第8話 パチンコ三昧だと思われた父やすお 実は・・・
あきよしの母みえこの心拍停止から医者の対応は素早かった。
心臓マッサージを繰り返し、看護師に何かの指示を出し心臓マッサージを繰り返す。
あきよしはこの光景を何故だか俯瞰で見ている気分だった。
医者が時計を見て午後9時53分 ご臨終ですと告げ部屋を出た。
病室ではあつこが泣き、やすおは母の手を取り頑張ったなと言い、こういちは母さんと呟いた。
あきよしは3人の後ろで手をギュッと握り歯を食いしばっていた。
あきよしの心にポカンと空白の穴が出来た気分だった。
看護師が遺族や親族が濡らしたガーゼ、脱脂綿、筆などで故人の唇を濡らす「末後の水」の用意をしてくれた。
葬儀は母が生前望んだように家族葬で行うことをやすおが話し、あきよしとあつこは1度自宅へ帰った。
明日の朝、母を葬儀場まで搬送する手筈だと帰り道の電話で連絡があった。
今夜は父と兄が母を看てくれるそうなのであきよしは自宅で眠れない夜を過ごした。
布団に入って目を瞑れば母の思い出だけが無情にも思い出され、目を開けもうこの世には母は居ないんだと落胆する事を何回も繰り返し朝を迎えた。
葬儀場に行くと葬儀屋のスタッフがテキパキと仕事をこなしているのでやすおとこういちも特にすることがなさそうだった。
こういちはあきよしの姿を見ると部屋を出た。
あつこが今夜の通夜の段取りを聞きあきよしとやすおは棺と遺影を眺めていた。
「この写真は母さんが遺影に使って欲しいと言ってたんだよ」
やすおが遺影の説明をしあきよしはいい写真を選んでいたなと感心した。
昔からみえこは用意が周到で近所でも有名だった。
あきよしとこういちの運動会の時など寝ないで弁当を作り、場所取り、夕飯は2人の好きなおかずを用意したり、受験の時など前々日からお腹の調子が悪くならないメニューを用意し、制服もアイロンをかけ受験に臨めるようにと機転を利かしていつも準備万端だった。
自分の葬儀も準備万端かよと思うとあきよしは少し笑った。
家族葬なので近隣には何もお知らせをしなかったがどこで聞いたのか近所の方々がお悔やみに訪れてくれた。
あきよしはやすおと母の交友関係の広さを知った。
皆、口々にみえちゃんには家族葬だから来ないでって怒られちゃうのでお悔やみにだけ来させていただきましたと告げた。
夕方になりこういちが黒のスーツで現れ、友人のひろとしも弔問に来てくれた。
ひろとしはあきよしに頷き
「アニキも俺も頑張ってる。あきよしもがんばろうな」
と肩を叩かれた。
通夜が始まり、お坊さんが読経し、焼香も済ませ4人で葬儀屋が用意してくれた弁当を食べていた。
その夜は4人で線香の番を交代しながら起きていた。
あきよしは母の遺影を見つめ母が亡くなってから自分が1度も涙を流していない事を考えた。
自分には感情がないのか、母の死を悲しんでいないのか、それとも母の死はわかっていたからなのかあきよしには答えがわからない。
悲しいのに、辛いのに、寂しいのに母の事を思うと胸が苦しくなるのに涙は流れなかった。
母の棺を見ると母が起き上がってこちらを振り向いた気がした。
みんなで仲良くねと言っている気もしたし、あきよし頑張れと言っている気もした。
午前10時の告別式、母の棺に花を手向けた時もあきよしに涙は流れなかった。
遺影をやすおが持ち、こういちの車にあきよしとあつこが乗り火葬場までの道中の車内は静かだった。
あきよしはこういちに殴られたことを根に持ってはいないがこのまま口をきかなければ争うこともない。争うよりはお互いが引いて口をきかなければ良いのだと自分で納得していた。
火葬場でみえこを送り出し、ロビーで4人でコーヒーを飲んでいるとやすおの知人らしき老人が現れた。
「梨田さんこんにちは。毎日、毎日神社へ神頼みに行っておられたので奥様も満足して旅立って行けますよ」
やすおは少し照れながらそうだと良いんですけどねと答えた。
老人が去り、あつこがどういうことですかとやすおに質問すると去年の秋から毎日パチンコ屋と喫茶店の隣の神社へお参りに行っていたとの事だった。
みえこの病気が良くなるようにと仕事帰りにほぼ毎日のようにお百度を踏んでいたそうだった。
あきよしは母の入院中も毎日パチンコをしていた父を軽蔑していたが実はそうではなかった。
父は元来無口なので説明しなかったがまさかお百度を踏んでいたとはあきよしもあつこもびっくりした。
「父さん・・・」
あきよしは絞るように呟いた。
やすおは照れくさそうにしてコーヒーを飲みほした。
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