第18話 幼なじみとの対面 ①


「これ飲みたかったの! ありがと雄也くんっ!」


 コンビニを出ると、タピオカミルクティーのストローカップを持ちながら、満面の笑みで麗奈がそう言った。

 結局、頭を撫でるだけでは終わらず、雄也の奢りだ。

「買ってほしい」なんて、可愛すぎる顔でお願いされた為、断れる訳がなかった。

 まあ、そもそも嫌じゃないのだが。


「雄也くんのプリンラテはおいひい?」


 タピオカを口内で転がしながら、リスのような表情で麗奈が可愛く問う。

 固体のプリンを買う予定だったのだが、何となく気分でプリンラテを買った。

 特に深い理由はない。


「おう、美味しいよ」

「んふふ、よかった」


 雄也が微笑みながら答えると、再びリスのように頬張りながら、麗奈も可愛い微笑みを向けた。


 それから、しばらく雑談を挟みつつ、自宅へ向かって歩き続けていた時。

 雄也は、ある事を思い出す。


「そういえば麗奈、"幼なじみと俺を会わせたい"って言ってたけど、いつ?」


 嫉妬の源泉について聞いた時の会話で、麗奈がそんなことを言っていた。

 その事について雄也が問うと、麗奈は「あ!」と、何かを思い出すような素振りをした。


「そうだそうだ! その事についてなんだけど」

「うん?」

「来週の木曜日、雄也くん空いてる?」

「木曜日か。うん、特に何も無いよ」


 特に友達と遊ぶ予定も無い為、雄也は首を縦に振る。

 すると、麗奈が安心したように「よかった」と微笑んだ。


「じゃあその日さ――三人でご飯行かない?」

「ご飯……そうだな、そうしよっか」


 陰キャの雄也からすれば、中々にレベルの高いシチュエーションだ。

 会った事も無ければ、話した事も無い人物と、いきなりご飯に行くなんて。

 すると、その緊張が無意識に顔に出ていたのか、麗奈が雄也の顔を覗き込みながら、


「ん、雄也くん緊張してるの?」


 と、不思議そうな視線を雄也へと向ける。


「そりゃ……な。俺、人付き合いは苦手なタイプだから」

「んもう、またそうやって自分に自信無くすんだから」

「……だな。ごめん」

「すぐ謝らないの!」

「……はい」


 悲観的になっていく雄也を見越して、麗奈が頬を膨らませて言葉を向けた。

 わがままを言う時は遠慮なく甘えて、しかしこういう時ははっきりと言ってくれる。

 すっかり、麗奈も妹としての立ち振る舞いが身についていた。


「で、どんな人なんだ? 麗奈の幼なじみって」

「うーん、そうだなぁ」


 そう言いながら、麗奈は顎に手を添えて空を見る。


「――めーっちゃかっこいい男の子、って言ったら?」


 そして、答えを待つ雄也の元へ、にやりと微笑みながら視線を送る。

 その答えを聞き、雄也の心の中には猛烈に嫉妬感が襲った。


「……そうなんだーって思うよ」


 それを悟られないよう、雄也はわざとらしく視線を逸らす。

 が、相手はお世話好きの麗奈だ。

 そんな些細な誤魔化しなど、通用しない。


「ふーん」

「……なに」

「ふーんふーん」

「……なんだ」

「ほんとは妬いてるんだろうなー、って思って」

「……分かってたなら言うな!」

「えへへ、可愛いなあ雄也くんは」

「……で、かっこいいの? かっこよくないの?」

「んもう、さっきの言葉はうーそ。私は普通って感じ!」

「……そっか。ならいい」

「やっぱ可愛い」

 

 歩きながら、雄也が嫉妬している事を確認し、小悪魔のような笑みで「くすす」と笑うと、麗奈はパーカーの袖に口を当て、雄也の耳元へその口を持っていく。

 そして――囁いた。


「――雄也くんが、一番かっこいいよ」


 その言葉は、空気に消える前に、しっかりと雄也の耳元へと届いた。

 そして、「んふふ」と軽く微笑むと、麗奈は頬の赤らめがバレないように、フードを静かに被る。

 言われた雄也は、林檎の如く頬が赤くなった。


「……それも嘘だろ、絶対」

「嘘だと思う?」

「……嘘でしかないと思う」

「……ばーか」


 フードを被っている可愛い麗奈に可愛く罵倒され、明確な答えは聞けなかった。

 が、チラッとこちらを見てきた麗奈の頬は、確かに赤かった。


「……で、結局どんな人なんだ。麗奈の幼なじみは」


 何とか切り替え、雄也は話を元に戻す。


「んー、どの部分が知りたい?」

「どの部分……そうだなぁ、陽キャか陰キャかだったら」


 雄也にとって、ここが一番大事なポイントである事は間違いない。

 陰キャであれば最高。陽キャであれば最低、とまではいかないが中々に気が重くなる。

 

「よ、ヨウキャ? インキャ?」


 しかし聞き慣れない、と言うより、聞いた事はあるが意味が分からない麗奈が、不思議そうな顔をした。


「その、陽キャは学校の中で目立つ生徒のことで、陰キャは学校の中で目立たない生徒のこと」

「は、はあ。それが陽キャと陰キャって言うんだ」

「そうそう、って、本気で知らなかったの!?」

「え、うん。聞いたことはあるけど……」


 どうやら、麗奈は本当に意味を知らなかったらしい。

 まあ、そんな所が愛おしい部分でもあり、麗奈が女子からも人気な理由でもあるのだが。


「それで言うと、私の幼なじみは陽キャ? の分類なのかも」

「げ……まじ……?」

「うん。よく女の子と話してたら名前出てくるし」

「え……。それはどういう感じで……?」

「すごーくモテてるなー、って感じ」

「うわぁ……」

「見た感じ、男の子にも友達多いと思う!」

「うーわぁ……」


 今の雄也には、嫉妬よりも、気の重さが先に来ている。

 中途半端な陽キャではなく、生粋の陽キャである事か確定したからだ。


「そっかぁ……。大丈夫かな、俺」

「大丈夫って? 何が?」

「あーいや、その、俺って陰キャだから……さ。嫌われたりしないかなって」

「はぁ……。もう、ほんとにばか」


 そう言うと、麗奈は雄也の前で立ち止まり、雄也の頬へ手を伸ばした。

 

「ごめ……っふぇ!?」


 唐突に、頬を「むぎゅ」と優しくつねられた事に驚く雄也。


「また自分をそうやって卑下するんだから。悪いお口は私が許しません!」

「……ふぁい、わひゃった、ごへんひゃはい」

「もう自分のこと卑下しない?」

「……ひまへん」

「約束だよ?」

「……ふぁい、わひゃりまひた」

「ん、じゃあ離してあげるから……『麗奈は可愛い』って言って」


 そう言うと、麗奈は雄也のほっぺたからおもむろに手を離した。


「ふぅ……って、そういう時は『俺は陰キャじゃないです』みたいな事を言わせるのが相場だと思うんだが……」

「んもう、いーの! はやく言って! じゃないともっかいむぎゅーってするよ!」


 正論を伝えてくる雄也に、麗奈は頬を赤らめながらそう返す。

 好きな男の子に可愛いって言われたい。ただそれだけの、可愛い、可愛いエゴだ。

 すると、余程「むぎゅー」が効いたのか、雄也は照れ臭そうに「……分かったよ」と返事をした。

 そして――


「……麗奈は可愛いよ、すごく」


 と、自分の恋心を抑えきれず、無意識に少しアレンジを加えて雄也はそう言った。

 ――勿論、その少しのアレンジが、麗奈には刺さりまくっていた。


「……『すごく』って。でも......あ、ありがとう、ございます」

「……なんでまたよそよそしいんだ。もっと嬉しそうにしてくれ」

「嬉しいです……じゃなくて、嬉しい! ちゃんと嬉しかった! ……から、次は『俺は陰キャじゃないです』って言って!」

「……結局それも言うんだな。って、え? 今のは何の為に!?」

「細かい事はいいの! またむぎゅーされたいの?」

「……はい、俺は陰キャじゃないです」

「ん、えらいね。よく出来ました!」


 そうして、麗奈は本当に満足そうな表情を顔に浮かべながら雄也の隣へと戻り、二人は歩き始めた。


「……で、何の話してたっけ。俺ら」 

「えーっと……あ、私の幼なじみに嫌われるかどうか心配してたの、雄也くん」

「あ、そうだそうだ。それで麗奈にほっぺた抓られたんだ」

「んもう、雄也くんの為なんだから。後は何か知りたいことある?」

「そうだな……あ、名前は?」


 意外にも、関係を構築していく上で一番大事なことを聞いていなかった。

 思い返せば麗奈自身も、「私の幼なじみ」としか言っていない。

 すると、問われた麗奈が「待ってました!」と言わんばかりの表情をした。


「名前は秘密!」

「……ん、え?」

「――ほら、仲良くなる為にはやっぱりお互いの名前を聞くことからでしょ?」


 微笑みながら、麗奈は言う。

 そのセリフには――聞き覚えがあった。


『――それは秘密よ。仲良くなってほしいから、その子が来たら自分で聞いて』


 母親だ。麗奈が家族になる前、母親も同じように言っていた。

 意識的にその言葉を覚えていたわけじゃない。

 が、何故か急に思考の中に浮き出てきた。

 ――母親が妹に、否、妹が母親に似たのだろう。

 雄也の心の中、何となくだが、家族としての実感が湧いた。


「――そうだな、そうしよっか」


 まるで母親が乗り移ったかのような、麗奈の説得力のある言葉に、雄也は首を縦に振る。

 そんな雄也を見て、麗奈は『大丈夫だよ』と言わんばかりに、優しく、ただ優しく微笑んだ。


 こうして、麗奈の幼なじみに会いに行く日は決定された。

 三人でご飯。きっと、雄也にとってはレベルが高いかもしれない。

 それでも、麗奈の兄として、家族として――麗奈を想う、男として。

 行くことに、決めたのだった。

 

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