第15話 麗奈には既に彼氏が......いる?


「ほんっと、今日も可愛いよなーマドンナは」

「それな? マジで可愛い」

「旦那さんになる男とかどんだけ幸せなんだよ。ハグとかし放題だろ?」

「だろうな。あの美貌に求められたら死ぬ自信あるぜ俺は」


 席で静かに本を読んでいる雄也の元へ、近くで話すクラスメイトのそんな会話が聞こえてくる。

 よりにもよって――ハグをした翌日である今日に。


「『ぎゅーして?』なんて言ってるところ想像してみろよ。まじでえぐい」

「……確かにやべえな。男一人殺せるだろ」


 そんな会話をするクラスメイトも、まさか傍で経験者が聞いているなんて思いもしないだろう。


「な、お前もそう思うよな?」

 

 すると、会話をしていた二人のクラスメイトが唐突に雄也へと問いかけた。


「え……いや、まあ」

「まあってなんだよ。お前もマドンナとハグとかしてみたいだろ?」


 急な問いかけに上手く返答出来ない雄也に、クラスメイトが笑いながら言葉を向ける。

 してみたいというか、したのだ。

 この手で、あの銀髪美少女を包み込んだのだ。

 と、少々マウント思考に陥りながらも、そんな事は言えないので再び返答に困っていると――


「――分かるわ。確かにしたいよな」


 横から、唯一の友達である涼太が登場した。


「うお!? って、お前に聞いてねーよ!」

「んなひどいこと言うなって。麗奈ちゃんに憧れてんのは俺も一緒だっつーの。んで、こいつもしたいと思うぞ」


 そう言いながら、急に現れた涼太が雄也の気持ちを代弁する。

 

「やっぱ男は全員してみたいもんだよなー」

「だろうな。……って、お前ら課題は終わってんの?」

「……あ、やべ。やってくるわ」

「……俺もやってねーわ。行ってきます」


 そうして、雄也に絡んでいた二人は、雄也の元を離れ自分の席へと向かった。

 陰キャ故に、対応に困っていた雄也からすればファインプレーだった。


「わるいな涼太。困ってたから助かるわ」

「別にいいよ」

「てか、さすがのコミュ力だな。見た目通りって感じの」

「褒めてんのかよそれ」


 他人と気兼ねなく会話を出来る涼太に、雄也は素直に尊敬の念を示す。


 無造作な黒髪の雄也に対し、涼太は爽やかな茶髪を持っている。

 顔もそこそこ良い方で、女子が寄ってきてもおかしくない見た目をしている。

 コミュ力も上記の通りで、雄也よりも圧倒的に高いのが鈴木涼太だ。

 まあ、陽キャか陰キャで分類しなければならないなら陰キャの部類に入るのだが。


「今日も可愛いか? あそこに座るヒロインは」


 そう雄也に問いながら、涼太は麗奈の方へと視線を送る。

 相変わらず、美しい雰囲気と姿勢で本を読んでおり、家では見せない真面目さを学校では見せていた。


「……おう」

「今日も美しいか? ヒロインは」

「……おう」

「今日も好きか? ヒロ……」

「その聞き方やめろ!? 好きだけど!」


 当たり前のように質問する涼太だが、答える身にもなってほしい。

 羞恥に死にかける雄也が被せ気味に怒ると、「わりわり」と涼太は苦笑した。

 ――そして、ここまでの会話で一つ、気になることがあった。


「てか……『マドンナ』って呼ばないよな。涼太も」


 ここまでの会話、涼太は麗奈のことを「マドンナ」と表現しなかった。

 ついこの間まではマドンナ呼びをしていたというのに。

 その事実も相まって、雄也は興味本位で問うた。


「あー……まあな。何か、お前が言ってた『言われ過ぎるのもしつこい』って言葉が、俺の中にも響いてるみたいなんだよな」

「ああ、そういえば言ったな、そんなこと」

「おう。だから俺も『マドンナ』って呼ぶのは止めることにした」


 意外すぎる理由が、涼太の口からこぼれた。

 そして気恥ずかしくなったのか、涼太は雄也の肩に勢い良く自分の手を回すと、


「しかもお前、麗奈ちゃんの事"大好き"だもんな!」

「……まあな。てか恥ずかしいから言うな!」


 照れながら、肩にかかる涼太の手を無理矢理離す雄也。

 とはいえ、紛れもない事実なので、拒否する事も出来なかった。否、したくなかった。 

 

「へへ、悪かったって。で――落とす気は起きたのか?」

「……落とす気?」

「なーにとぼけてんだよ。麗奈ちゃんを落とす気に決まってんだろ?」

「あ、ああ……」


 雄也の前に移動した涼太が、勢い良く雄也の机に手を置いて問うた。

 ――そして、雄也の答えは決まっている。


「――頑張りたいと思ってるよ。色々あって勇気が出てきたから」

「……おい、まじ?」

「まじだよ。まじ」


 予想外すぎる答えに、涼太は目を丸くした。

 雄也の瞳を見ても、その言葉と決意は嘘じゃない事が伝わってくる。

 伝わってくる、が――涼太はある理由があり、雄也へダメ元で聞いただけだったのだ。


「ま、まじだな。その目は……」

「おう……って、なんだよその感じ。応援してくれるんだろ?」

「そりゃ当たり前だろ。当たり前なんだけど……」

「はあ?」


 どこか怪訝な態度を浮かべ続ける涼太に、雄也は不思議な眼差しを向ける。

 そして、涼太は「答えが想定外すぎて言いづらいんだけどさ……」と前置きすると、その源泉を語り始めた。


「麗奈ちゃんって、学校来るのちょーはえーんだよ。まじで」

「お、おう」


 そんな事、兄である雄也が一番理解している。

 今日も今日とて、麗奈が起こしに来てくれたし、一階に降りようと思った時には麗奈は家を出ていた。

 まあ、そんな事は絶対に言えないが。


「で、俺も今日は朝練があって、家を早めに出た訳だ。7時くらいにな」

「あー、そうなんだな……」


「雄也くん、起きて」と起こしに来てくれた時、麗奈は既に制服だった。

 故に、麗奈も7時くらいに出ていたはず。

 何か関係があるのだろうか。

 ――すると、そんなことを考えている雄也の眼前、涼太の表情が一気に真剣なものに変わった。


「いいか、ここからちゃんと聞けよ……?」

「なんかこえーけど……聞くわ」


 お互いに、少し小さくなる声。

 キョロキョロと、周りに聞かれていないことを確認した涼太は、更に声を小さくして話し始めた。


「歩いてる途中な、前に超綺麗な銀髪の女の子がいたんだよ。まあ、勿論それは麗奈ちゃんだったんだけど」

「……おう、ってそれだけ?」


 登校が被り、遭遇する事なんてよくある事だ。

 何ら不思議じゃない。

 ――が、涼太の話はそこで終わらなかった。

 

「まあ落ち着け。それだけじゃないから」

「そ、そうか」

「麗奈ちゃんって男の子と話す所あんまり見ないだろ? 学校でもクラスでも」

「おう……」

「なのに、だ」

「なのに……?」


 刹那、雄也は何となく嫌な予感がした。


「――今日の朝、星麗の制服着てる男と一緒に歩いてた」


 ――雄也の嫌な予感は、軌道を逸らす事無く、思いっきり的中してしまった。


「……嘘、だろ?」

「……そんな反応になるよな。だから言いづらかったんだよ」

「……嘘か嘘じゃないかだけ教えてくれ」

「……嘘なんかつかねーって。そんなに性格悪くない」

「……まじか」


 一気に、心の中にモヤモヤが増した気がした。

 昨日ハグをした記憶が、鮮明に浮かんできてしまう。

 けど、鮮明になればなるほど――嫉妬の感情も増していく。


「……じゃあ、な。なんかごめんな」

 

 嫉妬に駆られる雄也の元、非情にも次の授業を告げるチャイムが鳴った。

 それを聞き、涼太は申し訳なさそうに自席へと戻った。


「おいおい……」


 一人取り残される席で雄也は無力な声を出す。

 少し前に座る麗奈は相変わらず綺麗な姿勢で、美しい銀髪を頭から垂らしている。

 ――その隣に、男がいるなんて、想像したくない。


「一緒に登校してる男、か……」


 前までは、ただ憧れているだけの存在だった。

 けど、今はこうして、家族になって、身近に存在しているのに。

 ――彼女にしたいって、決意したのに。

 その矢先、これだ。

 神様は、夢も見させてくれないのか。

 

 どんどんと悲観的になっていく雄也。

 ――そこへ、一筋の光が差し込む。


「……でも待てよ、彼氏とは言ってなかったよな」


 涼太の発言を聞いた限り、男としか言っておらず、彼氏とは言っていなかった。

 無論、涼太が関係を知らないだけという可能性が99%だが、それでも今は1%の希望が欲しい。

 

 ――そして雄也は、麗奈とハグをした時の理由、否、「妹だから出来るよね?」と挑発された時の事を思い出した。


「……そうだ、俺は兄だ。妹の恋愛事情を聞くくらい普通……だよな、いや普通だ。普通ってことにしよう」


 無駄な兄妹像を取っ払い、強制的に結論付ける。

 妹に彼氏が出来たら、悲しくなるのが兄というものだ。きっとそういうことでいい。


「――家に帰ったら聞き取り調査だ」

 

 ――兄の"立場を利用"して、妹の麗奈に尋問する事を決めたのだった。 

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