第22話純心ユリカ

「ふー、おつかれさま~玲くん」

「緊張してかんじゃってたねえ!はは!」


身体からセンサーを取り外しながら、その体とは裏腹に可愛い女声の男性。

このおじさんの正体はPretty Pure Heart所属のVtuber...純心ユリカだ。


「めちゃくちゃ緊張しました...でもまさか僕がvtuberになるなんて...」


「オーナーが元々二人目のアバターと衣装用意してたんだけど...いい子いなくてさ」

「みんな可愛いんだけど、声だけは難しいんだよなー」

「まあ俺は声だけなんだけどさ。こういう方法用意してくれたオーナーには感謝しかないよ」


「すごい視聴者さんいましたね...300人近く...」


「玲くんがいたらもっと同接ふえるよきっと!スパチャもきてたっしょ!」


「う、うーん...でもなんだか騙してるみたいで悪いような..男だし...」


「いやいやそれがウリだかんね!?そういう人たちがお客さんだから!」


そう言うと純心ユリカさん...もとい、菅原さんはPCをシャットダウンさせた。

そして私の方に振り返り、まじまじと私を見つめる。


「じつはさ...店のPR動画を撮る必要もあって、SNSに投稿したいんだけどさ」

「玲くんやってみない?まあでも学校の子とかにバレたら恥ずかしいか...」


「...いいですよ、僕なんかでよければ」


「え、いいの?うれしいけどさ...隠したくない?」


「僕、この仕事のこと恥ずかしいって思ってないですから」


私がそう言うと菅原さんは腕を組みウンウンとうなずくように天を仰いだ。

するとオーナーが背後から現れ、びくっとしてしまった。

偽住職の件以来、急に大人の男性に接近されると身構えてしまう。


「ねー!いい子でしょう、この子!あたしの目に狂いはないのよタケちゃん!」


タケちゃん...菅原さんのことかな。

菅原武すがわらたけるだからか。


「聖女だよ...俺歳いってから涙もろくなってるかもしんない」

「オーナー、玲くんに次は聖女コスしてもらおうよ」


「あら、それいいじゃない。バブみでイチコロよお客さん」


聖女...いや、それとは真逆の存在みたいなもんなんだけどな...。

オーナー...私、邪気で窓ガラス粉砕してます...。


「じゃあ店の中で撮っちゃおうか。えーとお題は...」


そして、店内に移って何度か動画を撮ることになった。

簡単な手振りなどのポーズから、体全体を使ったダンスまで撮ることになった。

思っていたよりもハードで、監督(菅原さん)の表情チェックも厳しかった...。


「...オッケー!これでいこうか!」

「とりあえずオーナーの承認もらったら正式にPRでSNSで公開してみよう」


「は、はい...けっこう、大変ですねこれ...」


特に腰を前後させるような動きが辛かった...。


「そうだよねーごめんねー!!でも最高に可愛いから成功まちがなし!」

「ユリカがお墨付き与えちゃうんだから!」


菅原さんは上機嫌でデータの編集にとりかかっていた。

その日はそれで業務終了となり、私はヘトヘトになり帰宅次第ベッドに直行した。


「ふへぇ~...疲れた...」


「おかえりなさいませ~我が君!お疲れのご様子ですので...よろしければ按摩あんまなどいかがですか?」


ベッドに横たわる私に上から覗き込むようにして、紅桜が寄ってきた。

相変わらずいい匂いがする...。


「あんま...?マッサージのこと?」


「血行を促進し、疲れがとれるものでございます~!」


「じゃ、じゃあ...おねがいしてもいい?」


「はい~!この紅桜にお任せくださいませ!ではまずうつ伏せになっていただけますか?」


そう言うと紅桜は袖をまくり、準備万端!といわんばかりになった。

私がうつぶせになると、うーん...と少し悩んでいる様子だった。


「こちらの下履きは生地が厚く...我のか細い手ではうまく按摩できません...」

「よろしければ肌着になっていただけないでしょうか~」


「え!?パンツになれってこと!?」


「パンツ...肌着のことでございますね。はい~!」


「え、うーん....脱がなきゃまずい?」


「はい、確実に」


かなり前のめりに答えてきたけど、まあ確かにジーパンだと邪魔か...。

仕方ないので、脱ぐと丁寧に紅桜は畳んでおいてくれた。


「ではでは!我の秘技で天にも昇るお気持ちになってくださいませ...!!」


事実、紅桜のマッサージはふくらはぎから太ももまでの凝りが嘘のように消えていく。

手は冷たかったが、逆にそれがひんやりと気持ちよかった。


「いかがでございますか~我が君」


「すごく楽になった~ありがとう...」


「いつでもおっしゃってくださいませ。お役に立てて光栄でございます」


紅桜のおかげですっかり疲れもとれた私は早めに就寝することにした。

新しいことに挑戦することは確かに苦痛を伴うけれど、それも大事な経験なのだろう。

程よい疲労感は私をすぐに眠りの世界へと誘った―――――


...

......

............

――――――――――――――――――――――――――――


深夜の静まり返った街、その電波塔の上に紅桜はいた。

その傍らには影のようなものが人の形を作り控えていた。


「―――紅桜様、この領域に接近する者がおります」


「ええ、そのようですね...これは...少々困ったことになりましたね」


「やはり"殺生石"が割れた影響でしょうか」


「おそらくは。そしてそれは偶然ではありません...彼女もそれに気づいている事でしょう」


「して、いかがいたしますか....]


「...経過を観察します。必要であれば我が自ら介入します」

「アナタたちはその他の存在の監視を続けなさい」


「―――御意」


影は煙のように去り、紅桜は一人電波塔から光の消えた街並みを見つめる。


「もう少し穏やかに、過ごしていただきたかった...」

「しかして、一度回り始めた歯車は止められない...」

「なればこそ万難ばんなんを排するのみ...」


夜の静寂の中に、紅桜は溶けるように飛び去って行った―――――

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