影幽譚~英雄とは語られずに~

亜未田久志

Beyond the Shadow

第1話 それは日常に潜む影


『えー本日、××県○○市内にて天原学園の生徒の惨殺遺体が再び発見されました。これで三度目であり、警察は犯人を捕まえるべく――』

 そこでテレビの電源を落とす。焼いたトーストを噛み潰すと黒曜石のような少年は学生服に袖を通した。

「よし」

 鞄を持ち、家を出る。そこはアパートメントの一室の扉だった。隣の家の女性が少年に挨拶する。

「あらレオンくん! おはよう」

「ええ、奥さんもおはようございます」

 慣れたやりとり。そのまま通路を通り、階段を降り、一階に着く。目の前の道路の端を歩いているとレオンと呼ばれた少年と同じ制服を着た少年少女が増えてくる。

「おはよーレオン」

「黒尾さんおはようございます」

「ああ、おはよう」

 何人かのクラスメイトに声をかけられる。それを何の気なしに返答していく。

「よっすレオン! また起きたな」

勝佑しょうすけ……その話はよせって」

「だってよ、被害者は他ならぬ――」

「はいそこまで」

「もごっ」

 そう、今、世間を騒がせている連続殺人事件の被害者は皆、黒尾連音くろおれおんが通う私立天原学園の生徒なのだから。

「お前、なんか知らねーの」

「知ってたら通報してる」

「そうじゃなくてさー」

「その話も無しだ」

「ちえー」

 今、天原学園の生徒は皆が怖がっている。次は自分かもしれないと。だからかあえてその話題を避けているのは。自らしようとしてくるのは勝佑のような馬鹿かもしくは――

「あら、レオンくん」

「やあ生徒会長」

「もう一花かずはでいいのに」

「ヒュー」

 口笛を吹く勝佑を小突くレオン。生徒会長である条奏院じょうそういん一花とレオンは浅からぬ仲ではあった。と言っても生徒会書記と会長という間柄なだけなのだが。

 そんな通学路のやりとりが終われば学園に着く。各々がそれぞれの教室に分かれていく。レオン、勝佑、一花は同じクラスである。

「今日も叶さん来てないのね」

「ああ……不登校、なんだっけ」

「不良だ不良ー。髪の毛真っ金々なんだぜ?」

「勝佑、お前、友達なのか?」

「いんや、休日にコンビニで見ただけ」

「じゃあ不良だと決めつけるのはよくないわね。今時、髪色なんて自由だわ。少なくとも天原学園ではね」

 そんなことを一花は言う。天原学園は自由な校風で有名だ。だが今時珍しい名家と呼ばれる条奏院家の令嬢たる一花が通うほどのブランド力も持つ。芸能人も在籍していることで有名なのだ。

 話をしていればあっという間に着き教室に辿り着きそれぞれの席に着く。季節は秋、席替えも済み、今、レオンの隣の席には一花がいた。

 白百合のようだ。

 そう彼女を例えた人がいてレオンもそれを否定はしなかった。

 出来ることならこんな日常が続けばいいのにと思っていた。


 ■■■


 夕景の空、影が長く伸びる時間帯。

 レオンは一人、通学路を離れ、帰路を離れ、路地裏へと歩みを進めた。

「やっぱりここにもいる」

 それは野良犬に見えた。痩せ細り、牙を剥いた狂犬に見えた。ただ一つ。その色を真っ黒に染めている事以外は。

「残影……誰が放っている?」

 影の犬が吠える。それに対してレオンはカッターナイフを取り出すと己の手首に突き刺した。

「投影ッ!」

 血の代わりに影が噴き出る。薄い薄い刃が手首から生える。

 この影の犬も、レオンの出した影の刃も、全ては影幽えいゆうと呼ばれる力である。

 人類が潜在的に所持しているとされており、それを引き起こすには特殊な手段アクションが必要とされている。それは人それぞれ異なり、レオンの場合はであった。

 影の犬とレオンの刃が交差する。真っ二つに斬れる犬、その影は霧散し死骸も残らない。

「はぁ」

 刃の方もレオンが力を抜くと同時に霧散する。

「天原学園生徒連続殺人事件の犯人は絶対に影幽遣いだ……なのにどうして尻尾も掴めない? 今の犬もカモフラージュか? それともいくつも残影をばら撒いている? だとしたら相当な遣い手……」

 一人、ぶつぶつと路地裏で考察している。影幽には種類がある。影を無機物に変える「投影」影から有機物を生み出す「残影」影で世界を支配する「影響」の三つ。今回の事件の犯人はその内の残影の遣い手だと決め打ちして操作している投影の遣い手であるレオン。

 彼が影幽遣いになったのは幼少期の頃、影幽同士の戦いに巻き込まれ瀕死になったレオンと彼の父親。

 レオンの父は自分も瀕死だというのに息子のために影幽を使った。そうして父親は死に息子は命と影幽を受け継いだ。

 だからだろうか。

 レオンが人の生き死にを人一倍気にするのは。それに影幽が絡むとなればなおさら、か。考察を一旦止めると少年は歩みを進める。足で犯人を捜そうと切り替えたのだ。そうして片っ端から天原学園の生徒の家の近くを順繰り巡っていく。例え徒労に終わろうとも。被害者が出なければいい。そう想いながら。


 ■■■


 次の日の朝。

 ニュースには四人目の被害者の名前が載った。

 例に漏れず天原学園の生徒だった。

 レオンは一人静かに慟哭する。

 矛盾ではない。沸騰寸前の怒りが確かにそこに在るのだ。

「絶対に捕まえる。一刻も早く」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る