第22話 桜木雄也という男の子


「はい! 次は雄也くんの番!」


 麗奈からの衝撃のカミングアウトが終わると、次なる話題は雄也へと向けられた。


「いや……ちょっとそれどころじゃないんだが……」


 とはいえ、麗奈からの言葉があまりにも衝撃すぎた為に、雄也の脳内はぐるぐると悲鳴を上げていた。


 ――好きな人がいる。


 麗奈にとっての好きな人。

 やはりそれは、懸念していた通り、颯太の事なのだろうか。

 そんな考えと不安だけが、雄也の頭の中を埋めつくしていた。


「その、麗奈。ごめん、聞き間違いじゃなかったら、好きな人がいるって……」


 隣に座る麗奈へ、雄也は不安そうに問う。


「え、うん。いるってば」


 麗奈は雄也へ、笑顔でそう言った。

 その返答は、思っていたよりも堂々で、しっかりとしていた。


「そ、うだよな……」

「そう! はい、雄也くんの番だから! 早く早く!」


 そんな雄也の気持ちなどには気付けるはずもなく、麗奈は目を輝かせている。

 しかし、約束は約束だ。

 雄也は心の中で「はぁ」と、落胆したため息を付きながら、何とか切り替えて過去を振り返る事にした。


 ◇◇◇◇◇


 桜木雄也、中学一年生。

 根暗な雰囲気を持つ彼は、今日も今日とて、一人で本を読んでいた。


「ねえ、今日も本読んでるの?」


 するとそこへ――中村莉奈なかむらりなが話しかけてきた。

 隣の席ということもあり、ただそのおこぼれで友達になっている、否、ならせてもらっている女の子。

 しかし、雄也にとっては数少ない友達の一人であった。

 髪色はシンプルな黒色で、髪型もシンプルなポニーテール。

 身長自体は低めの女の子だが、全体的なスタイルは良い方だ。


「……あ、まあ。することないし」

「することないって。私という相手がいるじゃない」

「……そうだね」


 この通り、莉奈は明るい性格だ。

 とにかく元気で、クラスの雰囲気をいつも明るくしている。

 そして、クラス内ではトップカーストを誇る女子であるのだ。


「ねね、何の本読んでるの?」


 本に目を通す雄也。

 その本の後ろから、グイッと覗き込むように莉奈が笑顔でそう言った。

 本来なら、こういうタイプは雄也にとって苦手なのだが、莉奈だけは何故か不快には感じなかった。


「……これは、ただのライトノベルだよ。ファンタジー系の」

「ふぁんたじー、けい?」

「うん。魔法が出てきたり、異世界転生したりする」

「へえ〜。不思議な本読んでるんだね」

「ま、まあね」


 こうして、陰キャの雄也にも優しく話題を振ってくれるのが、莉奈の性格そのものを表している。

 だがしかし――。


「莉奈ちゃーん! 何してんだよー!」

「うるさ。聞こえるっての!」


 無邪気に駆け寄ってくる男子へと、莉奈は冷たげな言葉遣いで返事をした。

 そう、これこそが、雄也の七不思議だった。

 莉奈は、サバサバ系美少女として、校内では有名だった。

 だから、隣になった時は正直怯えた。

 しかし、何故か雄也にだけは優しく、暖かく接しているのだ。


「ごめんごめん、で、題名はなんて言うの?」


 無邪気な男子を振り払うと、莉奈は笑顔で雄也へと向き直る。


「え、あ、えっと……『転生したら星だった』っていう」

「ほ、星!? 斬新すぎない!?」

「んまあ。ライトノベルだからね」

「にしてもだなぁ……。面白そうだね」

「面白いよ」


 雄也が笑顔でそう言うと、莉奈も笑顔になる。

 そして、雄也の隣へと移動すると、共に本を読むような形になった。


「――」


 莉奈が隣に来たことで、雄也の鼻腔にはほのかな香りが漂う。

 甘い香りが鼻をかすめ、そして何より近い距離感に、雄也の心はバクバクと音を立てていた。

 すると、まさかその音を聞き取ったように、莉奈は雄也の顔を再び覗き込み――


「――ドキドキしてる?」


 と、イタズラな笑顔を浮かべた。


「……な、何言ってんの。俺は本を読んでるだ……」

「ふーん? じゃあ、この手首の脈の速さは何かな〜?」


 "けだよ"と雄也が言い切ろうとすると、莉奈は無理やり雄也の手首を掴んでそう言った。

 そして、雄也が驚きから本を置いたことを確認すると、雄也の右手を掴み、自らの手首へと持っていく。

 そして――


「――私も、こんなにドキドキしてる」


 そう言って、莉奈は再びイタズラな笑みを浮かべた。


「……や、やめてくれ。何してるんだよ急に」

「あはは、ちょっとからかってみただけ。邪魔してごめんね」

「……おう」


 ドキドキがバレないよう、何とか誤魔化す雄也。

 対して莉奈も、頬が赤くなっていた。

 そして、そんな雄也に莉奈はニコッと微笑むと、友達の元へ向かったのか、その場を離れた。


「何だったんだよ……」


 再び本を取ろうとした雄也だったが、あまりの出来事に、その感覚に浸れずにはいられなかった。

 恋なんてしたことも無いし、誰かに好かれたことも無い。

 だがしかし、あそこまでのアプローチと匂わせは、流石に意識してしまうもの。

 どうしても、どうしてもだ。


「はぁ……」


 予期せぬ出来事に心臓を抑えることに必死だった雄也は、恥ずかしそうにため息を残す。

 そして何とか切り替え、再び本を取り、目に入れ始めた。

 ――その時だった。


「――ねね、莉奈の好きな人ってだーれ?」


 クラスのトップカーストの内の一人が、大きな声でそう言った。

 莉奈の好きな人。言い換えれば、クラス内で多大な影響力を持つ美少女の好きな人だ。

 その言葉を聞き、クラス内は一気にざわつき始めた。


「ちょっと、ここで!?」

「んもう、莉奈がいいって言ったんじゃん! じゃ、質問コーナー始めまーす!」

「もー。まあいいけど!」


 何故か恥ずかしそうにせず、むしろ言いたそうな雰囲気さえ出している莉奈。

 そして、クラス内の目線は、莉奈へと集中する。


「じゃあ! 莉奈の好きな人は、このクラスに居るんですか!」


 一個目の質問にして、クラスの男子が全員聞きたかった質問が用意された。

 その問いに対し、莉奈は「ふふん」と、余裕そうに微笑むと、


「――いまーす! このクラスに!」


 嬉しそうな表情で、そう言った。

 莉奈の回答を聞き、クラスの男子は騒ぎ出す。


「じゃあ、莉奈の好きな人は、何が好きなんですか!」


 騒がしい雰囲気の中、二個目の質問が投下される。


「えーっと、本です! らいと、のべる? です!」


 再び莉奈が回答すると、クラスの半分程の男子が落胆の表情を見せた。


「じゃあ最後の質問! その男の子は、今も本を読んでいますか!」


 その言葉を聞き、雄也は再び固まった。

 一個目、二個目の質問の時点で、若干固まりつつはあった。

 だがしかし、今この瞬間に本を読んでいるのは、桜木雄也ただ一人だった。

 つまり、最後の質問に莉奈が「はい!」と答えた瞬間、その対象は自分になる。

 そして、莉奈は「ふぅ」と一息つくと、満面の笑みで――


「――はい!」


 それが、桜木雄也の初めての恋だった。


 ◇◇◇◇◇


「……こんな感じだ……って、麗奈?」

「むぅ……」

 

 自らの過去を振り返り、大まかな説明をした雄也。

 隣を見ると、頬をぷくーっと膨らませている麗奈が居た。


「……ゆ、雄也くんは、恋とかしてきたんだね」


 自分と対照的な過去を持つ雄也に、麗奈は露骨に声色が落ちる。

 しかしその源泉、それは過去に対してでは無い。

 ――それ以上の、"初めての嫉妬"からだった。


「ま、イケメンだもんなぁ雄也。一人や二人居たって不思議ではねーな」


 そう言って、颯太は微笑んだ。

 そしてその言葉にいち早く反応したのは雄也――ではなく、麗奈だった。


「ひ、一人や二人って……雄也くんって、その、彼女とかいたことある……の?」


 恐る恐る、麗奈は雄也へと質問する。


「……いや、居ないよ。結局付き合わないまま終わった。まあそもそも、中学一年生だったからな」


 すると、麗奈が一番聞きたかった答えを雄也は口にした。


「え、あ、ほ、ほんと!? そ、そうなんだね〜。それは残念だけど! やったやった!」

「なんかすげえ嬉しそうだな、麗奈」


 どんどんと満面の笑みへと変わっていく麗奈に、颯太は思わず突っ込む。

 それもそのはず。麗奈にとって、人生で一番嬉しい瞬間であることは事実だった。


「その、それ以降は恋とかしてきたの? 雄也くん」

「んや、全く。なんせこの性格だし。女の子の友達もその子しか居なかったよ」

「へ、へえ! それは素晴らしい! 良かったね!」

「え、喜ぶ……?」

「……あ、全然、その、敵が一人しかいないのが嬉しいからとかじゃなくてね!? その、うん、そういうこと!」

「……なるほど」


 何故か喜んでいる麗奈を不思議に感じつつ、雄也は納得する。

 そして――


「――雄也くんはさ、今は好きな人、いる?」


 恥ずかしそうに頬を赤らめ、しかし「ふん」と鼻を鳴らすように目を輝かせ、麗奈が最も聞きたかった質問を投下した。

 答えは勿論――


「――いるよ。二回目の恋だな」


 はっきりと、雄也はそう言ったのだった。


━━━━━━━━━━


更新遅れて申し訳ありません。。

正直に言いますと、色々に色々が重なり、作者のモチベーションが中々向上しませんでした。。

本当にすみません。。


とはいえ、読んでいただける方が居るからには、不定期でも更新は続けていくので、これからも宜しくお願い致します。


そして!


『飛び込み自殺を図ろうとしていた女子高生を助けたら、『殺して』とお願いされたので、無視してラブホテルに連れ込んだ結果』


という新シリーズも連載開始致しました。


内容は少しシリアスで重めなのですが、それでもいいよ!という方は、是非読んでいただけると幸いです。

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