第9話 家族でお出かけ......だよね!?


 5月某日の土曜日。

 暑くもなく、寒くもない快適な気温の中、四人家族は車を走らせていた。

 運転手は祐介、助手席に座るのは真理子だ。

 麗奈と雄也は、後部座席に隣に並んで座っている。


 目的は、麗奈の部屋の模様替えをする為のお買い物。

 行き先は――まだ未定。


 何せ、雄也の母親は気まぐれ、というか突発的に動くことが多い。

 だから、今日の朝にいきなり「お買い物に行きましょう!」なんて行き先も決めないまま言い出して、こうなっている。

 まあ、祐介も嬉しそうだったし、そういう所に親近感を覚えたから再婚したのだろう。


「それにしてもいい天気だね。お出かけ日和だ」

「うふふ、そうですね。雲ひとつない快晴です」


 運転をしながら、祐介が微笑んで話しかけると、助手席にいる真理子も微笑んで返答する。


「そういえば、学校の子は麗奈達が兄妹なのは知ってるのかい?」


 すると、不意に祐介がそんなことを聞いてきた。


「いや、まだ知らないと思います」

「そうなんだね。雄也くんは言いたいとかあるの?」

「俺は……言いたくない、というよりバレたくないですね、はい」


 窓の外を眺めながら、雄也はそう返答した。


 本当は、嫌な訳じゃない。

 "バレたくない"と独占欲の塊みたいな言葉遣いをしている所に、その気持ちが出てしまっている。

 

「兄妹」と認められてしまった時点で「妹に片想いしてる」という行為が不埒になってしまう。

 そして何より、自分みたいな陰キャの妹だなんて知られたら、麗奈自身に迷惑がかかってしまうから。

 優しさと恋心の半々で「バレたくない」と答えた雄也に、それを知る由もない麗奈は「もう……」と、静かに不貞腐れていた。


「あはは、そうか。麗奈はどう?」

「……私は言いたいよ」

「……え?」


 聞こえる程度にボソッと呟く麗奈に、雄也は予想外すぎて目を丸くした。

 そんな雄也に気付いたのか、麗奈は「なに」と、若干頬を赤らめて可愛く睨んでいる。


 言葉の真意は、純粋に「兄妹」として認められたいからでは無い。

 その先の、「兄妹」だから気軽にイチャイチャ出来るという点を麗奈は見据えている。

 が、そんなことは口が裂けても言えないので、「バレたくない」という雄也に対して、静かに不貞腐れるしか無かったのだ。


「麗奈ちゃんは偉い子ね。でも、私もこんなに可愛い子が妹だったら言えないかも。独り占めしたいし」


 不意に、雄也の気持ちを代弁したかのように真理子が口を挟んだ。

 なぜに、母親というのは息子の気持ちが分かるのだろう。

 まあ、無意識というか偶然なのだろうが、あまりにもタイムリーすぎる。


「雄也くんもかっこいいよ。真理子さん」

「あら、祐介さんは褒め上手なこと。麗奈ちゃんも可愛いですよ」

「あはは」

「うふふ」

 

 眼前、二人の気持ちを代弁したかのような会話が展開されていた。

 それを聞く兄妹、否、両片想い同士は、窓の外をじーっと眺めている。


「……バレようよ」


 流れる景色を目に入れながら、麗奈は頬を赤らめてポツンと呟いた。


 ◇◇◇◇◇


 結局、祐介の気遣いで「生徒に会わないように」と、地元から遠めのショッピングモールへとやって来た七瀬家。


 駐車場に車を止め、そのまま店内へと進んだ。


「うわー! でっかー! 初めて来た!」


 店内に入った瞬間、麗奈の子供のような声が響き渡る。

 前で並んで歩いている真理子と祐介も、その声を聞き、こちらを振り向いて微笑んだ。


「初めて来たの? 七瀬は」

「うん! 免許とか無いし、近くのモールしか行ったこと無かった!」


 無邪気な笑顔で返答され、若干やられそうになる。

 が、この時点でそれはさすがにキリが無いので、顔に出さないように頑張った。


「雄也くんは来たことあるの?」

「俺も無いね。初めてだよ」

「そうなんだ! ……じゃあ、雄也くんの初めてもらったってことでいい?」

「それは俺もだと思うけど」

「……そうだった」


 歩きながら、そんな会話をする二人。

 自分から言ったくせに、麗奈は照れている。

 まあ、心の中では雄也も爆照れしているのだが。


「あ、麗奈ちゃん、良い所あったわよ〜!」


 前を歩く真理子が立ち止まり、指を差しているのは『雑貨店』。

 麗奈の部屋は、最低限の家具なら既に揃っているので、小物が多い雑貨店はぴったりの店だった。


「ん、行きたい! 雄也くんもいいよね?」

「お、おう。俺はどこでも大丈夫だ」


 銀髪を靡かせ、目を輝かせて聞いてくる麗奈に、断れる訳もなく肯定する。まあ、断る理由も無いのだが。

 すると、祐介が衝撃的な事を言い出した。


「――じゃあ、僕と真理子さんは適当に歩いてるから、二人で選んでて。仲良くなるがてら、ちょうどいいと思うから」

「……ええ!?」

「……ええ!?」


 祐介の衝撃的すぎる提案に、二人は声を揃えて驚愕した。

 周りの目線が若干こっちに向くも、それには気付かない程に驚いている。

 そんな二人を見て祐介は「はは」と笑うと、


「そんなに驚くかな? お金は連絡してくれたら送るから、QR決済でよろしくね」

「うふふ、既に仲良さそうな感じがするけど、お母さん達はもっともっと仲良くなってほしいから! ね、祐介さん」

「あはは、真理子さんの言う通りだよ。じゃ」


 そう言い残し、祐介と真理子は別の場所へと歩いて行く。

『家族でお出かけじゃないのかよ!』とは思ったが、これもこれで嬉しい二人は、引き止めたりはしなかった。


「……本当に行っちゃったね、パパたち」

「……だな。どういう状況だこれ」


 雑踏の中、あまりに急展開すぎる状況に、ポツンと呟く。

 そして、麗奈が可愛すぎる為か、立ち尽くす二人がおかしい為か、周りの視線を少し感じる。

 すると、それを感じ取った麗奈が、口を開いた。


「私たち、周りの人にどう見られてるのかな」

「さあね。でも、七瀬の方が目線を集めてるのは確かだろ。俺の方なんか誰も見てない」


 まあ、当たり前ではある。

 銀髪で、綺麗な瞳で、端正なスタイルを持つ美少女がそこに居るのだから。

 雄也も雄也で、顔が悪い訳では無いし、寧ろ良い方に分類される顔立ちだ。

 が、隣に立つ麗奈が異次元すぎるので、並べば劣るのも確かだった。


「……なにそれ。遠回しに私のこと『可愛い』って言ってるの?」


 その言葉を聞くと、麗奈は恥ずかしそうに反応した。

 無理矢理「可愛い」に繋げる所が、何とも可愛らしい、というか恋する乙女感が否めない。


「……そうだとしたら?」


 そんな麗奈の質問に、雄也も質問で返す。

 図星を突かれ、咄嗟に強がろうとしたのに、本心が前に出てしまった。


「……そ、そうだとしたら?」


 言われた麗奈も、あまりの驚きにつぶらな瞳を更に丸くして、リピートする。

 望んでいた返答ではなかったが、逆に『キュン』と心が言っているらしい。


「……あ、うそうそうそ! 何でもない!!」

「やだ、もう聞いちゃったし」

「聞かなかった事には出来ませんかね……」

「出来ない! ……したくない」

「ええ……」

「で! どういうつもりなんですか、『そうだとしたら』って!」

 

 自分が何を言ったかを思い出し、焦る雄也に対して、麗奈は嬉しそうに反論した。

 すると、天性の才能なのか、雄也はまたも麗奈を困らせるような事を言い出した。


「ま、まあ、兄妹ってよりも、別の見方で見られてたらいいなって……」


 さすがに「彼女」とは言えないので、最大限匂わせるように雄也は伝える。

 一応、片想いがバレないように「いや友達としてね!?」と言えるような逃げ道付きだ。

 が、麗奈には思いっきり刺さっていた。

 ――なぜなら、麗奈自身も「彼氏とデートに来ている彼女」と、雄也よりも少し具体的な内容で勘違いされたいからで。

 ポッと、自分の頬が熱くなっていくのを、麗奈は感じた。


「……ふん。答えになってないし! ほら行くよ!」

「ごめ……っておお!?」


「キュンキュン」と悲鳴を上げる心を誤魔化すように、麗奈は雄也の手首を無理矢理掴んで雑貨店へと歩き出す。

「もうっ」と、恥ずかしそうに自分の頬を赤らめ、しかし「もっとカップルに見えるかな?」なんて、策士的な事を思いながら。


 完全に前を向き、雄也の顔が見えなくなったのを確認してから、麗奈は微笑んだ。

そしてそのまま、雑貨店へと二人で足を進めた。


――――――――


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