第3話 初めての会話はまさかの自宅だった件


「娘の七瀬麗奈です。よろしくお願いします」


 夕日に照らされる銀髪を靡かせながら、学年一のマドンナは挨拶をする。

 場所は、雄也宅の前で。


「可愛い娘ね〜。今日から新しい母親になる、桜木真理子って言います。よろしくね」


 新しい母親。つまり、新しい家族ということだ。

 逆に、母親の再婚相手として、雄也の継父として、七瀬祐介がやってきた。

 その娘――七瀬麗奈も、もちろん一緒に。

 衝撃的すぎる展開に、雄也は開いた口が塞がらない。


「ほら、雄也も挨拶しなさい」


 驚愕に襲われる雄也などお構い無しに、母親は雄也を前に出す。

 一歩前に進み、改めて"七瀬麗奈"の顔、そして体を見てみると、間違いなくそこには学年一のマドンナがいた。


「えと……む、息子の、桜木雄也と言います。よ、よろしくお願いします」


 陰キャだから、言葉が出てこない訳では無い。

 前にある姿形、そして人物が衝撃的過ぎる為だ。

 むしろ、そう考えたら言葉が出てきている方でもある。


「雄也くんか。よろしくね」

「は、はい」

「ちょっと、緊張しすぎじゃない?」


 ガチガチになっている雄也に、真理子の言葉がかかる。

 (当たり前だろ……!?)

 憧れの人、否、片想い中の女の子が目の前に、そして新しい家族になるなど、どんなアニメだ。

 緊張しない訳が無い。


「ご、ごめん」


 とはいえ、そんなことを両親に言える訳も無いので、雄也は適当に謝った。

 

 七瀬家はどちらも、見るからに重そうな荷物を持っていた。


「あ、祐介さん持ちますよ。雄也は麗奈ちゃんの荷物持ってあげて」

「う、うん。わかった」


 出来るなら、緊張しすぎているので分かりたくない。

 こうなるから、密かに憧れているだけの存在で良かったのに。

 挨拶を終えてから、一言も発していない麗奈も、「重いから早くもって」と言わんばかりにこちらを見ている。

 まあ実際はそんなこと思っていないのだろうが、緊張からそう感じるのだ。

 とはいえ、雄也も優しいので、放っておける訳が無かった。


「も、持つよ!」


 出来るだけ顔は見ず、返事も聞かないまま麗奈の荷物を受け取った。

 うっかり見てしまえば、絶対にソワソワしてしまうからだ。陰キャの性である。

 正直、今は返事などどうでもいい。

 とにかく、このありえない状況を耐えることしか頭に無かった。


 ◇◇◇◇◇


 雄也の家は、亡き父親が奮闘してくれたこともあり、比較的大きめな家だった。

 その為、部屋もその分沢山あり、雄也と真理子の、二人で生活するには多すぎる程だった。

 しかも、一括で購入している為、金利負担なども考えなくていいのだ。

 それも相まって、七瀬家ではなく桜木家で同居することになった。


「ふぅ……とりあえず荷物は大丈夫かな。ありがとう、真理子さんも雄也くんも」


 持っていた荷物の整理を終わらせると、汗を拭きながら継父である祐介がそう言った。

 ちなみに、麗奈とはまだ一回も会話をしていない。

 家族になったとはいえ、さすがにその実感はまだ湧かないので、仕方ないことではあるのだが。


「いえいえ。祐介さんこそお疲れ様ね」


 微笑みながら、真理子が祐介へと言葉を向ける。

 リビングには、真理子と祐介は勿論のこと、雄也と麗奈もおり、その会話を聞いていた。

 すると、会話を終えた真理子がハッとしたような顔をして、こちらに体を向けた。


「あ、麗奈ちゃんのお部屋を決めないと!」

「あ、ありがとうございます」


 指を立て、自分へと視線を送る真理子に、麗奈は少し堅苦しそうに返事をした。


「いいのよ、今日から家族なんだから! もっと柔らかい感じで大丈夫!」


 そんな麗奈を見透かし、真理子は優しい微笑みを浮かべる。

 すると、その優しさに触れた麗奈は、意外にもすぐに表情が柔らかくなった。


「ありがとうございます!」


 真理子に負けない程の微笑みを浮かべる麗奈。

 それを横から見ていた雄也の心には、容赦なく恋の矢が突き刺さった。

 (毎日この笑顔を見れるのかよ)

 が、会話を出来ない現実を思い出し、やっぱり悲しくなった。


「じゃあ、ついてきて麗奈ちゃん。案内するわ」

「はーい!」


 そう言うと、程なくして真理子と麗奈は2階へと向かった。


 自分の部屋へと戻ろうかと考えたが、ここで一つの雑念が襲ってくる。


 (階段ですれ違ったらやばいな……)


 もしも、部屋へと向かう途中に、自分の部屋を決め終わった麗奈と階段ですれ違ったらと考えるだけでゾッとする。

 狭めの階段、二人分の通れるスペースはあるのだが、密着すること間違い無し。

 そんなことは、陰キャにとって避けなければならない。

 気まずいのは嫌だからだ。

 そんなことを考えていると、祐介から声がかかった。


「雄也くんも、軽い感じで来てくれたらいいからね。お父さんって言われてもまだ慣れないと思うけど、そのくらいの気持ちで大丈夫だから」


 祐介のイケメンすぎる言葉に、雄也は感動した。

 そして、あの娘が産まれてくる理由も何となく分かった気がした。


「は、はい! 色々とお願いします!」

「うん、よろしくね。ちなみに、麗奈とは話したのかい?」


 そして、当たり前の質問が飛んでくる。

 が、今の雄也にとっては死ぬ程答えづらい質問だった。


「い……や。話してないですまだ」

「あはは、そうだよね。まあ、ゆっくり仲良くなってほしいな。麗奈はいい子だから大丈夫だよ」

「はい。頑張ります」


 家族と仲良くなるのに「頑張ります」という意気込みもおかしい気がするが、今の雄也にはそれがちょうどいい。

 そんな会話を挟んでいると、2階から1人降りてくる音が聞こえた。


「……よし、行くか」


 その音を聞き、雄也は2階へと足を進める。

 その降りてきた人物は既に1階にいるので、大丈夫だ。

 ――それは、麗奈だった場合の話だが。


「……ふぅ」


 なんとか階段を登り終え、安堵のため息を漏らす。

 麗奈とはすれ違わずに済んだ――はずだった。


 階段を上がると、雄也の部屋は一番奥にあった。

 そして、その部屋に向かう途中のこと。


「……あ」


 すれ違わずに済み、安心しきっていた雄也の顔が、一気に青ざめる。

 それもそのはず――途中にあったドアが唐突に開き、麗奈が出てきたのだ。


「あ……えっと……その……」


 必死に言葉を探し、なんとか弁明しようとする雄也。

 そんな雄也を見て、麗奈は口を開いた。


「――今日からよろしくね、桜木くん」


 さすがに同じクラスメイトであることは知っていた様で良かった。

 陰キャはそんな所も心配になるのだ。

 微笑みながら言葉を向けてくる麗奈に、雄也も一安心。


「――よ、よろしく。七瀬さん」


 そして、家族なのに他人のような雰囲気で、雄也も返事をする。

 新鮮な雰囲気と、よそよそしい雰囲気が入り乱れる廊下。

 ――初めての会話は、ここで遂行された。


「え、っと、七瀬さんの部屋はここ……?」

「うん。ここだよ」

「そ、そうなんだ」


 一つ、気付いたことがある。


 (いや、俺の隣の部屋じゃねえかよ……!?)


 麗奈の部屋は、思いっきり雄也の部屋の隣だった。


「桜木くんの部屋は、私の部屋の隣?」

「う、うん。そう」


 改めて確認しても、本当にそうだ。

 なんだろう、この嬉しいのか嬉しくないのかよく分からない感情は。

 いつも自分のベッドで「今日も七瀬さんと話せなかったなー」と呟いてるのに、これからは隣の部屋にその張本人がいる。


 (呟けない……ああ……)


 嬉しくない部分はそこだったらしい。

 謎だ。


「――ね、ちょっと私の部屋入ってくれない?」

「え、え……?」


 すると、唐突にそんなことを麗奈は言い出した。

 陰キャの雄也は、一生聞くことがないと思っていた要望を言われ、分かりやすく動揺した。


「ほら、早く入って!」

「え……ってうぉお!?」


 麗奈は、そんな雄也に構わず、無理矢理腕を掴んで自分の部屋へと連行した。

 初めての女の子の部屋だ。

 まあ、自宅なんですけど。


 麗奈の部屋に入ると、まだ何も装飾されていない、無機質な空間が広がっていた。

 前宅から持ち出したテーブルや小さい椅子、そしてベッドなどは置いてあるものの、ただそれだけの空間だった。


「……」


 眼前、麗奈は自分のベッドへと腰を下ろす。

 それを前にして、雄也は立ち尽くしたままだった。

 最早、七瀬家に来ているみたいな空気だが、ここは一応、桜木家だ。

 気まずすぎて何も言えない雄也は、黙るのが精一杯だった。


 すると、ベッドに腰を下ろす麗奈が、唐突に口を開いた。


「――ねえ、一つ確認したいことがあるんだけど、いい?」

「う、うん。大丈夫」


 まだまだ緊張しながらも、何とか返事をする。

 何度見ても、どこから見ても、どんな角度から見ても、その銀髪は美しく、その顔には透明感があった。

 まるで、自分の家に妖精が降臨しているようだ。

 まあ、実際にそれに近しいことが起きている。

 

 こうして、銀髪のマドンナと、生粋の陰キャの共同生活、否、家族生活が、本格的に幕を開けた。


――――――――


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