第52話 悲鳴と処分

「はぁっ、はぁっ」


「心優よ、方向は大丈夫なのか!」


 心優と信三は、自身の方が片付き犬宮達の所へ走っていた。


「大丈夫、こっちな気がするの。女の勘だよ!!」


「そんな無茶な……」


 どこに行けばいいのか分からない状況で自信満々に走る心優に呆れながらも、ついて行くしか出来ない信三は、もう何も聞かずに走り続けた。


 日が傾き始め、辺りが見通せなくなる。

 草木で視界が元々悪いため、今より暗くなる前に全てを終わらせたい。


 必死に走っていると、二人の耳に人の会話が聞こえ始めた。


 ――――あと、もう少し


 そう思った瞬間。



 ――――キャァァァァァァァアァアア



 女性の叫び声。

 この声が御子柴だということは直ぐにわかった。


 嫌な予感が、心優の頭を過ぎる。


 転びそうになりながらも、草木で手などが切れても足を止めず走り続けていると、やっと犬宮達を見つける事が出来た。


「犬宮さん!!!」


 心優が辿り着いた頃には、すべてが終わっていた。


 陰陽頭と御子柴は、犬宮の足元に転がり気を失っている。

 怪我はしているように見えない。


 ただ、魂が抜けたかのように倒れ込んでいた。


 ――――何が起きたの?


 頭が真っ白になっていると、信三が立ち尽くしている犬宮の名前を呼んだ。


「賢、何があった。見たところ、殺してはいないようだが、気を失わせただけか?」


 信三が聞くが、犬宮は答えない。

 ただただ、地面に転がっている二人を見下ろすだけ。


 代わりに黒田が頭をガシガシと掻き、めんどくさそうに心優達へと振り向いた。


「そっちは終わったらしいな。こっちも終わった――いや、終わらせたかったんだが、賢にはまだ早かったらしい」


「早かった……?」


 黒田と信三が話している間、心優は現状を把握しようと辺りを見回す。


 すると、視界の端に最古が映り、近くまで来ていることに気づく。

 心優も駆け寄り、最古の両肩を掴んだ。


「最古君、大丈夫? 怪我はない?」


 最古が心優の言葉に頷く。

 怪我はないとわかり、一安心。


 そうなると今、一番不安なのは動かない犬宮。


 最古の肩を掴みながら犬宮を不安そうに見つめていると、黒田が薄く笑みを浮かべた。


「心優ちゃん、賢は大丈夫、怪我はない。ちょっと、精神的ダメージが大きかっただけ」


 心優の後ろにしゃがみ、黒田が顔を覗き込みながら伝えた。


「――――本当はな、賢はあの二人を完膚なきまでに叩き潰して、殺す事を思い描いていたんだよ。そんな事をしたところで過去を塗り替えられないし、ただの自己満足だけど。それでも、賢は復讐がしたいと動いた」


 心優から目を離し、犬宮へと向ける。


「だが、いざ殺そうとすると、体は震え殺せない。躊躇している間に、二人は賢へ攻撃を仕掛けたんだ。殺す勢いで法術をかました。それを俺と呪異が防いだが、賢は動けなかった」


 よく見てみると、黒田の身体はぼろぼろ。

 所々焦げているところもあり、痛々しい。


「俺が代わりに殺すか聞いても、それは譲らなかった。んで、今は夢の中に送り込み時間を稼いでいるところ。殺す心の準備が出来るまで待ってっ――――おい!!」


 心優が黒田の言葉を最後まで聞かず、何故か犬宮へ駆け出してしまった。

 止めようとしたが、それを信三に止められる。


「今は、娘に任せてはくれぬか?」


「だが、今の賢は今にも堕ちる。あいつは弱いんだ、だから守ってやらねぇと」


「だが、怪異であるお主より、人間である心優の方が寄り添えるんじゃないか? 過ごした時間は主の方が長いと思うが、心の奥に潜む微妙な人間の心は、人間にしかわからんだろ」


 諭すように信三が言うと、黒田は口を噤む。

 視線を二人に向け、拳を握った。


「…………変なことを言ったら許さねぇぞ。心優ちゃんでもな」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 心優が犬宮の隣に立っても、ピクリとも動かない。


 息が荒く、冷や汗が酷い犬宮。

 心優は冷たくなってしまった犬宮の手を、両手でギュッと握った。


 それにより、やっと近くまで移動して来た心優に気づき、赤い瞳を向ける。


「犬宮さん、私の事はわかりますか?」


「…………馬鹿にしてるの?」


「いえ、確認です」


 心優が笑みを浮かべ、地面に転がっている二人を見下ろす。


「犬宮さんは、殺したいですか?」


「当然でしょ。こいつらに俺は、酷い事をされたんだ」


「はい、この人達は本当に酷い事をしてきたと思います。犬宮さんがここまで思ってしまう程に」


 御子柴達から目を離し、再度犬宮を見上げる心優。その瞳は光に満ち、真っすぐ彼を見つめていた。


「でも、犬宮さんが殺したくないのなら、殺さなくていいと思います」


 今の言葉に、一番最初に反応したのは黒田。

 すぐに駆けだそうとしたが、信三に力づくで止められる。


「犬宮さん。復讐は、殺すだけじゃないと思います。殺したくないのなら、他の方法を探せばいいと思います」


 何を言っているのと問うように、心優を見る。

 すると、いきなり心優がニコニコと、笑みを浮かべた。


 犬宮から手を離ししゃがみ、地面に転がっている二人を見て、下唇を舐めた。


「この人達の心を完膚なきまでに追い詰めたり、ただ働きさせたり。それか地下牢にぶち込み死なない程度の生き地獄を見せたり。あぁ、あと何処とは言いませんが抜け出せないように沈めますか? それかカニ漁船やマグロ漁船などにただ働きさせるのもいいかもしれませんね~」


「ふふふふ~」と、悪魔よりも怖い笑みを浮かべている心優を見て、犬宮は唖然。

 目を微かに開き、心優を見続けた。


「…………ふふっ」


 今だブツブツ呟いている心優を見て、犬宮の口元には自然と笑みが浮かぶ。

 口元を手で抑え、肩を震わせ笑った。


「馬鹿じゃないの、心優。そんな事出来る訳っ――――」


 その時、犬宮は心優の家柄を思い出す。


 心優はヤクザの一人娘、裏社会との繋がりがある信三の宝物。

 心優が一言いえば、裏社会に潜む者達など簡単に動かす事が出来る。


 それを思い出し、犬宮は息を吐き頭を抱えた。


「――――こいつらの処分は、またあとで考える」


「?? わかりました」

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