第2話 継父の連れ子


 雄也には、お父さんがいない。

 言い換えれば、雄也の母親――桜木真理子さくらぎまりこはシングルマザーで、女手一つで雄也を育ててきた、ということだ。

 とはいえ、浮気や不倫など、そんな不埒な事で父親を失った訳では無い。


 雄也がまだ幼い頃、癌が見つかってしまい、この世を去ってしまったのだ。


 真面目だった雄也の父親は、体の限界にも気付かずに働いた。

 妻には負担をかけたくないという想いから、真理子には働かせなかった。

 その積み重ねで、最悪の結果に繋がってしまったのだ。


 夫が逝去した当時、真理子の心にはポッカリと大きな穴が空いた。

 虚無感に襲われ、生きる活力さえ失われた日々を過ごした。

 ――ただ、真理子は諦めなかった。

 たった一人の、"雄也"という大切な息子の為に、職に就いた。

 が、どうしても、空いた穴は大きく、塞がりきらなかった。

 時折襲われる虚無感と喪失感は、容赦してくれなかった。


 ――ある、一人の男に救われるまでは。


 ◇◇◇◇◇


「あー、今日も美しかったなあ。まあ、話してないけど……って、結局話したいのか俺は」


 ある日のこと。

 今日も今日とて、麗奈のことをひっそりと見ていた雄也は、悲しい現実に打ちひしがれていた。

 見てるだけでいい、とは思っているものの、想う時間が経てば経つほどに話したくなってくる。

 まあ、それが正常な恋心ではあるのだが、自分を生粋の陰キャだと思い込む雄也には、不思議な価値観だったらしい。


 すると、リビングにいる母親から声がかかった。


「雄也ー、大事な話があるんだけど」


 母親からの呼び出しで、一番嫌な呼び出され方だ。

 心当たりは無いが、何か怒られるのを覚悟しながら、雄也は「はーい」と返事をした。


「本当に真面目な話だから、座ってくれる?」


 数秒後、厳かな声色を発し、雄也に着席を促す。

 それに付随して、雄也のビビりも大きくなり、怒鳴り散らかされることを覚悟した。


 何故か少し重たい空気が流れるリビング。

 ――そして、母親はテレビを消す。

 それと同時に、雄也も少し肩をすくめた。


「――新しい家族が出来るって言ったら、雄也は許してくれる?」


 母親が口にしたのは、怒りでもなく、予想外すぎる言葉だった。


「……家族?」


 父親が他界している雄也には、何も見当がつかない。

 とはいえ、母親の顔を見ても真面目な表情をしているので、発言が嘘では無いことも分かった。


「そう。お母さん、再婚することになったの」

「さ、再婚?」


 ――再婚だ。

 文字通り、再び結婚をすること。

 新しい家族の意味を、雄也は理解した。


「うん、再婚。雄也は許してくれる?」


 神妙な面持ちで、雄也へと問う。

 が、雄也の答えは既に決まっていた。


「――お母さんが選んだ人なら大丈夫」


 父親が他界し、生きる活力が無くなった時でも、諦めずに育ててくれた母親を、雄也は息子として知っている。

 そして、大変で辛かったことも、全て。

 だから、新しい家族が増えて、母親が楽になれるなら、父親のピースを埋められるなら、大歓迎だった。


「ありがとうね」

「うん。ちなみに一人?」

「――子供もいるから、二人だね」

「……おお。女の子?」

「うん。女の子」


 増える予定の家族は、二人らしい。

 そして、さすがに想定外ではあったが、初めての姉か妹が出来ることも確定した。

 が、一つ気になることがあった。


「お母さん、なんでその人と再婚したの?」


 たった一言の、単純な質問。

 そして、答えるのが最も難しい質問でもある。

 ただ、雄也は単純に気になったのできいた。

 が、真理子は迷わなかった。


「――お母さんと同じ境遇なんだって。だから、お互いに気が合って、『この人となら頑張れる』って思ったのよ」


 同じ境遇、つまり再婚相手も、妻を病気で亡くしているということだろう。

 少し重めだが、気が合う理由としては充分だし、「頑張れる」と思う理由としても、充分だった。


「そうなんだね。なんか安心した」

「うん。後は何か聞きたいことある?」


 気になることとなれば、もう一つ。

 というか、一番気になる所だ。


「いつ来るの? 新しい家族は」

「えーっと、明日かな。言ってもお家は近いから、今は荷物をまとめてるらしいわよ」

「そうなんだ。分かった」


 新しい家族、そして初めての姉か妹は、明日この家に来るらしい。

 楽しみなのだが、唐突すぎて心の準備が出来ていない。

 というか、拒否したらどうなっていたんだろうとは思うが、非生産的だし考えるのも無駄だ。


「名前とかって?」

「それは秘密よ。仲良くなってほしいから、その子が来たら自分で聞いて。まあ、自己紹介で聞くと思うけど」


 謎の揺さぶりをかけられたことを不思議に思いつつも、楽しみな事には変わりないので、雄也は「分かったよ」と返事をする。

 そして、その後は特に話すことも無く、自室へと戻った。


 ――仲良くしよう、ただそれだけの、真っ当な気持ちを持って。 


 ◇◇◇◇◇


 翌日、『今日も七瀬さんとは話せなかったなー』なんて思いながら、雄也は下校した。

 玄関を開けると、いつも通り母の靴と自分の靴がある。

 まだ、新しい家族は来ていないようだ。


「あら、おかえりなさい!」


 靴下を脱ぎ、リビングへ向かうと、何故かソワソワしている母親がいた。


「ただいま。……どうしたの?」

「もう少しで来るのよ、祐介さんが!」

「ゆ、祐介さんって?」

「雄也の新しいパパ!」

「は、え、もう!?」

「そうよ。娘の学校帰りにそのまま来るって」


 新しい家族は、もうすぐ家にやってくるらしい。

 雄也もまだ着替えておらず、学校帰りで制服のままだった。

 そして何より、相手の娘さんも学校帰りということなので、歳は近めなのだろう。

 そう考えると、より一層楽しみになってくる。


「ほら、早く着替えちゃいなさい。初めての対面なんだから」

「う、うん。そうするわ」


 そうして、足早に自分の部屋へと向かおうとした時だった。


「――あ、来た」


 家に鳴り響く、呼び出しチャイムの音。

 遂に、新しい家族、新しい姉か妹が出来る時だ。


「はーい! 今行きますね!」


 母親がモニターへと返事をすると、早速玄関へと向かった。

 それに置いてかれないように、雄也もついて行く。

 "どんな人なのだろう"と、楽しみな気持ちを抱えながら。


 靴下を脱いでいた雄也は、咄嗟にサンダルを履き、既に外に居る母親の元へと辿り着く。


「祐介さん! 今日からお願いします!」


 眼前、新しいお父さんの、"祐介"と名前の人が立っている。

 その娘は、ちょうど雄也から見て被っており、容姿が全く分からなかった。


「真理子さん、よろしくね」


 優しい笑顔を母親へ向けた後、新しい父親は雄也へと視線を向けた。


「新しい父親になる――七瀬祐介ななせゆうすけです。よろしくね」


 継父は、またも優しい笑顔を浮かべながら、自己紹介をする。

 そんな雰囲気に、雄也もホッとした。

 ――苗字は、七瀬らしい。

 まさかの学年一のマドンナと一緒の苗字で、少し嬉しくなるが、どうせたまたまだろう。

 ――その時は、そう思っていた。


「ほら、自己紹介して」


 そして継父は、後ろにいる娘を前に出す。

 

 ――その姿形を見て、雄也は愕然とした。

 

 夕日に照らされる銀髪、つぶらな瞳、赤く綺麗な唇、見たことのあるスタイル、顔。

 その全てが、クラスメイトであり、学年一のマドンナと称される女の子と合致しているのだ。

 そして、新しい姉か妹は、口を開いた。


「――娘の、七瀬麗奈ななせれなです。よろしくお願いします」


 その名前を聞き、雄也は確信した。

 新しい家族の中に、学年一のマドンナがいる、と。

 そして何より、片想いしている女の子が、自分の姉か妹になるのだ、と。

 嬉しさよりも、圧倒的に驚きが勝っている。


 ――こうして、生粋の陰キャ・桜木雄也は、学年一のマドンナ・七瀬麗奈と、ひとつ屋根の下で共に過ごす事になった。


――――――――


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