第20話ご主人様!おかえりなさいませ~♪

「...ほんとに、ここで合ってるんだよな...?」


隣に立っている父がそう尋ねてきた。


「うん...そうだよ、たぶん」


親子二人が呆然と立ち尽くしてみている視線の先...

それは隣町の駅前にあるコンセプトカフェ【Pretty Pure Heart】

雑居ビルの2Fにあるお店で、店の前には”Vtuberキャストも在中!"のノボリがあった。


「俺、ふつうのカフェだと思ってたよ...」


「え!?あ、そうなんだ...てっきり経験あるのかと思ってた」


「ワンオペできないよここじゃ...多分な...」


「お父さん、約束の時間なんだけど...」


「遅れちゃまずいよな、とりあえず入ろう...な」


ドアを開けると、チリンチリンという鈴がなりキャストのお姉さん?が出迎えてくれた。

本当にメイド服を着ており、なおかつ丈が短いタイプだった。


「おかえりなさいませ、ご主人様~♪」


男性的な声の低さではあるが見た目は女性にしか見えなかった。

私は前に出て、約束している見学者だとお姉さんに伝えた。

店内を見渡すと、メルヘンチックな内装でピンクを基調とした内装になっていた。

しばらくすると先ほどのお姉さんが戻り、店内奥のオーナールームに案内された。


「あら!いらっしゃいませえ~!どうぞどうぞ、お座りになって!!」


そこで待ち構えていたのは筋肉質で180cm以上はあろうかという長身の男性だった。

坊主頭にスーツ姿はかなりいかつい姿だ...。


「天原っち!やっほ~!!」


ひょこっと後ろから漆原も顔を出す。制服姿のまま来ていたようだ。


「お忙しい所失礼いたします。天原玲の父です、この度はお時間頂きありがとうございます」


そう言うと父は名刺を取り出し、オーナーらしき男性に両手で渡す。


「これはご丁寧に...Pretty Pure Heartオーナーの足立あだちです」


オーナーも名刺を差し出し交換が済んだ所でお互いソファにかけることになった。

私はというと、とても緊張している。


「こちらの漆原咲が素敵な息子様をご紹介して頂けるとのことで楽しみに待っておりました」


外見とは裏腹にとても丁寧な口調でオーナーが感謝を述べる。


「ええ、学友だと聞いております。漆原さん、息子が世話になっています」


父が頭を下げると、漆原が照れるようにしてお辞儀を返した。


「あ、あの...天原玲です。本日はどうもよろしくお願いいたします」


私がお辞儀をするとオーナーも丁寧にお辞儀を返してくれた。

あれ?すごくいい人なのでは...と思い始める。


「正直申し上げますと、一般的な喫茶店だと思っていたものですから困惑してまして...」

「こちらは風俗店などではないのでしょうか?」


父が早速切り込んでいった。


「いえいえ、とんでもありません!お酒の提供もしておりませんし、席に座っての接客なんかもうちでは一切していません。指名などの制度もない、健全なお店ですよ」


にこっとオーナーが微笑んで見せる。


「そうですか...とはいうもののですね、お店の従業員の方だとかここにあるような衣装を着て接客をするわけですよね?」


「はい、そうですね。もちろん働く子の要望にそった形でレンタルという形になります。あ、お金とかはとっておりませんのでご心配なく!もし破損しても一切弁償の必要はないですよ」


「ふむ...」


そう言うと父は黙って腕を組んだ。

しばし沈黙の後、重い口を開いた。


「あまり遠回しに言うのもアレですので単刀直入に言わせていただきますと、現時点では就業を保護者として容認することはできないと感じています」

「愚息ではありますが、可愛い子供ですので。見世物になるような事は避けたい」


こんな風に父がきっぱりと物を言っているのを私は初めて見た。

普段家にいるときは見せない大人の顔に私は動揺したのだ。


お父さん...。


それを聞いて、オーナーは優しい口調で語り始めた。


「私がこの店舗を経営している上で大事にしているものがあります」

「それは"成長"です。先ほど案内をしてくれた従業員のスタッフもそうですが、皆なにかしら問題を抱えている子が多いんです。それは性認識だけではなく、人前に出ることが難しかったり様々です」

「そういった子たちに成長の機会を与えると共に、私も教えてもらっているんです」

「決して見世物などではありません。もし従業員に危害が及びそうなら私が全力で守ります」


オーナーの足立さんは父の目をそらさず見て、言い切った。


「とりあえず見学をされてみてはいかがでしょうか?せっかくですし!」


悩んでいる父を見てそう促すと父もうなずき一旦店舗内を見ることになった。

先に従業員に案内されて父が出ていった後、オーナーはふーっとため息を吐いた。


「ねえ、アタシって面接されてるみたいじゃなかった!?」

「ちょっと待ってハードすぎるわよ~~でもキリっとしててかっこいいわねお父さん」


さっきまでと雰囲気がまったく違い、オネエになったオーナーにびっくりして言葉が出なかった。


「まじ緊張しまくっててウケた!普段はオネゴリなのに~」


「誰がオネゴリよ!あんたねぇ!!」


漆原がそう茶化すと私も緊張の糸がほぐれたようについ、笑ってしまった。

それを見てオーナーが優しく話しかけてきた。


「アナタ、笑顔すっごく素敵よ。見た目も完璧...ってかほんとに男の子なのよね?」


「え!?そ、そうです...けど」


「だめよ!?嘘ついて女の子働かせたら大問題になるんだから!!!」

「まあでもお父さん言ってたしほんとか...声だきゃ隠せないんだけど、声も女だもんね」


オーナーに凝視されてすごく怖い...!!

今まさに息子が見世物になっていますよお父さん...!!!


「おっと、それじゃまあ店内見ますか~客まだきてないから座ってていいわよ~」


そう言うと立ち上がり、オーナーに続いて店内に戻っていく。

既に父は座席に案内されてコーラを飲んでいるようだった。


「ふー...しっかりしてるよ、従業員の子も」

「玲はどうだ、ああいう格好して働くのは抵抗ないのか?」


「そうだね...した事がないし、恥ずかしさはあるよ」

「でも困っている人が助けなきゃって、おじいちゃんの口癖だったから」


「...オヤジのか」


父は目をつぶってしばらく考え込んでいる様子だった。


「まあ、やってみるといいさ」

「何事も経験だからな、俺も"成長"したかな?」


そう言うと父は笑って、その後もコンカフェを楽しんでいる様子だった。

私はオーナーの薦めでメイド服を試着してみることに。


「あ、あのーこれ、エプロンってこれであってますか...」


「あら~!イイじゃない!!それとね、これを...」


オーナーが頭に何かを装着していき、鏡を見てみる。

茶髪でウェーブのかかったツインテールのウィッグだった。


「さらに!ちょっとだけ色気だしちゃいましょ!!」


漆原がまかせて~!とメイク道具を取り出してきた。


「ふぁー!肌めちゃ綺麗!これファンデいらンくね?」


「目元はそうね...ピーチにするわ」


2人とも真剣に顔に何かを塗りたくっている...。

くすぐったいのを我慢する。


「はぁはぁ...完成よ...!!」


全身が見える鏡の前に立って、自分の姿を確認してみる。

膝上までのミニのメイド服に、リボンのついた白いタイツ、ウェーブのツインテール...

そして頬にはほんのりとチークもあり、まるで別人だった。


「逸材よ...もはやイジらない方がいいぐらい。名工の作った器にかざr―――」


「天原ッちやばすぎじゃね?!これガチでやばい!!」


オーナーの言葉を遮るように漆原が前に出てスマホでどんどん撮影していく。


「ちょ、ちょっと!それで、玲ちゃん。よかったら店の中に顔出してみない?」


「ふぇえ!?いや、それはちょっと...」


「お父さんにも見てもらいましょ!立ち向かうのはいつだって勇気がいるのよ」

「それとも玲ちゃんのお父さんは、そんな差別するようなヒト?」


「いえ...しないと思います」


「ならいきましょ!大丈夫、アタシが保証したげる。アンタは最高よ」


漆原もグーサインを出して、私を送り出す。

店内に入るとお客さんも入ってきており、にぎやかになっていた。


「はいは~い!みなさま~!今日見学の子がきてますよー!!」


オーナーが注目させるように声を張り上げ、店内にいたお客さんやスタッフさんまでもが私に注目を始めた。もちろん父も...。


「あ、あの~...はじめまして...よろしくおねがいんぐぃ、..します」


噛んだ!!最悪だ―――!!!


店内がざわざわとし始めた。


「え、女の子?女の子も働くかんじになったの??」


「こ、これはまさしくドジっ娘枠...!大型新人!!」


「声も可愛い~!やばーい!!」


なんとなく、受け入れられてはいるみたいだった。

恐る恐る父を見てみると、すごく驚いた表情をしていたがグーサインを出してくれた。


「ちょっと席まわって軽く挨拶だけしていきましょうか」


オーナーに言われ、私は席を一つずつ挨拶してまわった。

お客さんの中には女性客も多く、そこは意外だった。

一人で来ている初老の男性もおり年齢層も様々で各々がこの空間を楽しんでいるようだった。


そして最後に父の座る席にやってきた。


「お父さん...ど、どうかな」


「うん。可愛いよ...娘がいたらこうなのかなって考えてた」

「従業員の方も礼儀正しくて、お客さんの雰囲気もいいな...ここならいい経験になるだろう」


「じゃあ...」


「やってみるといいさ。あ、ただし...お母さんにこの姿はみてもらうぞ!」


そう言うとスマホで私の姿を撮影する父。

すると他の客が自分もとりたい!!と騒ぎ始めた。


「もー!しかたないわね...特例よ?みんなでとりましょ!!」


広めのソファタイプの席の前で店内のお客さん達と従業員が横並びになる。

真ん中には私がおり、横に父と漆原がVサインをしている。


「これ、えーっと...時間で設定して....よし、いくわよ!アタシの場所どこ!?」


「ちょ、オーナーでかすぎです!!」


ピピっという音が鳴り、写真が撮られた。

その画像はお店のWINEから皆のスマホに共有されることになった。


「それで...来週からでイイかしらね?」


オーナーがウィンクしながら聞いてくる。


「はい、お願いします!」


こうして私はコンカフェの一員として、週二日から働くこととなった。

不安もあったがこのお店ならやっていけそうな気がすると思ったのだ。


「息子を、よろしくお願いいたします」


父が頭を下げる。

オーナーも深く頭を下げ、承知いたしましたと返す。


「おとうさん!!娘さんをぼくにください!!!」


大学生っぽい客の一人が叫ぶ。


「娘はやらん!どこにも嫁にはださんぞ!!ほしくば俺を倒していけ!!!」


茶番が始まった。

男ってやーネとオーナーが言う。


勝手に人の嫁ぎ先を決めないでほしいんだけど...。

って、嫁ぎ先ってなに?!


そんなこんなで私のコンカフェ見学は終わったのだった。

帰宅して父が母に私の写真を見せると、可愛い可愛いと大騒ぎだった。

弟は目を見開いたかと思うと私を見て、そのあと部屋に走って行ってしまった。


うっ...まあ、そりゃ兄がこんな格好してたら気持ち悪いよね...。


弟よ、すまないと思いながらも私も部屋に戻り、

紅桜に今日の出来事を話すのであった――――――



...

......

.........

――――――――――――――――――――――――――――――


「...もしもし、おとうさん?」

「いや、いいじゃん別に...さっきのさ、写真、俺に送っといて」

「うん...ありがと」


優紀は通話を切ると、届いた画像をじっと見つめる。


「...かわいすぎか...」


少年の思春期は波乱の幕開けを迎えそうであった....

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