第10話 擬似的デートは終わらせない!
手首を掴まれされるがままの雄也と、頬を嬉しそうに赤らめそれがバレないように歩く麗奈の二人は、雑貨店へと出向いていた。
家族でお出かけに来たはずなのに、何故か二人きりの雑貨店巡りになっている。
――つまり、擬似的デートだ。
「手首掴んじゃってごめんね、雄也くん」
「……いいよ。引きちぎれるかと思った」
「絶対言いすぎだしばーか」
雑貨店に入ると、麗奈の第一声は申し訳無さそうな謝罪だった。
全く嫌じゃないし、むしろ嬉しかった雄也は、からかい気味にその謝罪を受け入れると、麗奈は頬を膨らませて可愛く怒る。
「ごめんごめん。で、七瀬はどんな部屋にしたいんだ?」
「可愛いなー」なんて思いながら、反省ゼロの謝罪を口にする雄也。
雑貨店に来た目的は、麗奈の部屋の模様替えだ。
まあ、謝罪と共に質問した理由は"個人的に気になるから"なのだが、流れ的にそう聞いても悟られないだろう。
麗奈のお部屋事情を知るには、何とも都合のいい時間である。
「んー、どうしようかな……」
問われた麗奈は、指を顎に添えて考える素振りをした。
「七瀬はこだわりとかあるの?」
「こだわりかー。特には無いんだよね」
「へえ。なんか珍しい気がする」
「そう? あ。じゃあさ、雄也くんから見た"可愛い女の子"の部屋のイメージって?」
正直、麗奈もこだわりが無いわけではない。
好きな雰囲気や好きな色味などは勿論あるのだが、それよりも大事なことがあるのだ。
「うーん、あんま湧かないけど、その子らしい部屋だったらいいな。……って、答えになってるのかこれは」
多分、答えになっていない。多分というか普通にだ。
「なってるなってる!!! じゃあ、私らしい部屋ってどんな?」
「なんか勢いがすごくない……?」
「はやく答えて! はやくはやく!」
目を輝かせて詰めてくる麗奈に、若干気圧される雄也。
が、ふわっと香ってくる良い香りに、すぐに頭の中はお花畑になった。
「七瀬かあ……うーん、えーっと……」
答えに悩む雄也。
とはいえ、それは"イメージの内容"についてでは無い。
この質問、この場面。
どれだけバレずに自分の気持ちを匂わせられるか、という所に悩んでいる。
雄也が悩む間も、麗奈は「なになに?」と、目を輝かせて雄也を見つめていた。
「……やっぱり、無邪気さと笑顔の可愛さが"七瀬らしさ"だと思うから、笑ってる人形とかどう?」
『笑ってる人形』は、あまりにもセンスが無い気がする。
そして何より、気持ちが前に出すぎて具体的になっていることに、雄也は気付いていなかった。
言われた麗奈は、勿論心の中で爆照れしている。
"無邪気さ"という言葉もそうなのだが、何より"笑顔が可愛い"という、割と具体的なイメージが嬉しすぎたようだった。
とはいえ、バレてはいけないので、強がって返すことに。
「な、なるほど。笑顔が可愛いなんて初めて言われたかも……」
「おう……って、やばいこと言ってないか俺!?」
麗奈にリピートされた事で、雄也は初めて自分が攻めすぎた事を言っていたことに気付く。
今回ばかりは、ちゃんと答えになっているので、逃げ道は無かった。
「やばいことじゃないし、全然嬉しいよ私」
「そ、そうか。それならよかった……」
「キモっ!」と心の中で叫ばれたか心配になったが、麗奈の言葉を聞く限りそれは無さそうだ。
言われた麗奈は「やっぱり他の男の子とは違う」なんて思いながら、雄也の言葉を受け入れる。
「じゃあ芳香剤とか置いちゃおうかなー」
「いいと思うよ。俺と違って七瀬が選ぶ物なら全部センス良さそうだし」
「もー、そうやって自分のことは下げるんだから。一緒に選ぼ?」
露骨にテンションが上がった麗奈は、説教混じりの誘いをした。
銀髪美少女から向けられる綺麗すぎる瞳と微笑みに、雄也も照れながら「いいよ」と答えると、二人は『フレグランスコーナー』へと向かった。
「これ、めっちゃいい匂いする」
ディフューザーのテスターを嗅ぎ、麗奈はポツンと呟く。
なんというか、嗅いでいる途中の横顔も素晴らしい程に可愛い。
そんな視線を感じ取ったのか、麗奈は雄也の方へと向いた。
「……そんなジロジロ見ないで。恥ずかしい」
「……あ、ごめん」
「ね、雄也くんも嗅いでみて、これ」
思わず見惚れていた雄也へ言葉を向けると、テスターの方へと手招く。
「ん、どれどれ……本当だ、ちょーいい匂いする」
「え、やっぱりそうだよね!? すごい好きな匂いっていうか」
主な分類は柑橘系で、鼻腔を心地よく掠める匂いだった。
薄すぎず、しつこすぎずと言うか、本当に丁度良い感じの香りを放っている。
「へえ。こういう系の匂いが好きなの?」
雄也がそう質問すると、麗奈はなぜかキョドっていた。
特に何の思惑も無かった雄也は「え?」と不思議そうな顔をしている。
「……好き」
ポツンと、麗奈が答えを口にした。
動揺していた理由、それは単純に「好き」という言葉が恥ずかしかったからだ。
そして、質問した側の雄也は、何故か自分に言われていると思い込み、少し照れていた。
とはいえ、雄也のせいで麗奈は恥ずかしさを感じているのも事実なのだが。
「……雄也くんは! 好きな匂いとかあるの?」
負けてられない麗奈は、雄也にそう質問した。
が、質問の内容的に「好き」とは返って来ない気がする。
「お、おれ? えーっと……爽やか系とか?」
「爽やか系がなに? どういうこと?」
「好みの香りっていうか、うん」
「じゃなくて!! もっとほら、柔らかい感じでさ!」
何としてでも「好き」という言葉を言わせたい麗奈は、語気を強くしながら雄也へと詰め寄る。
雄也の鼻腔には、テスターの数倍の良い香りが巡った。
「や、柔らかい感じ?」
「そうそう。子供に伝える感じでさ?」
「ちゅきでちゅよー、的な?」
「それは赤ちゃんじゃん!!」
思った通りに答えてくれない雄也に、麗奈は頬を紅潮させて可愛く怒る。
そして、視線を逸らすと、今度は分かりやすい例えを披露。
「……その、私が言ったみたいに言ってよ」
ここまで言えば、さすがに雄也も理解する。
理解するというか、自分がされて嬉しかったので本能的に覚えている。
「爽やか系が……好き」
「……まあいい! 合格!」
「ええ……?」
無駄な前文を付けられたことが若干不服だが、言及しすぎると"好きバレ"してしまうのでここまでにしておく。
麗奈の心の中には「好きだけでいいのに……」と、強欲さが顔を覗かせていた。
そうして、柑橘系の香りがするディフューザーをカゴに入れると、二人はその後も店内を歩き回り、可愛い置物や小さなインテリアなどをカゴに追加した。
無論、二人で決めた為に意見交換などが起き、すんなりはいかなかったものの、それも良い経験だろう。
目当ての商品は買い終わり、後は連絡して送金してもらうだけになった。
三周ほど店内を周り、ほぼ見落としは無いと言ったところだ。
「結構入ってるな、大丈夫かな」
「まあ、パパ優しいし甘えちゃおーよ」
「ん、そうだな。お父さんなら買ってくれるか」
レジ付近で、麗奈と雄也はそんな会話をしていた。
小物類が多いので、カゴ自体は
バイトをする二人にとっては、中々の支出になる程の金額ではあるので、素直に親に甘えるのがいいだろう。
「なんか雄也くんが『お父さん』って言うの、やっぱり新鮮だね」
「そう? ……ってまあ、そりゃそうか」
「うんうん、私も一人っ子だったし。他の人が『お父さん』って呼んでるの初めてだからさ」
「確かにな。言われてみれば七瀬が『お母さん』って言ってるのも意外だな」
お互いに一人っ子だったので、自分以外に親の名前を呼ぶ存在がいるのが初めてだった。
「――七瀬は嬉しい?」
「え?」
不意に雄也がそんなことを聞くと、七瀬は真意が分からずポカンとする。
「な、なんでそんなこと聞くの?」
「いや……俺が居るから生活ペースが崩れたりしてないかなって」
「生活ペース?」
「うん。……何せ、俺って目立たない人間だし。学校でも変に気遣わせてないかなって思っちゃって」
兄妹と一人っ子で、どちらが正解かなどは存在しない。
「一人っ子の方がいい」と言う人もいれば、「兄妹がいい」と言う人もいるだろう。
ただ、雄也は麗奈が好きだからこそ、変に気負わせたくなかった。
片想い中とはいえ、何も知らない雄也からすればそれは一方的な想いだ。
だからこそ、「自分みたいな陰キャが」と、突発的に不安になってしまうことがあった。
「……」
唐突な質問に、麗奈は答えられずに固まる。
嫌な訳が無い。否、雄也だから嫌じゃない。
そうやって、簡単に答えられたら楽なのに。
そうして、返答に困っていると雄也が申し訳無さそうな顔をした。
「……ごめん、答えにくい質問だったよな。……お父さんに連絡するわ」
若干気まずくなってしまった空気を切り裂くように、雄也は苦笑して麗奈に視線を向けた。
そして、会計を済ませるべく、祐介に連絡しようとスマホを持った時だった。
「――ま、待って雄也くん」
画面を見かけた所で、麗奈からの言葉に動作が止まる。
「ん?」と視線を向けると、そこには笑顔の銀髪美少女がいた。
「――もうちょっと一緒に見て回ろ? 欲しい物は選んだけど、まだあるかもしれないし」
「……でも、もう三周くらいしなかった?」
「えへへ、いいの。私はまだまだ足りない」
「足りない、か」
「うん、足りないよ。――私、お兄ちゃんともっと仲良くなりたいから」
若干頬を赤らめ、しかし可愛すぎる笑顔を顔に浮かべて、麗奈は、不安そうにする雄也に言葉を向ける。
珍しい「お兄ちゃん」呼びに、雄也の頬もポッと赤くなった。
――そして何より、心のどこかで安心した。
「そう……か。なら行こう」
それを悟られないよう、麗奈から視線を逸らして呟く。
そして麗奈も、頬を赤らめながらおもむろに雄也の隣へと並んだ。
――私、雄也くんの妹で嬉しいよ。すごーく嬉しいし、大好き。
口には決して出せない言葉を、麗奈は心の中で呟く。
雄也が褒めてくれた無邪気さと、笑顔の可愛さを無意識に顔に出していた。
――――
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