第2話②
迎えた放課後、しつこく付いて来ようとする柊人を巻いて、荷物を持って教室を出る。
廊下を進み階段を登っていくと、屋上に繋がる扉が現れる。
(そういえば、屋上って開放されてたんだな)
そんな事を考えながら少し重めの扉を押し開けると、五月らしい爽やかな風とともに、一人の少女が蒼生を出迎える。
「来ていただきありがとうございます」
呼び出した本人、天音が丁寧に頭を下げる。
あたりに人はおらず、これなら変な噂が立つこともないと安心した蒼生は、ゆっくりと落ち着いた足取りで天音のもとに歩いていく。
「とりあえず来てみたが、なにか用か?」
青いから切り出すものの、天音はなかなか口を開かない。
「・・・・・・・・・その・・・私と、えと、つ付き合ってくだしゃい!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
まさか柊人の予想が的中したのか、そもそもなぜ天音が、てかそこで噛むのか、など蒼生の頭の中はあまりの情報の多さにパンクしてしまう。
「本当は君なんかにお願いしたくはないのですが」
どうやら蒼生にはお願いしたくないらしい。告白しておいて?とは思うが。
いまだに思考が戻ってこない蒼生をよそに、目の前の少女は言い訳のようなものを続ける。
「仕方なくと言うか、やむを得ずと言うか――」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。何が起こってるのかまったくわからないんだが?もう一回言ってくれるか?」
「もう一回ですか?私と付き合ってほしいと――」
少し冷静に言って気づいたのか、先程までの勢いは途端に萎れ、放課後の夕焼けのごとく首まで真っ赤になる。
「あ、えと、その、うぅ・・・・・・」
今にも消えそうなくらいヘナヘナになってしまっているが、蒼生も何がなんだかわかっていないので、とりあえず事情説明を求める。
「・・・実は昨日のお使いの後、母に話があるって言われて」
天音の話をまとめると、
六月の初頭から父親の仕事の関係で両親とも出張に行く。
期間は現段階では半年で、更に伸びてしまうかもしれない。
しばらくは一人で生活してもらうことになる。
ということらしい。
「昨日のお使いは私が一人暮らしできるかを試すための試験的なものだったらしくて、母もこれなら安心ねと喜んでいたので、君に手伝ってもらったことを言い出せなかったんです。それに今更私のせいで迷惑かけたくもないですし・・・」
決まってしまっていることを自分の心配のために無理を言うのは申し訳ないと考え、その結果、お使いを手伝ってくれた蒼生に助けを求めたという。
「その、私が一人暮らしできるよう準備とかに付き合ってほしくて・・・」
「えっと、つまりは一人暮らしせざるを得ないけど、今のままじゃ生活できないから助けてほしいと」
天音は恥ずかしそうに小さく頷く。
蒼生は心の底から大きなため息をつく。
「紛らわしい言い方を・・・」
「すみません・・・」
とにかく天音の要件とは一人暮らしのためのお手伝いをしてほしいということで、柊人の予想は見事外れてしまった。
「まあ昨日のあの様子見たら、親も安心して出張行けないわな。ちなみに具体的に何を手伝ってほしいんだ?」
「一応家事のあれこれについては母の伝手でお手伝いさんが来てくださるそうですので、その前までに基本的なことを教えていただきたいなと」
「別にその時に教えてもらえるんだから今やらなくても・・・」
「知らないって言ったら恥ずかしいじゃないですか!」
天音にもプライドがあるらしく、家事ができない自分を恥ずかしく思っているらしい。
「まあ教えるくらいならすぐできるか。何か書くものはあるか?」
「一応ペンとメモ帳は持ってきました」
やる気はあるようで、しっかりメモの準備はしていた天音に、蒼生は家事の基本的なことを教えていく。
「教えると言っても、北野の家でどんなことをやってるかわからないから全部は教えきれないが、まあ重要事項だけまとめておく」
そうして十分ほど掃除や洗濯についてのやり方やコツを説明していく。
天音は必死にメモを取り、わからないところは質問をするという、さながら授業を受けているような様子で、蒼生は彼女が真面目で努力家であることを目の当たりした。
「大事なのはこのくらいだな。あとの細かいことはそのお手伝いさんに聞いてくれ」
「ありがとうございます。助かりました」
そう言って天音は深く礼をする。
「これくらいなら遠慮せず相談してくれていいよ。そういえばお手伝いさんはいつから来るんだ?」
「私も詳しくは知らないのですが、日程はこのあと、その方のお家に伺って決める予定です」
「そうか」
蒼生はこのあと天音と対面するだろうお手伝いさんに心のなかで声援を送る。
掃除洗濯については説明したが、料理についてはまったく話していないので、そこはお手伝いさんに頑張ってもらいたいところだ、と人ごとのように考える。
「では私はこれで」
こうして二人は一度、別れたのだった。
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