。

 それに対し、雄也の隣に座る麗奈も「うんうん」と頷いた。


「すごいよね、颯太。色んな女の子から告白されちゃって」

「何だろうな、麗奈に言われても嬉しくねえな」

「むー」

「はは、わりぃわりぃ」


 頬を膨らませる麗奈を見て、颯太は思う。

 やっぱり、あの頃のままだ。


「てか、俺は嬉しいのか。まあ、モテないから当たり前なんだけど」


 すると、苦笑しながら雄也がそう言った。


「――」

 

 ――瞬間、颯太は鳥肌が立った。


 あの頃の、麗奈に告白していた田中を無意識に見下していた感覚と同じだった。

 無論、それは「どうせ勝てるから」なんて、慢心的で低レベルなものではない。

 嫉妬心から来てしまうものだった。

 雄也が麗奈の事をどう思ってるかは分からない。それでも、あの頃のような嫉妬心で、無意識に見下すような言動を取ってしまっていたのだ。

 

 ――まだまだ、麗奈のことが大好きなのだと、颯太は確信した。


「……へへ、悪いな。でもお前、これから絶対モテ期来ると思うぜ?」

「そうかな。まあでも、来るといいな……って痛い! なんで俺の事抓ってんの!? 麗奈!?」

「モテ期なんて来なくていいの!」


 颯太の目の前には、頬を膨らませながら、何故か雄也のことを抓っている麗奈がいる。

 そして、麗奈は普通の表情に戻り、「でもさ」と前置きすると――


「――そういえば颯太、さっき自分は一途って言ってたけど、今も好きな人変わってないの?」


 純粋無垢な瞳で、麗奈が問う。

 一番答えやすくて、一番答えにくい質問だった。

 でも、答えるからには、胸を張って答えるつもりだ。


「――おう、変わってねえ。今も大好きだ」


 颯太は、言い切った。

 

「んふふ、そうなんだ。じゃあ、届くといいね、その想い」


 そして、麗奈は優しく、ただ純粋で綺麗な笑顔を浮かべた。


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最後までお読み頂き、ありがとうございます。

面白い、面白くなりそうと思っていただけた方は、フォローと☆評価をしてくださると幸いです!

 

ちなみに、颯太がマドンナとからかってしまい、麗奈の逆鱗に触れてしまったのは、あれからすぐあとの事です。笑

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