第3話 そういうキャラ


 ある意味で僕は、とんでもなく自己中心的な人間なのかもしれない。


 クラスメイトとは決して仲が悪いわけではないし、積極的ではないにしろ会話や、授業で行われるグループワークでは必要に応じて意見を披露する事もある。


 受動的ではあるけれど、能動的に動けない訳ではない。

 消極的ではあるけれど、積極性が皆無というほど無気力でもない。


 与えられた環境の中で淡々と、何にも逆らわず毎日を過ごしているだけ。


 でも必要がないなら――僕は何もしない。

 誰に対しても、どんな事柄に対しても。


「久世橋って、なんかそういう感じのキャラだよな」


 クラスで孤立していないからこそ聞けた言葉だった。


 変わり者、不思議な奴。小さな笑みを帯びて言い放たれた言葉のニュアンスは、どちらも齟齬そごがないように思う。面と向かって確認する勇気はなかったが、クラスメイトの言う“そういう感じのキャラ”であるという認識は、僕自身も認めるところだった。


 他人がどうでもいいのかと問われれば、それは違うと否定したい。したいけれど、本当のところどうなのかは、今でも掴みあぐねている。


 どうでもいいという言葉の範疇はんちゅうが、僕にはとてつもなく、広く思えたから。


「たまに、考える時があるんだ」


 ひと息いれるついでにドリンクをすする。小春さんが勝手に飲んだおかげで残りはあと少ししかない。


 慣れない自分語りを終わらせようと、僕は頭の中で話すべき言葉を整理する。


「誰と誰が付き合ったとか、勉強や部活で成績が何位だったとか……友達がいるとか、いないとか。そういうこと全部に対して、これからも『へえ、そうなんだ』って風にやり過ごしちゃうのかなって。過度に関わりたいわけじゃないんだ。ただ毎日毎日、バスや電車で運ばれるみたいに何となく過ぎていくから……抵抗あるなって」


 今朝の自分を思い出す。制服に袖を通し、いつものようには歩かない、歩けない通学路。


 今日もまた、昨日と変わらない一日を送るのだろうか。バスに乗って、学校で勉強して、放課後になれば家に帰る――そんな日常に、ヒビのひとつでも入れられたら。


 時折、人並みに苦労する事はあれど、つつがなく過ぎていく毎日は疑問を抱かせるのに十分だった。


 ちっぽけな反骨心は魔が差したと言う他なく。


 だから僕は、悪いことがしたくなった。


「――ごちそうさまでした」


 小春さんがストローから口を離す。カップの中身は、もう空になっていた。


「意外でした。まさかその年齢で、くたびれたサラリーマンのような悩みを持っていたとは」

「く、くたびれたサラリーマン……」

「でもその一歩手前です、今の時生さんは。学校にはちゃんと出席していますか? しているのであれば、一日サボったぐらいどうという事はありません。じゅうぶん息抜きの範疇です」

「……その言葉、そっくりそのまま返すよ。小春さんは学校、大丈夫なの?」


 返す刀で質問をぶつける。先ほどから頭の片隅にあった疑問だ。


 しかし、てっきり脊髄反射で答えが返ってくるだろうと構えていただけに、目をらして作られた間はずいぶん長く感じられた。


「私は、保健室登校なので」


 すとんと腑に落ちた――という程ではないが、ある程度納得はしていた。


 遅い時間に登校していたのは、そのあたりの事情が絡んでいたせいと見ていいだろう。登校時間が普通の生徒と一緒だと、顔を合わせた時に気まずくなる。


 実際に保健室登校を経験した訳ではないが、これまでの学校生活で何人かそういった生徒がいたという話は小耳に挟んだことがある。


 中学生だった頃、別クラスの教室には、やけにきちんと揃えられた椅子と机があった。


「時生さんは普通に見えますが」

「あ……まあ、そうだね」

「普通のサラリーマンに見えます」

「そっち?」


 触れるべきか、触れざるべきか。考えているうちに小春さんは会話のボールを投げてくる。


 初対面にも関わらずここまで打ち解けられた――と少なくとも僕は感じている――経験は、今まで生きてきた中ではあまりない。


 率直に言って、小春さんは変な子だ。


 けれど真面目な話にはちゃんと耳を傾けてくれるし、会話のテンポも独特だが、かえって僕には新鮮に感じられた。ただ、勝手に人の飲み物を飲むという行為は、ユニークとはまた別枠の気がするからやめてほしい。


 椅子の背もたれに背中を預けると、いつの間にか賑々にぎにぎしさの増していた店内に気が付いた。時計の時刻は、もうお昼前を指していた。


「小春さん、時間」

「ええ。そろそろ出ましょうか」空のカップを手に立ち上がり、「午後からは通常運転です」


 束の間の非日常から現実へ、浮ついていた意識が無慈悲にも引き戻される。


 だというのになぜだろう、カフェを出る時の僕の心持ちは、すこぶる晴れがましいものに変化していた。午前中をほぼ丸々サボりに費やし、開き直ってしまったせいだろうか。


 人通りの増したアーケード街を抜けて仙台駅の東口へ。僕の通う学校とは離れているが、小春さんの通う女子高も同じく東口側にあった。


 ロータリーを抜けて横断歩道を渡り切り、私はあっちなのでと小春さんが進む方向を指さす。


「ありがとう、小春さん」


 日の光を含んで淡くきらめく金髪が、風にそよいでふわりと揺れる。僕らの視線が重なった。


「サボれてよかった――なんて大きな声じゃ言えないけど。でも、話せて良かったって気持ちは本当。僕一人だったら絶対、ここまで思い切ったことは出来てない」

「ぬっ、なんだか悪人のように揶揄やゆされたような気もしますが……私の心は宇宙なので気にしません」


 不服そうな顔から一転、小さな笑みが小春さんにともる。


「プロは午後まで潰すそうですが、今日は半分で許してやりました。次は時生さん一人でもいけるでしょう」

「それはどうかな……まあお互い、低空飛行で頑張ろう」


 つくづく奇妙な出会いだと思った。


 いつもより遅れたバスで小春さんと出会い、サボりに誘われ、普段することも無い自分の話までしてしまう。それが小春さんの持つ魅力のせいなのか、あるいは非日常的なひと時に、僕が酔っていたからなのかはまだ分からない。


 ――学校に行こう。


 吐きだした気鬱きうつが風に消える。


 まどろみを含んだ、正午の風だった。

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