第8話 リンパ脈管筋腫症

 これまでに聞いたこともなかった病名で、何度聞いても覚えられない。


 オレ達はコ口ナの隔離病棟から解放されて、そのまま診察室に呼び出された。さっきまでの厳重な監禁はなんだったんだ、というぐらいあっけない解放だった。


「マスクは……しておいた方が良さそうですね」

「はい、お願いします。奥さまもいらっしゃいますので」


 漫画の買い出しに行ってくれた看護師さんに、これまでのお礼をして診察室へと案内された。待ち合い室に真奈美がぽつんと座っていた。たった四日ぶりなのに少し痩せたように見えた。真奈美はオレの存在に気付くと少し表情を緩ませて、オレの名前を呼んだ。


 医者の話によると、この『リンパ脈管筋腫症』という病気は国の難病に指定されている進行性の病気だった。百万人に二〜五人という非常に稀な病気らしい。真奈美は宝くじに当たるような確率で、どうしてこんな病気を引き当ててしまったのだろうか。


「この病気は、ほとんどが妊娠可能な年齢の女性に発症します」


 オレと同じぐらいの年齢と思わしき男の医者は、眼鏡のフレームを指で押し上げながら、説明を続けた。


「はい」

真奈美が答える。


「妊娠や出産、女性ホルモンの服用などで、症状が出たり、悪化すると言われていますが、失礼ですがそういったお心当たりはありますか?」


「妊娠は……してないと思います。女性ホルモンの服用は……」


 真奈美が口籠くちごもって、オレの方を見た。その目配せがどういう意味なのかがわからず、反応に困惑する。真奈美は少し考えるように間を置いたあと少し緊張を含む声で言った。


「今、不妊治療で産婦人科に通っているので、そこで出されたお薬に女性ホルモンが含まれていたかもしれません」


 それを聞いてオレは反射的に声が出てしまった。


「えーー? 何それ??」


 不妊治療とかそんなの初耳だぞ。


 びっくりして、大声で聞き返してしまったので、医者が気まずそうな表情になり、オレの方は見ないで、眼鏡のフレームを押し上げながら話を続ける。


「その薬が症状の出現と関係しているかもしれません。現在はその薬は飲んでいないですね?」


「はい。月経のサイクルを整える薬だと聞いています。ここに入院してからは飲んでいないです」


「では、その薬の服用は今後一切辞めてください」


「はい……」


 二人の会話は続いているが、全く話についていけないで、オレは一人置いてけぼりだった。不妊治療というワードに頭を殴られたようなショックを受けて、思考が麻痺したみたいにフリーズしている。


 続いて、その眼鏡の医者は感情のこもらない平坦な声で何かを読み上げるように言ったんだ。


「大変残念ではありますが、妊娠すると病気の進行が早まりますので、妊娠は諦めた方がいいでしょう」










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