第4話 妹に恋をするのはダメですか?


 生粋の陰キャ・桜木雄也は今、絶対に経験することの無いはずだった「女の子の部屋」にいる。

 理由は簡単、自宅の一室が今日から「女の子の部屋」になったからだ。

 そしてその女の子とは――学年一のマドンナ・七瀬麗奈である。

 

「えっと……クラスメイトの桜木くんだよね?」

「お、おう。そうだよ。桜木雄也」


 空き部屋、否、"麗奈の部屋"で、雄也はガチガチに立ち尽くし、麗奈は気楽に座りながら会話をしている。

 どっちの家だよ、と言いたくなるが、今はどちらにとっても自宅なのでそれは野暮だ。


「……なんで立ってるの? ここ家だよ?」

「あ、いや、慣れないからだな……」

「そう。まあ、そうだよね。最初だし」

「というか七瀬さんは普通なのか……?」

「私も慣れないけど、さすがに立ち尽くす程じゃないかな」

「そ、そうか……」


 少し冷たい物言いに、雄也の心も削られる。

 まあ、いきなり関係の無い人とプライベートを共にするのだから、当たり前ではあるのだが。


 雄也が立ち尽くしている理由は、「片想い中」の恋人が目の前にいるからだ。陰キャにとって一番緊張する状況に対面している。

 麗奈自身に恋人が居るのかは不明だが、居たとしても確実に雄也では無いので、麗奈は純粋に"慣れない"という意味だろう。


「確認したいことって?」


 少しの沈黙が起きた後、雄也は自分から話しかけた。

 人生で一番勇気を有したかもしれない。


「あー……何だっけ。思い出すから待ってね」


 サラサラの銀髪を触りながら、無表情で言い放つ麗奈。

 廊下でばったり会った時は微笑んでくれたのに、今は一度も微笑まない。

 陰キャからすれば、変な被害妄想をしてしまうのでなるべく愛想良く振舞って欲しいものの、言える訳も無いので心の中で留めておいた。


 すると、探していた言葉を見つけ出した麗奈が、口を開いた。


「――私と桜木くんって、どっちが上なの?」

「……う、うえ?」

「うん。お姉ちゃんとかお兄ちゃんとかあるでしょ? だからどっちが上なんだろーって」


 意外にも、雄也と思考は同じだったらしく、麗奈もその部分が気になっていた。


「えーっと……」

「私がお姉ちゃんでいい?」


 考えている素振りをする雄也を、無理矢理言葉で制する麗奈。

 とはいえ、それはちょっと待て、だ。

 雄也も陰キャとはいえ、プライドはある。

 初めての姉か妹なので、そこの関係ははっきりさせておきたい。

 楽しみだったのだから。


「……いや、それはちゃんと確認したい」


 眼前、存在感が強すぎるマドンナを前にして、否定の意見をぶつけた。

 ボコボコにされたらどうしよう、と、無駄な事を思うのは仕方ないとしよう。

 すると麗奈は、そんな雄也に驚きつつも意外とあっさり「分かった」と呟いた。


「桜木くん、誕生日は?」

「えーっと……10月だ」


 雄也がそう言うと、麗奈は少しだけ悔しそうな顔をした。


「七瀬さんは?」

「……私は12月。桜木くんより遅いね」


 麗奈の誕生日は12月らしい。

 それはすなわち――


「じゃあ、俺がお兄ちゃんってことでいいよね?」

「やだ」

「やだ!?」


 即答する麗奈に、雄也は思わず声を上げる。


「やだって言われても……」

「やだ!」


 麗奈は銀髪を靡かせながら、「ふん」とそっぽを向いている。

 "わがまま"が逆に妹感があり、自爆しているのは気付いていない。


「でも、俺の方が誕生日早いじゃん」

「それは分かってる。けど、誕生日は関係ないってよく言わない?」

「言わないだろ……。てか、最初に誕生日聞いてきたのは七瀬さんだと思うけど……」


 全くその通りである。

 姉と兄のプライドを賭け、二人の視線は交錯する。

「やっぱり可愛いな」なんて思いつつも、今はそれどころでは無いのですぐにシフトチェンジ。

 プライドとは不思議なもので、陰キャである本性を忘れ、普通に会話が出来ていた。


「ふん、まあいいし。受け入れてあげるよ」

「なんだそれ」


 なぜか不貞腐れている麗奈だが、受け入れてくれたならいいだろう。

 意外とすんなり受け入れてくれるとは思っていなかったが。


「あ、確認したいことはそれだけだから」

「そうか」

「うん。もう出てって大丈夫」

「相変わらず冷たいな……」


 再び心に傷を負いかけたが、普通に話せるようになっている自分に気付いたので相殺された。

 その後は特に話さず、すぐに麗奈の部屋を後にした。


 自分の部屋に戻った雄也は、疲れた様子でベッドの上に座り込んだ。


「この隣に七瀬さんがいるんだよな……」


 壁を背もたれ代わりに寄りかかりながら、嬉しさと驚きの半々の感情を呟く。

 その壁の向こう側には、学年一のマドンナと称される女の子がいる。

 しかもそれは、瞬間的な事ではなく、家族として過ごすという永劫的な事。


「しかも……俺の妹だよな……」


 重大な事実は、もう一つ。

 初めての妹が、学年一のマドンナと呼ばれているクラスメイトであること。

 受け入れ難い事実だが、正真正銘その通りだ。


「……これ、壁とか叩いたら反応すんのかな」


 雄也が持つ妹のイメージ像の中に『イタズラに反応する』というのがある。

「初めての妹だしいいよな」と思い込み、実行してみることにした。


 ――コンコン


 二回、バイト面接のようにノックする。

 すると――


 ――コン


 と、一回だけ、向こうから返事が返ってきた。


「……可愛いな」


 あんなに冷徹で、冷めた態度を取っていたのに、こうしてイタズラには反応してくれる。

 普段、学校で見る麗奈は完璧でしっかり者のイメージがあったので、更に愛おしくなった。

 調子に乗った雄也は、もう一度実行してみる事にした。


 ――コンコン


 再び壁を叩くと、今度は反応が無い。


「さすがに怒ったか……?」


 すると、そう呟いた数秒後だった。


「――もう、何?」


 ノックもせずドアを開け、怒ったような表情で雄也を見る麗奈が前にいた。

 雄也と同じ制服を身につけ、美しい瞳を細めている麗奈が。


「あ、ごめん。少しイタズラを」

「はあ……。子供なの?」

「ごめんってば」

「もうやめてよね」


 そう言うと、返事も聞かず麗奈は出ていった。

 

『怒らせてしまった』と少し反省すると共に、『怒った顔も可愛いなー』なんて思う。

 やっぱり、家族になろうが、妹になろうが、そういう目線で見てしまうのは仕方がないことだ。そもそも片想い中だし。

 まあとりあえず、調子に乗りすぎるのはやめておこう。

 そんなことを考えていると――


 ――コンコン


 壁から、ノックする音が鳴った。

 今度は、雄也が鳴らした訳では無い。

 隣の部屋、つまり麗奈の部屋からその音は鳴った。


「……」


 あえて返事をせず、待つことにした雄也は、じっと音の鳴る壁を見つめている。

 というか、怒られる気がするので返さないだけだが。


 ――コンコン


 数秒後再びその音が鳴る。

 無論、雄也が鳴らしている訳では無いし、隣から鳴っているのも、聞き間違いでは無かった。


「……」


 静観を貫く雄也は、若干頬を赤らめながらその壁を見る。

 正直、"妹との戯れ"というよりも、"好きな人とのイチャイチャ"としか考えられない。

 

 すると――照れる雄也の部屋、再びノックもせずにドアが開いた。


「ねえ、無視しないでくれる!?」


 制服に身を包む銀髪の美少女が、再び怒ったような表情で入ってくる。

 が、今回の怒りは「やめてほしい」という種類ではなく、「反応してくれなかった」ことに対する怒りだった。

 可愛すぎるので、少しからかってみることに。


「だって怒ってたからさ。反応しない方がいいかなって」

「まあ、それはそうだけど……。仲良くなるがてらいいじゃん。今度は私からやったんだし」

「なんだよそれ。わがままだな」

「はあ!? もういい!」


 麗奈は頬を膨らませながら怒ると、再び返事も聞かずに、良い香りだけを残して出ていった。


「……マジか」

 

 初めての兄妹喧嘩、というのは大袈裟か。

 が、そんな感じのことを、当たり前のようにしている自分にも驚く。

 あれだけ学校では緊張して、ただ憧れて、見惚れる事しか出来なかった存在だったのに、と。

 

 恋心が、終わりを知らないまま膨張し続ける。 

 陰キャでも、恋愛くらいさせてほしい。

 彼女くらい、作らせて欲しい。

 夢くらい、見させてほしい。


 そう考えると、雄也の中に一つの思考が巡った。


 ――学校だったから恥ずかしかったんだ。


 と。

 自宅は学校と違い、周りの目など気にならない。

 学校では「こんな陰キャがマドンナを狙うこと自体失礼だよな。だから憧れるだけでいいや」と、周りの目を気にしまくっていた。

 が、今の壁のくだりだって、誰にも文句は言われないし、そもそも誰も見ていないのだ。

 つまりそれは、雄也にも「アピール許可証」が与えられたことを意味していて――。


「これ、頑張るべきか……?」


 と、一つの答えを呟いた。

 家族でもあるし、妹だ。

 が、マドンナでもあるし、片想い中の女の子でもある。

 この際、優先すべきは後者だ。強制的にそういうことにする。

 妹に恋をするのは不埒だ、ダメだ、なんて言われても構わない。

 だって、片想いしてた人なんだから。唐突に「嫌いになれ」なんて言われても不可能だ。

 同じ家に居るならば、他人よりも絶対にチャンスはあるし、時間だってある。

 麗奈が「兄だから」という視点を持ってしまった時点で終わりだが、そんなことを気にしていては進めない。


「――七瀬さんと、付き合いたい」


 はっきりとした想いを、雄也は口にした。

 

 そしてもう一つ、心の中で叫びたいことがある。

 口に出して叫んだら、確実に終わることなので心の中だ。

 それは――


 ――俺の妹がこんなに可愛くてたまるかあぁぁあ!!


 と。

 最初で最後の妹にして、最強で最高の、人類で一番可愛い妹が出来た嬉しさを、心の中で叫びまくった。


――――――――


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