第6話 俺の妹だ


 小刻みに膝は震え、指先もブルブルとしている。

 チャラ男を前に、見るからにビビり、怯えている雄也だが、それ以上に"麗奈の兄"としての矜恃があった。

 

「――俺の妹だ」


 震える声で、チャラ男達へと言い放った。

 頼りない背中、情けない声色、女々しい雰囲気。

 その全てが、兄としては不十分すぎている。

 勿論、助けた理由は"一人の女の子"としてだからだ。

 麗奈の顔は、チャラ男達には決して見せなかった微笑みが浮かんだ。


「……んだよ、行こうぜ」

「だな。これは想定外だわ」


 すると、雄也の震える声を聞いたチャラ男達は、意外にもあっさりその場を去った。


「……ありがと」


 チャラ男が去るとすぐ、天使のような声色が、雄也の元へと降り注ぐ。

 襲われていた恐怖も、その銀髪と美貌を前にすれば、すぐに消え去った。

 が、足はまだ少し震えていて。


「……ま、まあ。お兄ちゃんだし」


 足の震えがバレないよう、何とか強がる。

 本当の理由が"好きだから助けた"なんて、口が裂けても言えない。

 そして陰キャには、レベルが高すぎたイベントだった。

 まあ、兄としての責務は果たせただろう。


「その震えてる足で言われてもね」


 イタズラな笑顔を浮かべながら、麗奈は雄也の足を見ている。

 兄の強がりは、あっさりバレていたらしい。

 さすがは妹だ。

 

「……仕方ないだろ。さすがに怖かった」

「えー、お兄ちゃんはもっと勇敢な男の子のはずなんだけどなー」

「……それはそうだな」


 なぜだろうか、チャラ男を見た後に麗奈を見ると、より一層可愛く感じてしまう。

「守れて良かった」と思えてしまう。

 妹目線なのか、恋人目線なのか、今はよく分からない。

 けど、とにかく守れて良かったと、心から思う。


「――ね、一緒に帰ろ」


 安心に浸っていると、嬉しすぎるお誘いが飛んでくる。

 まあ、家はもうすぐそこなのだが。

 とはいえ、麗奈の微笑みに勝てるわけもない雄也は、特に拒否はしなかった。


「……おう。またナンパされたら困るし」

「もう、ただ怖いだけでしょそれは」


 そんな会話を挟みつつ、二人は横並びで歩き始めた。

 

「んなことない。てか、七瀬さんは怖くなかったのか?」

「いや……うん、まあ。慣れてるから」

「さすがだな……」


 ナンパに慣れてるとか、人生で一度は言ってみたいセリフの一つだ。

 あいにく、その機会はやってこなそうだが。


「俺が来てなかったらどうしてたの……?」

「んー、時間が解決するまで待ってたかなー。マドンナとか言われるのは嫌だけど、その内いなくなってくれるだろうし」


 相変わらず、マドンナと呼ばれる事に嫌悪感を抱いている麗奈だが、雄也には理由が分からない。

 

「嫌……なのか。ちなみになん……」

「ね、それより私たち兄妹なんだしさ、もっと軽い感じで呼び合おうよ」


 雄也の言葉を遮った麗奈は、上機嫌そうに雄也の一歩前に出てそう言った。

 慣れというのは不思議なもので、昨日まであんなに冷たくしていた麗奈も、すっかり柔らかい雰囲気になっていた。

 まあ、「ナンパから助けてくれた」ことが大きいので、今だけなのかもしれないが。


「……そうだな。って、呼び方はどうしたら?」

「お姉ちゃん、って呼んでくれてもいいよ?」

「却下」

「……むかつく。まあ、呼びやすいように呼んで。でも『七瀬さん』は禁止!」


 確かに、苗字にさん付けは、流石に他人行儀だ。

 とはいえ「麗奈」や「麗奈ちゃん」と呼ぶのもレベルが高すぎる。

 となれば、ここは無難に――

 

「……七瀬でいい?」

「結局苗字だけど……まあ七瀬さんよりかは嬉しいかも」

「そ、そうか。じゃあ七瀬って呼ぶ」

「うん、わかった!」

「七瀬は? お兄ちゃんって呼びたいんだっけ?」

「はあ? 呼びたくないし。ばか」


「ふん」とそっぽを向く麗奈に、雄也の心は再び撃ち抜かれる。可愛すぎるのだ。

 普段、男の子に対して、あんなにクールな素振りを見せている割に、「ばか」とか言ってくるのも意外だ。

 

「……ごめんごめん。で、本当は?」

「うーん……雄也くんがいい」

「……え、ええ?」

「ん、何か嫌だ?」


 嫌じゃない、嫌なわけがない。

 雄也くんなんて、女の子に呼ばれたことが無いから驚いたのだ。

 しかも初めての「雄也くん」呼びが、学年一のマドンナであること相まって。


「ぜ、全然嫌じゃないよ。むしろ嬉しいというか……」

「嬉しい……?」

「あ、いやいや、その妹としてね?」

「ふーん。ならいいけど」


 無意識に好きバレしそうになるも、何とか誤魔化す。

 すっかり、麗奈も自分を妹として認めているのか、特に何も言われなかった。


 そのまま、二人は他愛も無い話をしながら、同じ家へと歩いた。

 兄としての責務は、しっかり果たせただろう。


 ◇◇◇◇◇


 七瀬麗奈も、元々は一人っ子だった。

 だから、兄が出来るのは初めてだったし、とても新鮮だった。

 ――でも、そこまで楽しみでは無かった。

 "一人でいたいから"や、"面倒くさいから"など、そういう薄っぺらな理由では無い。

 とにかく、楽しみでは無かったし、むしろ嫌だった方かもしれない――なのに。


「……なんなの、この気持ち」


 自室、部屋着に着替えた麗奈は、ベッドに座りながら、自分の心の動揺を口にする。

 雄也はお風呂に入っている為、隣の部屋にはいない。

 

 なんだかそれが――少しだけ寂しく感じていた。


「今日、ナンパを助けてくれたから」。その理由も少しはあるだろう。

 けど、それは妹としての気持ちだ。

 今の麗奈は――女の子として、雄也がいないことを寂しく感じている。

 なぜなのかは、自分でも分からない。

 けど、妹ではなく、女の子として寂しく感じていることだけは、明確に分かった。


 感じたことの無い気持ちを感じている。

 お風呂に入る雄也が、出てくることを待っている。

 ――雄也に、会いたくなっている。


「……ああもう、なんで!?」


 気付けば、自分の頬が紅潮して熱くなっていた。

 おかしい、明らかにおかしい。

 兄として当たり前のことをされただけなのに。

 たったそれだけのことなのに、何故にここまで揺れ動いているのか。


 その想いは――マドンナと呼ばれることに対しての嫌悪感と、全く真逆の安心感であることに、麗奈はまだ気付かなかった。


「――なんで助けてくれたんだろ」


 ふと、そんなことを口にする。

 兄だから。きっと、それも一つの理由だと思う。

 ただ、それが全てなのだろうか。

 明らかに足を震わせ、声も震わせ、分かりやすい程に怖がっていたのに、「兄だから」という理由だけで助けてくれるのだろうか。

 ――断じて、違う気がする。

 

 だから、そのモヤモヤした答えを、雄也に聞きたい。


 すると、1階から「出たよー」と、兄の声が聞こえてきた。

 どうやら、お風呂が終わったらしい。

 程なくして、1階から階段を上がってくる音が聞こえる。


「……」


 ドアの前に立ちながら、タイミングを合わせる。

 上がってきた所を、バッタリ対面してしまった風に出来るように。

 そして、ドアを開けた。


「……あ」

「……おぉ!?」


 眼前、唐突にドアが開いた雄也は驚いた。

 肩にかけてあるバスタオルは床に落ち、腰が抜けたように雄也自身も地面に倒れている。

 完全にタイミングを間違えた。


「あ、ごめんね、雄也くん」

「……あぶねー。怖かった」


 こうして鈍臭い兄を見ると、やっぱりあの事が気になる。

 やっぱり、タイミングは合っていたのかもしれない。


「――ねえ、私の部屋に来てくれない?」


 地面に倒れたままの雄也に、麗奈は声をかける。

 今は、妹ではなく――女の子として。


「……なんか怖いな、まあいいけど」

 

 そうして二人は、麗奈の部屋へと入った。


 ――雄也の想い、そしてその優しさに、自分の世界が180度変わることを、麗奈はまだ知らなかった。

 否、強制的に知らされることになることを、知る由もなかった。


――――――――


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