第23話俺の友達がVtuberで男の娘になってメイドやってた件

日曜日、多くの社会人や学生が残りの休養を堪能する日に私は出勤していた。

コンカフェ【Pretty Pure Heart】の営業時間は11:00-21:00

私は学生という事もあり早番で10時から18時までの出勤シフトになっていた。

営業自体は11時からではあるが、開店準備やメイク・衣装の着用、軽い打ち合わせがあるためだ。

もちろんお給料は10時からきちんと支給してくれるのがありがたい。


「はい、じゃあ以上で朝のミーティングはおわり!」

「営業開始までもうちょいあるから、みんな楽にしてok!解散!」


店長の葉月さんがオーナーがいないときに店舗の指揮をとっている。

まだ20代前半らしいのだが、頭の回転もはやくトラブルがあった際の対処も完璧だ。

そして店で唯一の女性という紅一点なのである。


「アリスちゃん、ちょっといい?」


私は店長に呼び止められた。

アリス...というのは私の源氏名というやつで【純心アリス】という名前になっている。

Vtuberも兼任しているのは私一人である...。


「はい?なんでしょうか」


「店舗勤務は今日が初めてでしょ?困ったことあったらなんでもすぐ相談してね!」


「あ、ありがとうございます!」


「例のPR動画、まじでバズっちゃってて予約も満員だからチェキも要求多いと思うけど...」

「サインだけ描いてあげてね!写真に!軽いトークもお願いね!!」


「ト、トーク...はい。わかりました」


うわーそういえばそういうのあるんだった...。

なんとかなるよね...きっと...。


私は不安を感じながらも店舗に出た。

店内にはポップなミュージックが流れ、キラキラとした装飾が華やかさを演出していた。

私たちスタッフは入り口前に並び、開店時間になると入店してきたお客さんに挨拶をする。


「おかえりなさいませ、ご主人様~♪」


ぎこちないながらも挨拶をして、どんどんお客さんで席が埋まっていく。

基本的には普通の飲食店と同じなのでオーダーを受け、それを配膳するのが私たちの業務だ。

ただし、他とは違うのが特殊なメニューがあること...。

例えば定番のオムライスにケチャップでハートを描いてあげたり、

手でポーズをとってお客さんと一緒に"おまじない"をかけたりするのだ。


「あ、あの...アリスちゃんですよね...?」


1人で来店した40代くらいの男性のお客さんがオムライスを注文するときに声を掛けてきた。


「はい、あ、えーっと...」

「あ、こんにちわ~お客様~!純心アリスです!」


いきなり戸惑ってしまった...!


「あ、はは、やっぱりい!この前の配信とPR動画もみたんですよ!」


「あ、、あありがとうございます~!うれしいです!!」


「この店はずっときてんだけど、かわいいね...でも男の子なんだもんね」


「へ!?あ、はい!そうです...!」


「手も白くて細くてきれいだし、足とか腰回りもさあ...いいよね...」


「あ、はは...ありがとうございます」


やばい、ちょっと拘束されすぎてる気がする...!!

あと視線が嫌だ...。


と思っていた所、店長が背後からさっと現れた。


「アリスをお褒めいただきありがとうございます~!ではご注文おもちしますねえ!」


自身の後ろに私をまわして、お客さんとの会話を切ってくれたようだ。

トントンと肘で合図をされ、私は失礼しますとその場を後にした。

厨房に入ると、店長も後から入ってきた。


「ああいうお客さんいたら強制的に失礼します~!でさがっちゃっていいからね」

「じゃないと他のお客さんのご迷惑にもなるし、独占されてるっていらぬ嫉妬もかうから」

「トーク自体は挟んでokなんだけど、あくまで飲食店なのでそこはよろしくね!」


「わかりましたっ...!あの、ありがとうございます!!」


「あはは、きにしないで~仕事だもん~」


店長はそう言うとまた店内に戻っていった。

女性なのにショートヘアーで執事服の店長は誰よりもイケメンでかっこよかった。


その後はトラブルもなく順調に営業が出来ていた。

特に気になったのはやはり、配信を見てくれたお客さんやPR動画をみてくれた方がとても多く声を掛けられることが多かったことだ。

チェキが一回無料という事もあって、たくさんの人と写真を撮ることになった。

店の奥には小さなステージがあり、そこで撮影をするのだ。

男性だけでなく女性のお客さんも多かったのでやはり緊張した...。


営業から3時間ほど経ち、1時間の休憩から戻ると若いお客さんが来店した。


日焼けした肌に、爽やかで清潔感のある服装、そしてイケメン.....。

....ん?!あれえ~おかしいなぁ...私の同級生の"賢一"にそっくりだなぁ...。

でもあいつが来るわけないよねぇ...えーっと予約表はっと...



【斎藤賢一】


...。

まじ?


賢一は辺りをキョロキョロと見渡しながら、受付にきていた。

そして案内されると席に座るやいなや、私の事を凝視してきた。


え、バレてるのこれ...?誰か話したの!?


逃げ出したくなる気持ちを抑えていると、無慈悲にも私にオーダーがかかってしまった。

私は賢一の席まで歩いていくと、恒例の挨拶をした。


「お、おか...んぐ...おか、えりなさいませ~ご主人様~♪」


少し声を変えようとして裏返ってしまいさっそくやらかす私。


「あ...純心、アリスちゃん...ですよね。このまえの配信と動画みました...」


「あ、ありがとうございます~!!ア、アリスうれしい~!!」


そうだ、わざとテンションをあげていこう。

バイト先に友達がくる気持ちってこういうもんなんだね...。

てか、なんで配信見てるんだよ賢一...。


「えーっと、じゃあ...スペシャルセットで...おねがいします」


お店で一番高いメインとサイド...それにドリンクと記念グッズと、チェキつきのやつ?!


「か、かしこまりました~!ではすぐお持ちしますね~!!」


よかった。気づいてないみたいだ。

なんとかこのまま乗り切ってしまおう!


「あの、玲?」


「ん?なに?」


私はいつもの友人の呼びかけに自然と反応してしまった。

それにハッとした私はやってしまったと冷汗がでてきた。


「...あ、やっぱりそう...だよな」

「いや、うん。なんでもない...オーダーよろしく」


「はい...」


そこはいつもなら「なんだよ!おまえかよ~!!」で笑うところじゃないの!?

どういうことだよ...。


私は心臓をバクバクと鳴らしながら厨房に戻っていった。

名前を聞いて私だと気づいたはずなのにそれ以上追及しなかった理由。

もしかして弱みを握ったってことなのだろうか。

ぐるぐると悩んでいるが、オーダーのドリンクを先にもっていかなければならない。

意を決してドリンクとカップを持って賢一の下まで戻っていった。


「お待たせいたしました~♪ピュアピュアコーラになります~!」

「ピュアハート、注入~♪」


私がハートポーズを決めると、無表情の賢一がハートポーズをし返す。

その目は私を捉えて離さない。

すると、賢一は突然ぼそっと呟いた。


「...俺の為に、ピュアハートきめたのか」


「は、はあ!?何言ってんの?仕事だからしてるだけだし!!」


つい声が大きくなってしまい、店内の時が一瞬止まったように注目を集めてしまった。


まずった...。どうしよう...。


私が硬直していると、隣の席にいた初老の紳士風の男性が呟いた。


「ツンデレ属性...」


すると店内が笑いに包まれ、賢一を見ると一緒になって笑っていた。


「あっははは...わるい、やっぱ素のほうがいいよ"アリスちゃん"」


私はギロリと賢一を睨むと厨房へと戻った。

そこに店長がスッ...と現れた。

怒られるのだろうとビクビクしていると...


「さっきのよかったねー!そういう感じでいくのアリアリ!!」


思いのほか好評だったようで、怒られるどころか褒められてしまった。

どうやらそういうツンデレ的なキャラクターコンセプトだと思われたらしい。


「確かにうちにはいなかったのよね...ツンデレ」

「とんだ大型新人よ...これを機にキャラ設定を次回のミーティングで...」


店長はブツブツ呟きながらバックルームへと行ってしまった。

その後はニヤニヤしている賢一に毒を吐きながらもオムライスにいびつなハートを描き、チェキの時間がやってきた。

私と賢一はステージに行き、カメラの前でポーズを決める。


「...あのさぁ、こんなの楽しいの?」


「楽しいよめっちゃ。推しが友達でしかも現実にいるとか信じられる?」

「いや男の娘が好きなのはもうここまできたらわかるとは思うんだけどさ中学も一緒だった奴がいま隣でいいニオイして可愛いメイクしてツインテでハートポーズきめてんだよ、俺の明日はこれからどうなるんだろうって今からくそ心配だし、これでも内緒にしなければいけないってことも当然理解はしているから心の葛藤とでも改めてお前みてドキドキしてるこの青春って―――――」


「ちょ、ストップストップ!!早いって!早口やめて!?」


「・・・」


「無言やめて?」


カメラ担当のスタッフさんが困惑していたので、すぐ撮影してくれるように促す。


「ほら...ぴゅあ~は~っと!」


パシャっと撮影音がなると、しばらくして撮影した写真が現像されていく。

インスタントカメラはその場で現物として写真が残るのが魅力的なサービスだ。


「...書いて、サイン」


「え、うん...」


複雑な心境のまま、私は【純心アリス】と描いていく。

それを賢一に差し出す。


「...なんか、一言かいて」


「な、なにがいいの?変なのはだめだからね?」


「ご主人様ってかいて」


「え!?」


な、なんだこいつ...どうしたっていうんだ。

サッカー部で女の子からも人気な爽やかイケメンの賢一が異質な気配を放っている。

もしやこいつ憑依でもされてるんじゃないか...?!


疑念を抱きつつも、【ご主人様】と描くと、すかさず口をはさんできた。


「...はーと」


「なに?」


「はーとかいて、ご主人様のあとに」


だめだこいつ、早く祓わないと...。


♡を描くと大喜びしている賢一をみて私は複雑な心境になった。

その時、不思議な気配を感じステージのすみに目をやると黒いモヤのようなものが見えた。

目を細めてよく見てみると、それは女の子のようでワンピースを着た7歳ぐらいの子だった。

賢一を含めた周囲の人が気づいていない所をみると...どうやら霊の類のようだ。


「ん...?どうかしたのか?」


賢一が不思議そうに私を見る。

女の子の霊が...どことなく寂しそうで、気になってしまった私は賢一に頼んだ。


「ごめん、あのさ...お金あとで払うからもう一枚チェキしてくれる?」


「えっ...な、なんだ、そりゃいいけど、どうしたんだ?」


「ちょっと...こっちきてくれる?」


私はそういうと、女の子の霊を挟み込むようにしてカメラを構えてもらった。

ハートポーズを構えると、女の子の霊は困惑しているようだったが私は小声で囁いた。


「...こうやって、構えるの。できる...?」


パァっと女の子の霊は笑顔になり、ハートポーズを作った。


「で、できる...ぞ」


賢一が小声で返事をしてきた。

お前に言ったわけじゃないのだが、黙っておいた。


「はい、ピュアハ~ト!」


今日チェキを撮ってきた中で一番自然に笑顔になれた気がした。

女の子の霊は上機嫌になって飛び跳ねていたのがとても可愛かった。


賢一はその後、2枚目もお金はそのまま自分で払うからくれないかと言ってきた。

ばっちり私の目には女の子の霊が映っていたのだが、彼には見えないらしい...。

私は了承し彼はガッツポーズをしながら会計を終え、やっと帰っていった。


「アリスちゃんお疲れ様~!もう時間だし、今日はあがっていいよ~!!」


店長が時計を指して、退勤の時間だと教えてくれた。

働いてみるとあっという間に時間が過ぎていたことに驚いた。

衣装を着替え、メイクを落とすと裏口から私は家に帰ることにした。


時刻は18時であったものの、裏路地は夕日が隠れ不気味な暗さを感じさせた。

狭いビルの階段を降りていくと、さっきの女の子の霊が元気に飛び跳ねていた。

私がバイバイと手をふると、女の子の霊も笑顔で手を振ってくれた。

そしてその瞬間、女の子の霊は背後からバクっと大きな人型の異形に貪られた。


バキバキという骨が砕ける音と、悲鳴のような声が異形の口の中から発せられた。

気味の悪い黄土色の蛙のような化け物はニタァという笑みをこぼした。


私の中で何かが切れるような感覚と共に、体全身が焼けるような熱さに包まれていく。

おぞましい化け物を前に私の感情は黒く塗りつぶされ恐怖は一切感じなかった。


異形がゲラゲラと笑うような声をあげたとき、もはや私の心は黒く染まっていた。

"あの時"のように。


「...おまえ、なにをした?」


私は異形に近づいていく。持っていた鞄も地面に落とし、顔を下に向けたまま。

全身から邪気があふれ出し、激しく大気が震えている。

異常事態に気づいた異形が一歩、また一歩と私の歩みに合わせて下がっていく。


そして、異形の前で私は止まった。

ゆっくりと顔をあげて異形を見る。

瞳は深紅に染まり、流れる涙は血のように零れた。

あの女の子の笑顔を。あの子の寂しそうな顔を。

その悲鳴が耳の中で離れない。


震える異形の耳元で私はそっと囁いた。








「    死     ね     」







裏路地には季節外れの

彼岸花が一輪、咲いていた。

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