第20話 幼なじみとの対面 ③
玄関先でのハグを終えた二人は、制服姿のままファミレスへと歩いていた。
もう少し歩けば、遂に、その時がやってくる。
「雄也くんったら、本当に可愛いんだから!」
「……忘れてください、お願いします」
「えへへ、忘れませーん!」
歩きながら、頬を赤らめて懇願する雄也。
対して麗奈も、歩きながら意地悪な笑みを浮かべ、舌を出した。
雄也の「忘れてくれ」が指す内容は、玄関先での事だ。
不安のあまり、麗奈へと後ろからハグをしたのだが、振り返れば情けなさすぎる発言だったと思う。
とはいえ、された麗奈も満更でもない顔をしていたのだが。
「……ていうか! 麗奈だってちょっと嬉しそうだっただろ!」
「……え、いや、そ、そんなことないよ? お兄ちゃんは可愛いなーって思いながら受けてただけだよ?」
「……嘘だね。俺の腕に自分の手置いてたし!」
「そ、それは嬉しかったから……じゃなくて、たまたま置いちゃっただけだもん!」
「ほらな!」
図星を突かれた麗奈は、頬を赤らめながら必死に言い訳をするも、結局ボロが出てしまった。
必死な雄也がそれを逃さず言及すると、麗奈は「むぅ」と頬を膨らませた。
「……でもまあ、ありがとう。緊張はしてるけど、不安は取れた気がするから」
「ん、いーよ。妹の役割を全うしただけ……だし!」
「そうだな」
微笑む麗奈に雄也も微笑み返すと、麗奈が「ていうか」と前置きして、
「もう、私がお姉ちゃんで良くない? え? いいよね?」
「だめ」
「そ、即答……」
ここまでの行動で、年上感があったのはどう考えても麗奈だった。
しかし即答する雄也に麗奈は苦笑しつつ、二人は道を歩いた。
「あ、もうつく! あそこ!」
目的のファミレスが見えると、麗奈が指を指してそう言った。
その指を辿り、雄也は視線を送ると、そこには緑が基調とされたデザインの建物がある。
紛れもない、ファミレスだ。
――遂に、その時が来た。
「……そういえば、麗奈の幼なじみさんはもう居るの?」
「ん、いると思うよ。さっき連絡したら『待ってるわー』って返ってきたし!」
「そ、そうか……」
麗奈の言葉で既にいる事が確定し、緊張は増すばかり。
どうせなら待ってた方が良かった、なんて思う。
しかし事実は変えられないので、受け入れる為に雄也は「ふぅ」と一息吐いた。
すると、そんな雄也を見た麗奈が「んふふ」と微笑んで、
「私の手、もっかい握る?」
「……え?」
「ほら、緊張してるんでしょ。いいよ」
そう言って、雄也へと綺麗な手を向けた。
「いや、俺はもう不安じゃないよ?」
「んもう、不安じゃなくても緊張してるでしょ! だからほら、握って。一瞬だけ」
「んや、さすがに頼りっきりにな……って」
「いいの、やっぱ一瞬じゃなくていっぱい!」
雄也が言葉を言い切る前に、麗奈は雄也の手を無理矢理掴む。
そしてにぎにぎと堪能すると、頬を赤らめながらその手を離した。
「――行こっか!」
これから幼なじみに雄也を取られるから、少し寂しくなっちゃったなんて絶対に言えない。
何せ先程、「私がお姉ちゃんでいいよね?」なんて、自信満々に言ったばかりだ。
そんな気持ちを隠すように、麗奈は雄也へと微笑みを向けた。
◇◇◇◇◇
ファミレスに入り、麗奈の幼なじみが既にいたテーブルへと着席した。
「――」
しかし雄也は目を丸くし、驚愕の表情をしている。
その根源は勿論――目の前に座っている、麗奈の幼なじみの存在だ。
爽やかなツーブロック。髪色は赤寄りのブラウン系。耳にはピアスを付けている。
ワイシャツの第一ボタンは派手に開けて、ネクタイはゆるゆるだ。しかし目つきは優しく、ヤンチャな雰囲気も無い。
まさに、自分の想像する「陽キャ像」を具現化した人間が、雄也の目の前には居た。
「おーい、兄貴さーん?」
固まるほど緊張している雄也に、颯太は手を振って存在をアピール。
それが功を奏したのか、雄也がハッとしたように自我を取り戻すと、「良かった」と、雄也の隣に座る麗奈が微笑んだ。
「すっげー緊張してるじゃん」
「あ、そ、そうですね。まあ、はい」
「んな緊張しなくていいって。同い年だろうよ」
「同い年……同い年、そうだ、同い年ですよね」
「ああ、そうだよ。だから大丈夫だ」
同い年なのに、こんなにも雰囲気と社交性に差が出るなんて。そんなことを思いながら、雄也は尚もガチガチになっている。
それに対し、颯太は優しく微笑みながら返答する。
すると、隣にいた麗奈が「あ!」と声を出し、前のめりになって机に手を置いた。
「ほら、お互いの名前言おうよ! そうしたらすごーく仲良くなれる!」
目をキラキラに輝かせながら、可愛い声で麗奈は言う。
そして雄也に「ね?」と、微笑みながら頷きかけると、雄也は「そ、そうだな」と、若干緊張しながらも勇気を出した。
「あ、あの、麗奈の兄の、雄也です。よろしくお願いします」
言葉を震わせながらも、何とか目の前に座る陽キャへと視線を送る。
それを聞いた麗奈が隣で「ぱちぱちー!」と口で拍手をした。
「俺は、麗奈の幼なじみの伊藤颯汰だ。よろしくな」
無邪気な麗奈の拍手が終わると、颯太が笑顔で自己紹介をした。
それを聞き、雄也はゴクッと唾を飲んでから、
「よ、よろしくお願いします!」
「おう……って、なんでそんなよそよそしいんだよ。もっと楽にこい、楽に! 『よろしく颯太』って言ってみ?」
「いや、ちょっとそれは……」
「いいから! 早く言え! じゃないと俺が麗奈の兄貴になるぞ!?」
「え、あ、よろしく颯太! よ、よろしくな!」
まんまと颯太に乗せられ、雄也はプライドのあまりすぐに返事をした。
心無しか、否、露骨に麗奈の微笑みには嬉しさが増している。
何と言うか、こういう部分が颯太が陽キャたる所以なのだろうと、雄也は思った。
「うし、それでいい。よろしくな雄也」
「お、おう。よろしく」
「えへへ、何だかすごーく相性良さそうだね、二人とも!」
麗奈のポジティブな推測が入り、雄也と颯太は共に目を合わせて微笑んだ。
そうして、二人の自己紹介は無事に終了した。
「あ! ご飯頼もうよ! 雄也くん達も決めて決めて!」
そう言って、麗奈が机の端に置いてあったメニュー表を取る。
二つあるメニュー表の片方を雄也と自分の前へ、もう一つを颯太の手元へ。
ペラペラと捲りながら、メニュー表に目を通すと、同じく端に置いてあったオーダー用紙を、麗奈は手に取った。
「んー、麗奈は何食べるの?」
悩んでいる雄也が、麗奈へと言葉を向ける。
「どうしよ、あんまり食べれないから……スモールサイズのドリアにしよっかな。雄也くんは?」
「そうだな……俺もそれでいいかも。何せ緊張しすぎてあんまり食べれない」
「んもう、本当に? 後でお腹すいちゃうよ?」
「まあ、そしたら適当に買いに行くよ」
「そっか! じゃあ私もそうしよー」
そんな会話を挟みつつ、麗奈はオーダー用紙に番号を書く。
その会話を聞いていた颯太は、すっかり兄妹感が出ている二人にほっこりしつつ、メニュー表に目を通した。
「颯太は? 何食べる?」
「俺はステーキでよろしく。腹減りまくってる。あ、ライスの大盛りも忘れないでくれよ?」
「はーい。相変わらずいっぱい食べるね」
「まあな。こういうめでたい日はいっぱい食わねーと!」
「めでたい日じゃなくてもいっぱい食べるくせに!」
「うるせ!」
麗奈がイタズラな笑みで言うと、颯太も苦笑しながらそう返す。
そんな、慣れた距離感の会話を間近で聞く雄也には、再び嫉妬の感情が襲ってきそうだった。
が、すぐに玄関先でのやり取りを思い出し、何とかその気持ちは沈めた。
注文ボタンを押すと、数秒後に店員がこちらの机へとやってきた。
「お待たせしました! ご注文お伺いします!」
「あ、これお願いします!」
「はい! スモールサイズのドリアがお二つ、ステーキがお一つ、大盛りライスがお一つ、セットドリンクバーが三つ、以上でよろしいですか?」
「大丈夫です!」
「承知しました。ごゆっくりどうぞ!」
麗奈からオーダー用紙を受け取った店員は、注文内容を確認すると一礼し、その場を去る。
微笑みながらその姿を見送る麗奈の横顔は、雄也だけで無く、颯太をも見惚れさせる程の力を持っていた。
「あ、二人とも俺が入れてこようか?」
ドリンクバーを頼めば、後は注ぐだけ。
雄也が、麗奈と颯太に視線を送りながらそう言った。
二人きりにさせる嫉妬よりも、今は純粋な優しさが働いたのだろう。
「ん、いいの?」
「うん、いいよ。麗奈は何飲みたい?」
「んー……私はオレンジジュースでいいかな。ありがとね」
「おっけー。そ、颯太は?」
呼び慣れない、というかまだ知り合って数分の友達の下の名前を呼ぶことに気恥しさを覚えつつ、雄也は颯太へと問う。
問われた颯太は「そうだな……」と考える素振りを――しなかった。
「んなもん、一緒に入れに行くに決まってんだろ!」
「え、あ、そうか」
「あたりめーだ。ほら行くぞ! 雄也!」
そう言って、おもむろに席から立ち上がると、雄也の肩へと自分の手を回してドリンクバーへと連行した。
容赦なく陽キャたる所以を見せつけてくる颯太に困惑しつつ、しかしそれがどこか心地良く感じている雄也は、抵抗せずにそのままドリンクバーへと向かった。
「颯太ってさ、結構目立つタイプか?」
オレンジジュースのボタンを押しながら、雄也は颯太へと問う。
「目立つってのは、どういう意味で? 悪い意味? 良い意味?」
「そりゃもちろん、良い意味で」
「うーん、どうなんだろうな。基準が分からねー」
「何か麗奈の話によると、結構モテるって聞いたんだが……」
「あ、それはそうかもな。何でかは分からねーけど」
サラッと言う颯太だが、雄也には到底理解出来ない領域だ。
とはいえ、ここまでのやり取りで、何となくモテる理由も分かる気がする。
「本当に陽キャって羨ましい。俺って全然目立たないからさ。パッとしない人間っていうか……」
雄也が苦笑しながら言うと、颯太は「はぁ」とため息を吐いた。
「あのなぁ、陽キャだ陰キャだって、そんなのくだらないと思うぜ、俺は」
「え……?」
「全く同じ人間なんて居ないだろ?」
「ま、まあ。それはそうだな」
「土台が全く一緒なら、陰と陽で分けるのも分かる。ただな、目立つのが好みの性格の子も居れば、目立たないのが好みの性格の子も居るわけだ。そんなので陽キャとか陰キャとか、くだらなくね?」
そう言う颯太の顔には、謙遜や謙虚など微塵も見えず、ただ本心を告げる時の顔だった。
その言葉に呆然とする雄也を横目に、颯太は続ける。
「だから、俺と雄也だって同じ星麗の生徒だし、そこに陰も陽もない。その上で言わせてもらうけど、俺は雄也と仲良くなれる気がしてるぜ? それもめちゃくちゃな!」
親指でグッドポーズをしながら、颯太は雄也へと笑顔を向ける。
すると、途端に焦ったような表情に変わった。
「……っておい! 雄也! オレンジジュース溢れてるって!」
「……あ、やべ! 麗奈の分が!」
「麗奈にブチギレられんぞ!」
「え、まじ!?」
「あいつ怒ったらちょーこえーからな!」
「終わった……」
ボタンを押していた事を忘れていた雄也の手に、小さなオレンジジュースの滝が降り注いだ。
それでも、その不快感よりも、今は颯太の言葉の存在感が、圧倒的に勝っていた。
目立たない事が悪な訳じゃない。
人には個性があるのだ。
だからこそ、目立つ事も、目立たない事も、どちらも善なのだ、と。
◇◇◇◇◇
「ごめんよ麗奈、少しオレンジジュースこぼしちゃった」
「ん、いーよ! 入れてきてくれてありがとうね、雄也くん」
麗奈の前にオレンジジュースを置きながら、申し訳無さそうに雄也がそう言うと、麗奈がニコッと笑った。
全然怒る様子は無い。
「……あれ、怒らないの?」
「え、怒る? なんで?」
「あ、いや、颯太が"ブチギレるぞあいつ"って」
「んもう、お兄ちゃんに変な事吹き込まないでくれる! ばか!」
そう言いながら、麗奈は自分のコーラを持つ颯太を可愛く睨みつけた。
「ひえ、俺が怒られちまったよ。代わりに謝っといてくれ雄也」
「なんで俺!? 自分で謝れ!」
理不尽すぎる謝罪転嫁をされ、雄也が反論する。
その会話を聞いて、「あんなに不安がってたのに」と、麗奈は心の中で微笑んだ。
「そういえば、兄貴なら妹の話色々聞いたのか? 逆も然りだけど」
コーラを飲みながら、颯太が二人へと純粋な疑問を雄也へとぶつけた。
「色々って?」
「その、恋愛話とか友情話とか」
「あー、確かにあんまりだな」
確かに言われてみれば、お互いの家族的な過去については何となく聞き辛い部分もあるので仕方ないのだが、それ以外の部分もあまり知らない。
恋愛事情だったり、交友関係だったりは、意外と知らない事が多い。
「んだそれ。気にならねーの? 二人とも」
雄也の返答を聞き、颯太が笑いながらそう言った。
「え、気になる! 気になる気になる気になる!」
しかし即答したのは麗奈だ。
ルンルンに目を輝かせ、雄也の顔を見ている。
「ほら、妹はそう言ってるぞ。兄貴はどうなんだ?」
そんな質問、回答は一つしかない。
麗奈がその気なら、雄也だって――
「俺も気になる。確かに」
当たり前の回答を、颯太へと差し出す。
まあ、そこに恋愛感情的なのも少なからず混ざっているのだが、それは秘密だ。
すると、颯太は「そうと決まれば!」と言わんばかりに自分の手を叩いてから、
「――じゃあ、麗奈の話から聞こうぜ? 俺もこう見えて、中学の頃からは色々あって全然話聞けてねーからさ!」
と、雄也よりも聞きたそうなトーンとテンションで、そう言ったのだった。
―――――
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次回は麗奈の過去に触れます!
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