第2話 母みえこの入院 兄への不信感・・・
普段の秋の山登りなら、紅葉に色づいた山々の木々を楽しみ、秋の空気を存分に吸いながら楽しめる平日の山上りだがこの日は違った。
「それは、母さんの病状が悪くなっているということだろう?」とあきよしが尋ねた。
あきよしはこういちの三学年下の弟で、大学卒業後文具卸しの会社に就職し、土日が休日だがこの日は有休を取っていた。
やすおは十日後に病院を訪れ、医者から母のみえこの検査結果を聞かされていた。
この時はやすおが、みえこの心配性の性格を考慮して、内密にと医者に伝えていたのだが本人に病名は告知しない、と今後の治療方針等に影響が出るので告知はしますと医者に話された。
「奥様への抗がん剤が良く効いた場合は根治すれば1年に1回の検査で再発しないで健康に暮らしてる方もおられます」
これを聞いて暗く沈んでいたやすおの目に少し光が宿った気がした。
「医者として最悪のケースもお話ししないとダメなのですが、悪性リンパ腫には効果のあるとされている抗がん剤でも百人中百人みんなに効果があるわけではないです。
奥様はステージⅣなので効果がみられない場合は、半年後の生存存率は格段に低くなります」
光が宿ったかに見えたやすおの目は、暗く沈んでいった。 生存率の話は妻にはしないでほしいとやすおが、医者に頼み込んで了承された。
「旦那さん、奥さんの病状の進行は思っていたより進んでいました」
医者は今日の天気の話でもするように、淡々と話しだした。
「先日お話しした抗がん剤治療は急なのですが再来週の月曜からスタートしましょう。無治療経過観察もありますがやはり抗がん剤で叩くのが賢明でしょう」
抗がん剤治療には、強い副作用が現れる人とケロッとしてほとんど副作用がない人も居る、と説明を受けた。
休憩でみえこの作ってくれた弁当を食べながら、やすおは2人に説明し
「抗がん剤の効果に期待だな」
自分自身とご先祖様、神様、山の神様にも聞こえる大きな声でやすおは言った。
「そうだよ。医者から、母さんの余命が半年しかないと宣告されたんだ。あきよし、これからどうしよう?」とこういちが不安そうに尋ねた。
こういちとあきよしの二人兄弟は学生時代からお互いの近況を報告、相談するほどの仲のいい兄弟だった。
「まだ半年と決まった訳じゃない。抗がん剤に期待しないと」
あきよしはこういちとやすおが半年、半年と母の命の期限がカウントダウンされるかの如く発するのにいらだっていた。
「そうだな。僕たちは母さんのために何かできることがあるはずだよ。でも、兄弟で協力することが大切だと思う」とあきよしが答えた。
兄弟2人で何度もうなずき合った。
抗がん剤治療の入院一日目はみえこはパジャマ姿でベッドに横たわり点滴をうけていた。
この日はあきよしもこういちも、仕事を休み父と家族4人揃っていた。
母はあきよしが予想してたより辛そうでなく普通に家の心配、こういちとやすおの食事の心配などを話していた。
部屋がノックされあきよしの嫁のあつこが現れた。
「お義母さん、具合はどうですか?」
あつこは家で母の話を聞いていて、お義父さんも義兄さんも仕事があるので、私にみえこの看病は任せて欲しいとあきよしに告げていた。あつことあきよしの子をお腹に宿し、身重なのであきよしは心配したが、予定日まで8か月もあるのよと自ら看病を申し出てくれたのはありがたかった。
抗がん剤投与は二日連続投与、二週間後にまた二日連続投与を1クールで三クール続ける治療と決まっていた。
二日投与して経過観察の為に二日入院、その後は退院して二週間後に投与の流れだった。
初めての抗がん剤で、あきよしの嫁も含め4人は心配だったが、二日投与しても気だるさもなく、みえこは強がりではなく、平常時と変わらないほど良く話し、ご飯を食べ過ごした。
二日間の経過観察もあつこが洗濯した着替えを持ってきてみえこの話し相手もしていた。
みえこの自宅は病院から徒歩二分と近いので、退院時も送っていくとのあつこの申し出を断り、すたすた自分で歩き自宅に帰ったとその夜、あきよしはあつこから聞かされた。
「抗がん剤治療の副作用の出にくい人なのかな?」
あつこが仕事から帰ってきて一緒に食事をしているあきよしに話しかけた。
「そうだったらいいんだけどな。また二週間後も悪いけど頼んでおくよ」
二週間後の抗がん剤投与と経過観察もあつこが付き添ったが、付き添わなくても良いほどみえこは元気だった。
他の病室の同年代の人とも仲良くなり楽しそうに談笑するのであつこは安堵した。
こうして一クールの抗がん剤治療が過ぎ、二クールも同じように過ぎた。
この時あきよしは異様な安堵感に見舞われていた。
抗がん剤で吐き気もひどく、髪の毛も抜け落ちるとあきよしは世間一般的に考えていた。これなら抗がん剤も上手く行くんじゃないかと想像した。
こうして二週間後の二クールが始まった。
二回投与して二週間後の一回めの投与であきよしの予想は外れた。
仕事から帰り、夕飯を食べる前にあつこに聞かされた。
抗がん剤を投与してお義母さんは顔色が悪くなり、真っ青な顔でベッドで気持ち悪いと何回も言いながら、ご飯も食べずに寝込んだままだったと。
医者の話では個人差があるので何とも言えないが、吐き気止めを飲んで過ごした。
二日目の朝はあきよしは心配だったが、大事な商談もあったので休むことは出来ない。
あつこに
「母さんをよろしくな、夜には病院に行くから」と告げ家を出た。
商談と見積取り直し、画材の仕入れ等通常より仕事量は多かったが何とか午後六時には会社を出ることが出来た。
あきよしの家は会社から二駅の公団住宅で降りずに乗り過ごした三駅目が母の入院する病院の最寄り駅だった。
早足で駅から徒歩八分の距離を歩き六分ほどで到着したが息切れを気にも留めずに病室へ向かった。
あつこから
「お義母さんは今は眠ってるみたい。今日も昨日と同じぐらい真っ青な顔で苦しそうにしてたわ」
「そっか。ありがとうあつこ」
苦しそうに眠る母を見てあきよしは、世の中の不平等を嘆いた。母がこんなに苦しんでいるのに元気に楽しく過ごす奴もいる。僕はこんなに忙しい日でも駆けつけてきたのに、兄と父の姿はまだない事に憤りも覚えた。
「父さんと兄さんは?」
あつこに尋ねると、昨日も見えてないわよとの返答。
薄っすらと目を開けたみえこが
「あきよし、気てくれてたんだね。忙しいのにごめんね あっちゃんもほんとうにありがとう」
あきよし夫妻を自分が苦しいのに気遣う母を見てあきよしにはふつふつと怒りが湧いてきた。
兄と父に対して・・・
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