第14話 藍色のシミ

 その日の夜、いつものようにオレはソファーに腰掛けてテレビを見ていて、真奈美は近くで本を読んでいた。


「そう言えばさ、昨日は久しぶりの教室だったけど、体調は大丈夫だった?」


 オレが話しかけると、真奈美は本を開いたままパタリとサイドテーブルに伏せた。


「うん。気胸も治まったし。また、これからも教室がんばってやっていかないとね」

真奈美は笑顔で明るく言った。


「あのさ、教室の事なんだけど。真奈美は続けていきたいって言ってたけど、やっぱりあまり無理しない方がいいかと思うんだ」


「それって、教室、辞めろっていうこと?」 

真奈美の顔色が陰りを含んだ色に変わる。


「……いきなりそういう極論言ってる訳じゃなくて、これからのこと一緒に考えたいと思って。真奈美の身体が心配なんだ」


 ずっと避けてきた話題だった。


「でも、私が教室辞めたら、生活費はどうするの? これから病気の治療費だってかかるかもしれないのに」


「それは……オレが何とかするから」

言うは易く行うは難し。実際の策はこれから考えるのだけど。


「気持ちは嬉しいけど、楓一人に負担をかけたくないの」


「そんな……病気なんだから、俺にも頼ってよ」

オレが頼りないことなんて、自分でもよくわかっているけどさ。

 

「楓も……無理しなくてもいいんだよ」

真奈美は視線を落として、呟くように言った。


「別に。無理なんてしてないし。それ、どういう意味?」


 何だか意味深でトゲのあるような言い方をされて、少し声を荒げてしまった。


「私、一生治らない病気なんだよ。進行性だからこれからどんどん悪くなっていく。しかも子どもだって産めない」


 真奈美は涙を堪えた様子で、振り絞るようにそう言った。


「そんなこと、わかってる」


「楓は、子どもが大好きだし、ずっと欲しいって言ってたよね」


「それは前に言ったけど」


 しばらくの沈黙の後、真奈美は僕の方を向いて目を涙で潤ませながら言った。


「私、別れてもいいよ」


 そして、次にうつむいた。僕と目を合わせようとしない。真奈美の涙がポタリとしたたりり落ちて、真奈美の着ている水色の服に藍色のシミを作った。


「私達、別れましょう」


 オレは返す言葉を失って、呆然と真奈美の姿を見た。本心で言っている訳ではないと思う。オレを気遣っての言葉なんだと思う。


 でも……


 真奈美は一人で抱え込んで、一人で悩んで、一人で結論を出して……オレって一体何なんだろう。真奈美の夫なのに、全然夫らしくない。少しは頼ってくれてもいいのに。一緒に考えていきたいと思っているのに。





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