第5話 ミステイカーズ
景気の悪い話ばっかりしてしまって、湿っぽくなってしまったので、ここらでちょっと過去の栄光の話でもしておこうかな。
こんなオレも若い時は、メジャーで活動していたこともあったんだ。オレのことを知っている人も、もしかしたら日本中を探せば一定数いるだろう。昔、ファンをしてくれていた方とかね。今は道で声をかけられることは久しくないし、気楽なもんだけどさ。
エゴサーチというのはあまり興味ないのでやらない。過去のことはもういいかなと思っている。
顔の見えないネットの世界では、みんな好き放題だしね。いい事言う人もいるし、毒を撒き散らす人もいる。オレのこと褒めてくれる人もいれば文句言う人もいるだろうからね。
褒められたら嬉しいし、今でも歌を聴いてくれる人がいたらさらに嬉しいに決まっているけど。
でもね、これは絶対だと思うんだけど、今でも聴いてくれる人は、いる。オレは勝手にそう思ってる。オレがそう思うんだから、いるよ。幸せな奴だな、って笑われるかもしれないけど笑いたい奴は笑えばいいのだ。
メジャーで活動していた時のバンド名は『ミステイカーズ』という名前だった。
名前がよくないって、色んな人に言われてきたけどそんなのは気にしていなかった。オレ達はこの名前に愛着と誇りを持っていたからね。
あの頃はよくこのバンド名の意味を訊ねられた。
この名前はそのまま訳すと『失敗する人』だよね。
失敗は成功のもと、だし。若いうちはどんどん失敗しろってとく言うよね。
そういう意味も踏まえて、この名前から『人間は不完全でいいんだ!』っていうニュアンスを感じてもらえればと思ったんだ。
なんとなくその場のノリで付けた名前だったけれど、あの時のオレ達にはピッタリな名前だったかもしれない。
デビュー当時、オレ達は十八歳だった。オレはボーカル担当。他のメンバーはギター、ベース、ドラムの四人グループだった。
ミステイカーズは、三年ぐらいは活動したかな。ラジオ番組によく出演させてもらっていて、そこから広げられた感じだった。音楽雑誌にインタビュー記事を掲載されたり、テレビにも短いのも含めてだけれど、たぶん五〜六回ぐらい出たと思う。
ミスティカーズが解散した後、ソロでまたメジャーデビューして、その三年後インディーズのバンドやって、また解散して、ソロ活動やって……ってな感じで、なかなか波乱万丈にやってきたのだ。
自分の好きなことを続けられることは、幸せなことだと知っている。バンドをやったり、ソロで歌ったりしていたけれど、結局オレは自分の曲を作ること、それを歌うことが好きなんだ。歌うことが生きることだった。歌えていたら満足だった。
一方で、ずっとこのままでいいのかなという気持ちもずっとあったんだ。
ちょうど同時期の2020年初頭に流行病のコ口ナで世界がパニックになっていたのは記憶に新しいだろう。あの時はライブなんてなかなかできる状態ではなくて、オレは途方に暮れた。
もう潮時かもしれない、ここまでかなと諦めの気持ちも出てきていた。それでも色んな思いが相まって、前にも後ろにも進めなくて動けなくなっていたんだ。
そんな時に、僕達に更なる試練が訪れた。これが、僕達の移住決断の二つ目の理由で、決定的な理由だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます