第24話開戦

「―――失礼、そこで止まっていただけませんか」


強烈な邪気の力を異形に放とうとする私の手を、"誰か"が止めた。

いつの間にか美しい黄金のような長髪の男性が立っており、その姿は裏路地の暗闇で異彩を放っていた。


「君も、先ほど食べたものを返した方がいい」


男は異形に振り返って話しかけた。

西洋人のような顔立ちと、宝石のようなあおい瞳。

男の言葉に異形はたじろぐが、ゲエエェと威嚇するように鳴き、走り去ろうとする。


すると、先ほどまでいた男が一瞬のうちに異形の逃げる先に回り込んだ。


「愚かな選択をしたものだ」


そう言うと男は自分の首の前で、首をっ切るような仕草をした。


「ゲ、ゲエゲエエエ!?」


蛙の異形の首はミチミチという繊維のちぎれる音を発しながら切断されてしまった。

その後、異形の体に近づいた男はその腹から黒い炎のようなものを取り出した。


「まだ無事だったようですね」


その炎を大事そうに手にもつと、男は私に近づき、それを差し出した。

私は落とさないように受け取り、その炎を感じるように目をつぶった。


...ああ、あの子だ。

この子の記憶が流れ込んでくる。

父親と二人で暮らして...買い物に来た店で火事があった...

父親は助かったようだがこの子は小さく、脆かった...だから、死んでしまったのか...

女の子はよく、アニメの魔法少女が好きだったようだ。


脳裏で次々と少女の楽しかった思い出が浮かび上がってくる。


少女は自らの死を理解できていなかった。

誰にも話しかけられず、誰にも反応をしてもらえない。

コンカフェにいたのは楽しそうな雰囲気に触れていたかったから。

そして、私が話しかけたことをどれほど喜んだことだろうか。


私はその炎に、自らの邪気を補填するように流し込んでいく。

すると少女の手が、足が、体が元の姿へと戻っていく。

顔が戻ると彼女はキョトンとした表情をしていた。


「怖い夢をみていたんだよ、もう大丈夫」


私がそう言うと、少女は私に抱き着いてきた。

彼女の体を潰さないようにそっと、包み込むように抱きしめた。


「―――オトウサン、アイタイ―――」


消えそうな声で少女は呟いた。


「わかった。会いにいこう、僕が連れていく」


少女は笑顔になった。まるで天使のように。

私は少女と手をつなぐと、改めて金髪の男を見据えた。

男は何も言わずに待っていたようだ。


「ごめん...さっき、助けてくれたね。ありがとう」


私が話しかけると男は落ち着いた口調で話し始めた。


「礼にはおよびません」


「それで...君は、"何"?」


明らかに人ではないその見に纏う気に私は警戒をしていた。

妖怪か、それとも退魔師か――――――


「己が名を紫艶しえんと申します。妖狐ようこでございます」


狐の妖怪か...。


「介入した理由はなに?」


「恐れ多くも申し上げます。御身が放たんとされていた御力は破滅の光」

「その少女の霊魂もそうですが、周囲一帯を滅しかねず止めに入った次第です」


そんな力が溜まってたのか...

何も考えてなかった...。


「そっか...ありがとう、止めてくれて」

「それじゃいくけど...いい?」


「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


男の言葉は丁寧だがどこか冷たいような響きを感じさせた。


れい。天原玲」


「しかと心に刻みました」


「それじゃ、悪さしないでね」


私は少女の手を引いて、家路へと向かっていった。


...

......

...........


――――――――――――――――――――――――――――


「玲...巫女の器....」


1人裏路地に残った男が考え込むように呟く。


「未覚醒でこれ程の妖力を持つか...」


先ほど玲を止めた手を見ると黒く焼けただれていた。


「再臨の時はそう遠くはない。なればこそ急がねばならぬ」


先ほどの蛙の異形の頭がグネグネと動き、その場を離れようとしている。

男はそれに近づき、革靴でグチャっという音と共に踏みつぶした。


「あのような優しさは不要。それは弱さに他ならない」


そう言うと男からは九本の黄金に輝く尻尾と耳が現れ裏路地に太陽の如く光を放った。

焼けただれた腕は癒え、再生していく。


「巫女の時代は過ぎ去った...邪魔な陰陽師も...酒吞童子しゅてんどうじ大嶽丸おおたけまるも、もはやこの世にはいないのだ」


天に手を掲げると、まだ陽はあるというのに空を覆いつくさんとする暗雲が立ち込める。


「この国を制するのは、私...九尾の紫艶こそふさわしい...!!」


男は高笑いをすると暗雲の中に飛び込んでいった。



...

......

...........

――――――――――――――――――――――――――――――


鬼面の者たちはその光景を高層ビルの屋上から眺めていた。


尊主そんしゅ...これは、一体...」


戸惑う鬼面たちは後ろにいるひと際巨体の男を見た。

口元だけ見えている白い鬼面の大男は腕を組み、じっと空を眺めていた。


「―――九尾」


それだけ呟いた男は、歯を食いしばり微動だにしなかった。


...

......

............

――――――――――――――――――――――――――――――


「おいおい、冗談じゃないよ...一体なんだっていうんだよ」


派手な白スーツを着た男、月御門水月つきみかどすいげつは空を見て声を上げた。

その異常なまでの黒い雲は空をどんどん覆いつくしていったのである。


「...精霊たちが騒いでる。あれは、闇。あれは、隠世かくりよの空」


黒子のような装束の少女、愁命しゅうめいが呟く。

その側で黒コートの長身の男は、不気味な笑みを浮かべていた。



...

.....

.........


――――――――――――――――――――――――――――――


同時刻、紅桜は電波塔の上から黒く染まっていく空を見上げていた。


「―――やはり、そうなってしまいますか」


その表情は険しく、握りしめた拳に爪が食い込み血が流れていた。


「過去に囚われた哀れな狐...お前は復活するべきではなかった」




これは開戦の狼煙のろし

人も霊も妖怪も全てを巻き込んだ戦いが今始まる――――――――――――

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