第7話 同じ穴の狢

 私の右目は妹の右目、妹の右目は私の右目。妹の青色の目が私の右目に、私の黒い目が妹の右目に。双子は姿形や性格が似ているらしいが、私達の場合は全く違う。可愛らしく人懐っこい妹と、人を寄せ付けない独りの私。妹は目の色が違う事をアイデンティティと捉え、他人もそれを受け入れた。私は目の色が違う事をコンプレックスと考え、他人も私の目の色の違いを忌み嫌っていた。


 双子なのに何もかもが違う私達は、日常や環境も違う。妹は親や他人から愛され、通っている学校では文武両道で人気者。対して私は誰からも愛されず、学校にも行っていない。好きな物を好きなように与えられる妹と、自分の物は自分で手に入れる私。


 別に羨ましいとは思わない。誰かから貰った物なんて、その誰かの気持ちが込められていて気持ちが悪いからだ。私の名前を口にしながら渡されるのを想像すると吐き気がする。


 他人を拒絶する私の居場所がある訳も無く、世間が高校生と呼ぶ歳になった私は今、廃墟で生活している。憑りつかれる事で結構有名な心霊廃墟らしく、お陰で独りで過ごせて都合が良い。たまに野良猫や野良犬が入ってくる事もあり、良い遊び相手になってくれる。その中でも黒い毛色の犬はお気に入りだ。犬種は分からないが、怖い見た目のわりに人懐っこく、今日は何処かから拾ってきたボールを口に咥えてきた。


「遊んでほしいのか? それとも私が遊んでほしそうにしてたのを察したか?」


 頭と首回りを撫でると、犬は口に咥えていたボールを私の傍に置き、キラキラとした目で私を見つめてきた。私はボールを手に取り、向かい側の壁に向かって投げ飛ばした。犬は素早くボールを追いかけていき、ボールを口に咥えて私の元へ戻ってくると、また私の傍に置く。


「ハハ。分かったよ、まだ遊んでやる。ほら、取ってこい」


 今度は遠くに飛ばそうと、ボールを通路側に投げ飛ばした。犬はボールを追いかけて通路へと姿を消し、再びボールを持ってくるのを私は待った。 


 すると、通路から犬の鳴き声が聞こえてきた。あの犬の鳴き声を初めて聞いたが、何かを警戒しているようだ。開けっ放しにしてた窓からは誰かがこの建物に入ってくる声や足音は聞こえなかった。動物は人には感じられない存在を感じられると言うが……まさかな。


 私は壁に立て掛けていた鉄パイプを手に、足音を立てずに通路へと歩いていく。犬の鳴き声は尚も続き、聞こえてくる鳴き声の感じから察するに、その場から動いていない。壁に背をつけ、足元にあるガラス片を使って通路の様子を伺った。鮮明に捉える事は出来なかったが、犬の目の前に誰かが立っているのがガラス片に映っている。


「……誰かいるのか?」


 尋ねてみたが、返事はしてこない。


「なぁ、ここは危険だ。人に憑りつく幽霊や、野良犬共……もしかしたら、武器を持った危ない奴もいるかもな。だから、さっさとここから立ち去れ」


 脅してみたが、やはり返事は無い。もう一度ガラス片を使って通路の様子を伺うと、そこには誰もいなかった。人も、犬も……犬も? あの犬、何処に行った? そういえば鳴き声が聞こえなくなった。


 私は壁から通路へ出ると、やはりそこには誰もいなかった。注意深く通路を歩いていくと、階段の上に人影が通ったのを目にした。私は足音を消すのを忘れて追いかけた。あいつが誰なのかは興味ない。でも犬が心配だ。ただ何処かへ行ったのなら良いが、何か危害を加えられたとなれば許してはおけない。


 階段を駆け上っていくと、人影が屋上の扉を開けて出ていったのを目にし、私も屋上へと出ていく。屋上に出ると、そこには一人の女の後ろ姿と、その足元に犬がいた。犬が無事だった事にホッとし、改めてアイツが何者で、目的はなんなのかを尋ねてみた。


「あんた誰だ? 何故返事を返さなかった?」


 尋ねてみたが、やはり返事をしない。その事に少し苛立っていると、犬が私に気付き、舌を出しながら駆けよって来た。私は握っていた鉄パイプを投げ捨て、駆け寄って来た犬を撫でた。


「……その犬がお気に入りなのね」


「……ようやく返事を返してくれた」


「その犬には名前が?」


「無い。私は飼い主じゃないからな」


「じゃあ何かしら?」


「さぁな。同じ穴の狢ってところか?」


 視線を犬から女の方へ向けると、女は私の方へ体を向けていて、その女の姿に私は目を見開いた。


「リゼ……?」


 リゼ、私の妹だ。見ない間に少しだけ雰囲気が変わったが、左目の色と違う黒い右目がリゼである証拠だった。何故こんな場所にいるんだ? 冗談でも廃墟になんか来る人間じゃないはずだ。


「久しぶりね、姉さん」


「お前、何でこんな所に?」


「迎えに来たからよ」


「何?」


 その時、ヘリコプターの音が聴こえてきた。それと同時期に、何台もの車が廃墟の外にやってきて、スーツを着た大勢の人間が車から降りてくる。ヘリコプターが私達の頭上で止まると、ヘリコプターから銃を装備した人間が降りてきた。


 彼ら彼女らに対して威嚇する犬を落ち着かせながら、私はリゼを見た。リゼは私を見つめながらゆっくりと近付くと、一枚の紙を取り出した。紙には【早乙女女学院】への編入手続きが書かれている。


「姉さん。あなたは私の警護を担当してもらいます。私の野望を果たす為」


「他をあたれ! 私は学校になんか行かない!」


「選択肢なんかありません。あなたは私と共に来るのですよ。共に早乙女女学院へ」


「……何があった? お前はそんな奴じゃなかった……誰に何を吹き込まれた!」


「色々あったんです。そして私は気付き、野望を持ったのです。その為にはあなたが必要なんですよ、姉さん」


 今、目の前に立っているリゼが笑う姿を想像出来ない。私の記憶にある笑顔が似合うリゼは死んでしまったようだ。リゼに何があったか、これから何をする気なのか、私には分からない。


 でも、そんなリゼを見て私にも使命感が生まれた。絶対にリゼを私のような独りにはさせてはいけないという使命。その使命に突き動かされるように、私は立ち上がった。


「……分かった。お前に従う」


「そう……良かった……本当に」


「でも条件が一つ」


「何かしら?」


「犬も連れて行く。同じ穴の狢だからな」

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