第9話 怒り

 その言葉を聞いた途端、真奈美は「わぁーん」と声を上げて手で顔を覆いながら泣き出した。


「お前、そんな言い方ないだろうが」


 オレはその瞬間立ち上がって、その眼鏡の医者につかみかかった。


 立ち上がると同時に椅子がガターンと大きな音を響かせながら倒れた。


 その音を聞き付けて、隣の部屋から看護師さんが飛び込むように駆けつけてきた。


「楓、やめて!!」


 真奈美と看護師がオレの腕を掴んで引き戻そうとする。


「ふざけんなよ! 真奈美に謝れよ!」

医者は下等生物でも見るような目でオレを見下している。


「楓、落ち着いて。お医者さんは何も悪くないよ」

目を真っ赤に腫らして、泣きながらオレを必死に

制止しようとする真奈美。


「言い方に配慮が足らなかったとしたら、申し訳ございませんでした」

事務的に頭を下げるインテリ眼鏡ヤロウ。


「謝っても許さねーよ」

後先考えず、我を失って怒り狂うオレ。


「古瀬さん、一旦ここを出ましょう」

一番冷静なのは漫画を買ってきてくれた看護師さんだ。彼女はオレの腕を引っ張り診察室の外に出るよう促した。



 しばらくは無言の放心状態で待合室のソファーに座って、くうを見つめていた。


 オレは早く頭を冷やさないといけない。


 診察室での先ほどの現実感のないやり取りが頭の中で何度も自動再生されては消えていった。


「楓、ごめんね」


「ん……オレの方こそ。かっこ悪いとこ見せちゃってごめん」 


 少し時間が経って、自分の衝動的な振る舞いを客観的に見返すことができた。オレは不器用で不様ぶざまだ。


「ううん。楓が怒ってくれたのも嬉しかった。私を大事に思ってのことでしょう?」


「そりゃあ……そうだけど」

オレはもう三十六のおっさんなのだ。あんな少年みたいなことしちゃいかんのだ。


 真奈美は優しい。いつまでも大人になれないオレのことをそのまま受け入れてくれる。


「楓に相談しないで、勝手に不妊治療の病院に行ったりして、ごめんね」


「あ……うん。いいよ。オレに言いづらかったって事でしょ?」


 言いにくい空気を作っていたオレの方にも問題があったかもしれないし?


 真奈美はうつむいたまましばらく黙り込んでしまった。

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