第1話②

 休み明けの日の朝。蒼生は教室へ向かう最中に何やら人だかりができているのを見た。

 その中心には天音の姿があった。

「ショッピングセンターで変な男に絡まれたって聞いたけど、大丈夫だった?」

「はい。少し怖い思いはしましたが、助けていただいたので」

 どうやら昨日のナンパ事件について話しているらしい。このあたりでは人がよく集まるショッピングモールだったため、たまたまあの場に居合わせていた人がいたのだろうか、話は瞬く間に広まった。

 数人の女子生徒に囲まれて受け答えをする天音の様子は、やはりショッピングモールでのものとは大違いで、蒼生と話したときの挙動不審さはまるでない。皆の前では誰もが認める優等生である。

「目つきの悪い人がナンパ男を撃退したってやつ?」

「ええ。お礼を申し出ましたが、足早に去ってしまいました」

「えー!北野さんにお礼してもらえるっていうのに、変なのー」

 どうやらその目つきの悪い人というのが蒼生だということまでは知られていないらしい。

 ホッとしつつ天音の横を通り過ぎる。そのとき、天音と一瞬目が合い、その目はもの言いたげなものだったが、他の生徒に話しかけられるとすぐに、いつもの笑みを周りに向けていた。


 蒼生は教室に入ると読書を始めた。

 やはり周囲の生徒の話題は天音のことで持ちきりだったが、当事者とも言える蒼生は我関せずを貫く。自ら名乗り出ても面倒が増えるだけなのだから。

「よっす伊達」

 声と同時に読んでいた本に影がかかる。

「・・・真田か。おはよう」

 声と影の主は蒼生の友人で前の席に座る、柊人だった。

 手元から少し顔を上げて答えたあと、すぐに目を本に戻す。

「つれないなー伊達は。そうやって本ばっかり読んでるから人が近寄らないんだよ。もっと周りに興味を持て。愛想よくしろ」

「余計なお世話だ。それにお前だって他とあまり話さないだろ」

「・・・それはまあ、ね?俺だって本は読みたいしさぁ」

「はぁ・・・そっくりそのまま返すよ」

 二人はそう軽口を叩く。

 蒼生と柊人は席が近いだけでなく、読書という共通の趣味を持っている。

 休み時間も人と話すよりもその趣味を優先した結果、嫌われたり仲が悪い訳では無いが、いわゆる中心グループからは離れている。

 蒼生はこの意味のないような軽い言い合いが嫌いではなく、むしろ柊人との会話を楽しんでいた。

「にしても今日は朝から騒がしいな。なんでも女神さんが昨日ナンパされたらしいぞ」

「女神?・・・ああ北野のことか。あいつも大変だろうな。学校来て早々に廊下で質問攻めに遭ってるんだから。」

「あれ?伊達が珍しく乗っかってきた。普段なら興味ないとか言って流すのに、どした?」

「別にいいだろ。俺だって人のことを憐れむ気持ちはある」

 確かに今までクラス内で天音の話を聞いても、特になんとも思わなかったし、柊人からその手の話題を振られても興味ないと一蹴していた。

 しかし昨日の事があったからか、蒼生は以前よりも天音のことを意識していた。特に名前を言った後の不自然な反応が気になってしまう。

 しかしその意識はあくまでこういう人がいるんだな、という程度ではある。

「なーんだ。てっきりお前も女神親衛隊ゴッドネス・ガーディアンにでもはいったのかと」

「ゴッドネス・ガーディアン?」

「あれ、知らないのか?まあ表立ったことはしてないからな」

 柊人がいうには、女神親衛隊ゴッドネス・ガーディアンとはその名の通り、学年の女神である天音を守ろうと、勝手に男子たちが創ったファンクラブのようなものだという。

 まだ入学して一ヶ月しか経っていないというのに、学年問わず多くの男子が入隊しているらしいが、あくまで非公式である。

「これまた胡散臭いし、センスの欠片もないな」

「言ってやるなよ。まあ結構厄介なやつもいるらしいし、女神さんと接しようと思ってるなら気をつけたほうがいいな」

「だから俺は別に興味ないっての」

「へいへい、そうですかー」

 前言撤回。柊人のこういう余計なところは好ましく思えない。

 ニヤニヤしながら余計な忠告をしてくる柊人を睨みながら、蒼生は心のなかで厄介事に巻き込まれないことを祈る。何事も平穏が一番だ。

 しかし、人生はそんな都合よく進まない。

 油断した蒼生にまた面倒事が待っている。

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