第51話 危機と悲鳴

「――――わぁお、マジでギリギリ」


 白い八重歯を見せ笑い、黒田は顔を上げた。

 そんな彼の身体に傷は増えていない。


 「よっと」と立ち上がる黒田の目線の先には、驚愕の表情を浮かべている二人の姿と、上半身がなくなり姿を保てなくなってしまった氷柱女房。


「し、氷柱女房……?」


 上半身を失い、下半身しか残っていない氷柱女房の背後には大きな化け物の顔。


 黒くギロッとした瞳で、怯えている二人を見下ろした。


「なぜ、ここに魁が……」


 姿を保てなくなった氷柱女房は、スゥと姿が消える。

 残ったのは、破れたお札のみ。


『こやつらで最後だ、喰ろうても良いな?』


 魁が、誰かに問いかける。


 何が起きたのか理解出来ずにいると、森の奥から二人分の足音が聞こえた。


 目線だけを向けると、御子柴達にとっての目的の人物二人が木々の間から姿を現した。


「まだ待って。呪いをかけていないから」


 低く、力が抜けるような声で魁を押えたのは、片手に最古を抱き汗を拭いている犬宮。


「賢、無事だったか」


「それはこっちの台詞。呪異は大丈夫なの?」


 黒田の傷を気にしつつも、凍り付いている呪異を見て犬宮は聞いた。


「あぁ、問題ねぇよ。ほれ、出てこい。一人で涼んでんじゃねぇわ」


 氷を黒田がコンコンと叩くと、じゅぅぅぅうと、黒い煙が現れ氷が溶け始める。


 氷が水になり地面を濡らすと、呪異が何事もなかったかのように現れ、周りを見回いた。


『――――涼しかった』


「マイペースだね」


 犬宮の声が聞こえ、呪異はグルンと首を動かし彼を見た。


 無いはずの目を輝かせ、子供のように陰陽頭達の隣を通り過ぎ犬宮へと向かう。


「久しぶり、元気そうで良かったよ、呪異」


『すぐも、元気そうで良かった』


 呪異は犬宮の事を昔から”すぐ”と呼んでいた。


 理由は不明、呼びやすいからだろうと黒田と犬宮は思っている。


 仲良さそうにしている二人を見て、やっと現状を把握できて来た御子柴と陰陽頭は振り向いた。


「一体、何が起きた。なぜ、こんな所に魁がいる。呪異とは、なんだ」


「質問は一つにして欲しいんだけど、いいや。まず、魁について説明してあげる」


 魁を手招きすると、素直に犬宮の隣まで移動して来た。


「魁は俺の血を渡す代わりに、俺のために動いてくれているの。等価交換だね」


 魁の頬を撫でながら、犬宮が説明を始める。


「それで、何故ここに居るかなんだけど。討伐対象である陰陽師や巫女が本堂から居なくなったから。最後の二人となったお前らを狙う為にここまで来た」


 冷静に話す犬宮、黒田も邪魔しないように近くの木に背中を預け見届ける。


「次に呪異について。こいつは黒田の相棒らしい。黒田の為なら何でもする。恐力きょうりょくな仲間。そして、俺の復讐を達成させるためには重要な人材」


「復讐だと……?」


 犬宮の言葉を陰陽頭は、片眉を上げ聞き返す。


「忘れたなんて言わせない、十年前の出来事を。俺は、絶対に許さない」


 最古を下ろし、犬宮は表情を隠すように顔を下げた。


「俺にしてきたこと、俺の姉にしてきたこと。お前らが、自身のためにしてきたこと全てを今、ここで、返すだけ」


 憎悪の込められている瞳。

 狂気とも呼べるその瞳には過去、自身がされてきた残酷行為が映し出されていた。


「わざわざ生かし、俺達を苦しめやがって」


 血を抜かれ、爪を剥がれ。体を何度も切り刻まれ、殴られた過去。


 感情が高まり狗神が表に出れば、陰陽師達全員で電気を流したり、陰陽術で殺そうとしてきた過去。


 そんな犬宮を見ていた姉、知美は何度も何度も紅城神社に抗議をしていた。


 何度も泣いて、何度も追い返されても、殴られても。


 たった一人の弟のために頑張り、犬宮を救い出すため奔走していた。


 その事も犬宮は知っており、それらの記憶が今、蘇る。


「お前らのせいで、病気になってしまった姉さんに会う事も許されなかった。黒田が居なければ、俺は姉さんの死に目にも会えなかった。お前らは自身の栄光のために、俺達を苦しめたんだ」


 右手を前に出し、御子柴と陰陽頭に向ける。


 犬宮から放たれる空気は殺気というには生ぬるいほどに重く、立っていられない。


 二人は大粒の涙を流し、後ろに後ずさる。

 だが、それは呪異と黒田によって止められた。


「お前らは俺の大事な奴を苦しめた。約束のためにここから動かないでくれ」


『お前らを、呪う』


 黒田は笑顔、呪異は真顔。

 犬宮だけでなく、二人からの威圧にも何も言えない。


 ────ジャリッ


 犬宮が二人の近くまで歩く。

 その時には、狗神が表に出ており、準備が整っていた。


 半透明な犬の耳、尾。

 瞳は黒田と同じく赤く染まっており、炎が渦を巻いているようにメラメラと燃えていた。


「『――――お前らを、復讐の炎で燃やし尽くしてやる』」


 犬宮と狗神の声が重なり、二人分の悲鳴が森に響き渡った――……

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