第6話 母みえこの手料理を囲う団らん

古い和風建築の梨田家にはダイニングと呼ばれる空間はない。

台所でみえこが腕によりをかけて作った家族の好物が並ぶ。

もちろんあきよしもあつこも大好きなコロッケもあった。

居間で机に並べられた料理はカラフルだ。

海藻のサラダ、キャベツ、トマト、レタスがサラダボウルに入れられ隣にはポテトサラダも用意されていた。

和風出汁が入れられたほんのり甘い厚焼き玉子、コロッケ、トンカツ、カキフライにあきよしは少し苦手だが兄のこういちの好物の金目の煮つけ。

やすおはこれさえあればおかずは要らないと豪語する筑前煮。

そしてホカホカご飯にワカメと豆腐の味噌汁。

みえこは人口調味料を昔から使わない為かつお節、昆布、時にはさば節を使い調理には一手間、二手間かけるのは昔からの常だった。

食事中はみえこはみんなが美味しそうに食べる姿を微笑ましく見ていた。

あきよしとこういちはお互いに話もしないがあつこが話題を広げ、やすおが酔ってビールをこぼしみえこに注意されみんなで大笑いし夕食会も片付けの段階に入った。

食後の熱いほうじちゃを飲みながらあきよしはこの光景に既視感を覚えた。

あつこと籍を入れ公団住宅に住みだして3日ほど過ぎた夜に見た。

あつこと結婚出来て家族で談笑しながらの食事の夢をみて心が温かくなったのを思い出した。

あきよしとこういちは夢では談笑をしていたが会話はしないまま。お互いに目も合わすことなく。

久しぶりに楽しい食事が出来たと帰りにもあつこに何度も言った。

その夜、あきよしは風呂で静かに泣いた。

母の命の期限が迫っていること、母の料理をあとどれぐらい食べられるのか、四人家族だったあきよしはその家族が一人減ることに恐怖を抱いた。

梅の花が咲きほこる2月末に母が苦しくて起きられなくなったと父から連絡が入った。

2月になってからは体力がなくなってきた母は布団で横になってる時間が長くなっていた。

朝、仕事に行くやすおを見送ろうとした時、痛みで起き上がれなかった。

仕事を休んでみえこを病院に連れて行くとあきよしに連絡が入りあきよしは仕事の帰りに病院を訪れた。

酸素マスクをつけられたみえこがベッドに横たわっていた。

「母さんは大丈夫なの?」

やすおは病室の外へ出るとジェスチャーで促し

「今は眠ってる。医者の話だと胃の激痛で起きられなかったそうだ」

医者の話ではモルヒネを投与して痛みは緩和されたが今後もモルヒネの服用をおススメするとの事だった。

あきよしは1度家に帰り病院へ泊る用意をしてやすおは朝から病院へつきっきりだったので帰った。

みえこは薬が効いているのかよく眠っていたのであきよしもウトウトして気がつけば朝日が差し込んだ。

病院のパイプ椅子で眠ったあきよしの身体は凝り固まっていたがみえこが目を開けたのですぐに看護師を呼びに行った。

母はベッドで上体を起こし血圧、脈拍を計り看護師の質問に受け答えし、酸素マスクを外された。

「あきよしは一晩中居てくれたの。ありがとうね。もしかして椅子で寝てたんじゃないの。身体に痛みはない?」

自分が心配される側なのにあきよしの心配をしてくれる。

そんなところが母らしいなとあきよしは微笑んだ。

「父さんにしらせなくちゃ」

父は仮眠を取りシャワーを浴びて母の入院の用意をもって来た。

「あきよしも疲れたでしょ。1回帰って寝てきたら。病院の事は父さんがやってくれるから」

午後にもう一度来ると言い残し病室のスライドドアを開けたところでこういちが立っていた。

お互い目も合わせずにあきよしはエレベーターに向かった。

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