兄弟
大和 真(やまと しん)
第1話 病気?
梨田あきよしと梨田こういちは父親と一緒に山に登っていた。
「あの山がもう秋の色に染まっているようだね。季節が移り変わっていくのは不思議だよな」
とこういちが言った。
「そうだね。季節が変わるたびに、母さんも元気になっているといいんだけど」とあきよしが答えた。
巷ではミレニアムが騒がれた二〇〇一年秋。
「ああ、そうだな。でも、この前の検査の結果を聞いたとき、俺は少しショックを受けたんだ」とこういちが言った。
一か月前にこういちとあきよしの母みえこが、気だるさと微熱が2週間ほど続くのと肩こりなのか、首の周りが痛いと言うので同市内の総合病院に検査に訪れたのだった。検査結果は定年間近の父のやすおと、十年以上務めたカーディーラーを先月退職したこういちが取って医者から話を聞いた。
母のみえこには再検査の箇所があると告げられ、今は検査中だった。
医者はカルテ、レントゲンを一瞥した後
「梨田みえこさんは悪性リンパ腫の疑いがあります。今日の病理検査次第ですが今後は化学療法で治療をがんばりましょう」
と告げた。医師は、がん等は先手必勝と深く信念をもって治療するスペシャリストで有名な医師だった。
やすおは悪性リンパ腫と初めて聞いたので、どんな病気なのか理解できない様子だったこういちは
「先生、悪性リンパ腫ってリンパ腫のがんですよね。母の病気はどのように進行してるのですか」
と焦りながら問うと
「悪性リンパ腫に強い抗がん剤があるので試してみましょう。欧米でも良い結果が報告されていて2年前に厚労省で認可が下りた抗がん剤で治療していきましょう」
医者の話の途中で父と、こういちは上の空になっていた。
「抗がん剤治療を行いがん細胞を消滅させましょう」
と強く言ったが、やすおとこういちの耳には半分も届かなかった。
母は一泊の検査入院なので、明日の午前中に父のやすおが車で迎えに来る事になっていた。
母のみえこは詳しく知らないが、病理検査で足首のリンパ節を切り取る手術をしていた。
その日の帰り道で
「なんで・・・母さんが・・・」
こういちが悲壮な顔で言うのを父のやすおは
「治療も出来るし大丈夫だろ、それより夕飯どうする?ファミレスでも寄ってくか?」
やすおはこういちを安心させる為に言っているのか単に能天気なのかわからなかったがこういちは前者であると思い込んでファミレスを選んだ。
母の病気の話より無職のこういちの今後の仕事の話が父やすおは気になるのか話題は仕事の話ばかりだった。
検査入院後の母の体調は安定し病院でもらった鎮痛剤を服用しながら雑多な用事に追われて過ごしていた。
二週間後に抗がん剤治療が始まるので家の片づけ、入院準備に取り掛かっていた。
告知は今後の治療の妨げにもなるので、医者からは病名だけは告げられていた。
告知を受けた時の母の様子はショックは受けたが、出来るだけ平静を装う感じだったのだが、やすおはみえこの性格を、長年の夫婦生活で熟知しているので、弱みを見せないみえこらしいと歯がゆい気持ちだった。
十日後の日曜日は、朝からみえこにお弁当を作ってもらいあきよし、こういち、父のやすおの共通の趣味の山登りに出かけていた。
三人は、母の病状と今後の治療の話も出来るとの思惑で、山登りの日程は直ぐに決まった。
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