第18話生き地獄

翌日、私は不信感を抱きつつも約束の時間に寺に向かっていた。

もし本当に妖怪が化けているのだとしたらそのままにはしておけない。


まあ...ふつうに良い人かもしれないし。


実際私は先入観で何度も判断を見誤っているのだ。

外見や、第一印象のみで悪しきものかどうかなど分かるわけがない。


私の脳裏には樹海で遭遇した退魔師の事が頭をよぎっていた。


あいつ結局どうなったんだろうか...

また会うことがあればその時は、本当に決断しなければいけない。

自分が守りたいモノの為に、人に対して力を使うことを。


考えていると、寺に到着したので本堂に向かっていく。

WINEのメッセージ通知がきたので確認してみると赤坂からであった。


【窓ガラスね!無事直ったよ~!これで震える夜はもうこないんだ...!】


うっ,,,そういえば壊したのいくらかかるんだろう...

お小遣いで足りるかな


【ごめんね...いくらかかったんだろう?】送信...


すぐにピロリン!と返信が来た。


【なんか熱?割れみたいなかんじで保険おりたみたい!大丈夫だよ!】


保険おりるんだ...!?でもほんとよかった、しばらくお小遣い抜きになるとこだった...


【そうなんだ!よかった~!!いまからお寺いくからまたあとでね('ω')】送信...



よし、ひとまず不安が一つ減った。

っと...本堂に行けばいいんだろうか?


私がわからずウロチョロしていると、住職がやってきた。


「今日はきてくれてありがとう!天原さん、だったね」


「はい、お世話になります」

「それで悩み相談っていうのは...」


「ああ、そうそうそれだね!とりあえずこっちに来てくれるかな」


そう言うと本堂とは別の敷地内のさらに奥にある倉庫のような場所に案内された。

お寺の備品かなにかを補完しておくところなのだろうか?

倉庫の扉は二重扉のようになっており、扉を開けた先には鉄格子の扉になっていた。


「いや~綺麗な場所じゃなくて申し訳ないねぇ...靴はここに脱いでね」


言われたとおりに靴を脱ぎ、座敷に上がると住職は入口の扉に鍵をかけた。

昼だというのに倉庫の中は暗く、小さい電球のみが灯りとなっていた。

とても嫌な予感がした。


「最近、泥棒がねぇ多くて...世知辛い世の中になったものです」


住職は笑いながら、座敷にあがると敷かれてある座布団に座るよう促してきた。

よくみると窓もなく風通しがとても悪い...春だというのに夏のように蒸し蒸しとしている。

どうにもお香の強い匂いがして、頭がクラクラする。


ショートパンツできてよかった...暑い。


「すみません、それで悩みということなのですが...」


「ええ、わかっていますよ。私も仏門の身...何か困ったことがあるのですね」


「え!?わかるんですか?」


「もちろんです、良くないものがいています」


「え!?そうなんですか...?」


もしかしたら本当にすごい人なのかもしれないと驚いた。

それにしても、匂いがきつい...。


「気づいているかとは思いますが、魔除けの香を焚いているのですよ」

「悪しきものが憑いていると、呼吸も乱れてしまうというわけですね」


「そんな効果があるんですか...」


「はい。ですが大丈夫ですよ、浄化すれば全てがうまくいくようになります」


「浄化...?」


住職は私に近づき、正座をしている太ももに触れてくる。

驚き後ろにのけぞってしまう。


え、なに!?どういうこと?!


「抵抗してはいけません。今から浄化の光を流し込みます」


「は、え!?浄化の光!?」


私はこの暑さと強い香の匂いのせいで正常な判断ができなくなっていた。

そういうものなのか、と納得してしまいそうになっている。


住職は続けて私に覆いかぶさるようにのしかかってきた。

舌を伸ばした住職の口が迫り、私は必死に抵抗し弾き飛ばした。

だが住職はそれも楽しいとばかりに、なおも接近してくる。


これは妖怪!?でもそんな気配がない....ほんとに仙妖とかいう格上の妖怪なの?

確証がないのに、あの邪気の力は使えない...

いやでも人に向けて...


怨霊を吹き飛ばした際に粉砕した窓ガラスの事が頭をよぎる。

人に放てば無事には済まないだろう。

悪人といえど命を奪う権利などないはずだ、と考えがグルグルと巡る。


「一目見た時から決めていたんだ。こんな上物が見つかるなんて最高だよ」

「ほら、私が浄化するんだから全部みせなさい」


服を無理やり剝ぎ取ろうとする住職に抵抗し、壁に追い詰められてしまう。


私はかすれた声で、なんとか"彼女"の名を叫んだ。

そして住職が私に近づいたとき、倉庫の扉は轟音と共にぶち破られた。

室内に新鮮な空気が流れ込み、入口の光の先には紅桜が立っていた。


「な、な,,,なんだ何が起こった!?」


住職が入口に向かって叫ぶ。


「あらあら...仏門のくせに我が見えないのですか?ではこうしましょう」


紅桜がそう言うと、抑えられていたであろう邪気が強く放出され形を作っていく。


「これで見えたのではありませんか?虫けらの如き、ただ人にも」


蛇のような目で住職を睨みつけ、近づいていく。

それに対し腰が抜けた住職は後ずさりしながら壁際まで追い込まれていく。


「な、なんだ!女!不法侵入だぞ!!出ていけ!!!」


「我が君...名前を呼んでくださいましたね。紅桜、感慨無量かんがいむりょうでございます」

「あとはお任せくださいませ。お外までお連れ致します」


紅桜は私をお姫様だっこのように抱えて、倉庫の外まで運んでくれた。

そして倉庫の中を見据えて、紅桜の顔からは笑みが消えた。


「この忌々しい小屋ごと、消し去りましょう」


「ちょ、ちょっとまって...ゴホ、あの住職は妖怪...仙妖なの?」


「いえ、ただの人でございます」


「それなら、消すのはまずい...よ」


紅桜は振り返り、私を見て言った。


「―――何故?」


その目は冷徹で氷のように冷たかった。

彼女にとっては人も妖怪も変わらない、害なす存在は消え失せるべきなのだと。

納得のいく理由がなければ彼女はためらわないだろう。


「...あの人には、まだ余罪が色々ある気がするんだ...だから償わせる為に!」


「...成程。さすが聡明な我が君でございます。ではこうしましょう」


紅桜はそう言うと住職に近づき、ぼそっと呟くと茫然自失ぼうぜんじしつとなり、罪を告白するとまで言ってきた。

その変わり身に動揺しつつも、ひとまず警察に連絡をして事後処理は任せることになった。

私も被害者として事情を色々聞かれたが、さほど聴取に時間はかからず

母と父が迎えに来てくれて無事に帰ることができた。


後日、聞いた話によれば...

そもそもあの男は住職でも何でもなく、

病床で意思疎通ができない住職になりすましていたらしい。

あの倉庫にあった香は違法な薬物が含まれていらしく、幻覚作用まで含まれていたようだ。

未成年の男女を連れ込んでは悪逆非道な行いをして、

あの倉庫の地下の貯蔵庫に子供たちを隠していたのだとか。


私はその話を聞いてゾッとした。

妖怪などよりもよっぽどおぞましい人間の所業に...。


母は自分が寺に行かせたのだと自分を責めて大変だった。

全国区のニュースにもなったので赤坂からも着信がきていたので、無事を伝えた。


事態が落ち着いたころ、私はあのとき紅桜が住職もどきに何を言ったのか聞いてみた。

すると彼女はこう答えた。


「特別なことはなにもしておりません。ただ...」

「あの男の心に善性が宿るように言霊の術を用いたのです」

「自らが犯した所業にあの男は"善人"として向かい合わねばなりませんでした」

「それはどんな拷問よりも耐え難いもの...」


紅桜は妖艶な笑みを浮かべ、扇を開いた。


「"死"は苦痛だと多くの民草は考えますが、我が君は本質を捉えておいででした」

「"生"こそあの男には地獄だったのでございます...まさしく慧眼けいがんでした」


この事件は、私にまた一つ暗い影を落とした。

人は醜いものだという憎悪の種が育つかのように――――

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