第3話 「なんで雨が上がると虹が出るの?」

第3話 「なんで雨が上がると虹が出るの?」



いったいあの子は誰なんだ・・・。

俺は家に帰り、学校に遅めの欠席連絡をすました。

シエルの件を話すべきか悩んだが、この事態を説明するのは長くなると感じたので、さらっとごまかした。

ソファに腰かけ、シエルのことを考える。

まさか偶然にも助けた人が身元不明の記憶喪失の女の子だとは誰も想像できなかっただろう。

病院にいる以上少女の身に何かあるってことはないだろうが。

問題は退院してからのことだ。

警察を頼っても行く当てがないなら、むしろこのままの方がいいのではないか。

日本中を探し回って家を探すか。

しかし、あの白髪と色白さ、そもそもこの日本に住んでいるのかも怪しい。


予想外の状態すぎて困惑してしまう。

はぁ、少し疲れたな。

なれない状態と緊張感のある病院にいたせいか、ソファにもたれるとどっと疲れが湧いてしまった。


すこしだけ寝よう。


どうせ学校はさぼっているんだし、少しくらい昼寝したっていいだろう。


俺はそのままソファに身体を沈ませ、目を閉じた。



***



夢を見ていた。

何歳かわからない。

遠く忘れてしまった記憶を見ていた。


「ままー!こっちこっち!」

「ま、待ってよ~。」

子供は小高い丘の草原を目指し、元気いっぱいに手を振る。

セミの声がじりじりとなり響き、草原の芝生は先ほどまで降っていた通り雨で湿っているようで、子供はぴちゃぴちゃと音を鳴らしながら草原を踏みしめている。

息を切らしながら歩く女性を気にせずに、無邪気に呼んでいる。

「もう~、遅いんだから~。早く来てよ、見せたいものがあるの。」

「え?なに~?」

ゼエゼエと息を吸いながら女性は子供の顔を覗いた。


「これだよ!見て!」


そこには空一面に広がる虹があった。

雨上がりの青空を包み込むような大きな虹だった。

丘のてっぺんから見たそれはまるで空に続く橋に見え、手を伸ばせば届きそうなほどだった。


「わあ、すごい虹だね。大きいね~。」


女性も感動し、空を見上げながらつぶやいた。

まっすぐに見つめる女性の瞳には小さな虹が反射して映っている。


「まま、なんで雨が上がると虹が出るの?」


「え? うーん、そうだね。」



子供の無邪気な質問は時に大人を悩ませる。



「え・・・。まま、わからない・・・? ままは何でも知ってるって言ってたのに。」

純粋なまなざしが痛く刺さる。


「うーーん、そうだなぁ。

空の上にはね、神様が住んでいるの。

神様はいつも私たちを見てくれて、事件が起きないようにみんながケンカしないようにって私たちを守ってくれているの。

でもね、神様が寝ているときとかトイレ行っているときとか、目を離したすきに私たちがケンカしちゃうときがあるの。

ほら、最近だってままとケンカしちゃったときあったでしょ。」

「う・・・、それはもうごめんなさいしたのに。」

「誰かがケンカしちゃうとね、せっかく見守ってきた人間たちがなかよしになってくれない!っていって神様はすごく悲しくなって泣いちゃうんだよ。

泣いて泣いて、止まらなくて、それが雨になって私たちに降ってきちゃうんだ。」

「雨が降ったときはかなしいきもちってこと?」

「そうなの。

だけど、時間がたって、ケンカしていた子たちが二人でごめんなさいするでしょ。

この前もままとごめんなさいしたよね。」

子供はこくっとうなずく。

「そうしてなかなおりすると、神様は悲しくなくなって泣かなくなるの。

そしたら雨がやんで、「神様が、ああよかった、平和な世界に戻ったなあ」って思って虹をかけるんだよ。

つまり、虹っていうのは空にいる神様が笑顔になった合図みたいものなのよ。」

「そうなの? てことは今、神様はしあわせ?」

「うん、とっても幸せなんだよ。だってこんな大きな虹を作ってくれているんだもの。」

「うん、神様も笑ってくれてるんだね!」

子供は笑顔で空をもう一度見る。大きな虹が二人を覆っている。

「だからね、もしお友達が「ケンカしちゃったときはだめだめ!ケンカは良くないからごめんなさいして!」って止められるようにならないといけないのよ。

それと辛くて泣いているお友達がいたら、声をかけてあげて仲良くしてあげないとだめよ。

神様はみんなが仲良くしてくれるのが大好きなんだからね。」


「うん! 絶対にたすける!

僕がみんなを幸せにするんだね。」


そう決心する子供に女性は笑いかけ、頭を撫でた。

虹の間からは太陽がのぞき、雲一つない快晴が小さな決意を祝福しているかのようだった。

「さて、そろそろ家に帰っておやつの時間にしましょう。

今日は何食べたい?」


「アイス食べたい!」


「うん! わかったわ、買って帰ろうね。」


「うん!」


二人は手を繋いで丘を下りた。



懐かしい夏の日の思い出、いつの日かわからない遠い遠い話。



***



プルプルプル・・・

プルプルプルプル・・・

プルプルプルプルプル・・・


俺は着信音で目を覚ました。

よく分からないが、とても懐かしい夢を見た気がする。

久しぶりに母親の夢を見るなんてな。

母は俺が小さい頃事故で亡くなったそうだ。


だから母との記憶はほとんどないのに。


この夢も正夢か俺の抱いた幻想なのかも定かではないのだが。



なぜか、俺は涙を流すほどに恋しい気持ちになっていた。

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