第41話 魁と利用

 唖然としていた信三だったが、すぐに気を取り直し、犬宮の容態を確認した。


「大丈夫、そうだな。よかった」


「瘴気に当てられてクッソ気持ち悪かったし、体は重たかったしで、大丈夫ではないけどな。臭いもきついし、気絶するところだったぞ」


 犬宮は敬語すら忘れるほどに取り乱してはいたが、息を思いっきり吐いて気持ちを無理やり落ち着かせる。


 髪をかき上げ、気だるげに立ち上がった。


「さて、まだ魁は倒しきれていない。――――けど、ここで無理に倒す必要はないか」


「む、何故だ」


 またしても犬宮は、ニヤっと口角を上げたかと思うと、隣まで移動して来た信三を見る。

 漆黒の瞳は闇を渦巻き、光が見えない。


「利用できるものは、なんでも利用する。それが俺のやり方なので」


「魁を利用? だが、こやつは式神と呼ばれているのだろう? さすがのワシでも、式神という存在はわかっておるぞ」


 犬宮が何を言いたいのかわからない。

 質問すると、待っていましたと言うように下唇を舐め、犬宮は目を細めた。


「式神ではありません、そう見せていただけですよ。結界で動きを制限して、自分に従っているように見せつけていただけ。まったく、怪異をなんだと思っているんですかねぇ~。俺にはわかりかねます」


 地を這うような、低く、圧のある声。

 怒りなのか、憎しみなのか。はたまた違う感情か。


 犬宮の声からは負の感情しかとらえる事が出来ず、背筋に悪寒が走り、体を震わせた信三から目を逸らし、動かなくなった魁に近付いて行く。


 まだ目は開いており、微かに息がある。

 そんな魁に無防備に近付き、犬宮は瞼辺りに手を添え瞳を覗き込んだ。


 大きな黒い瞳には、犬宮の姿が映り込む。

 両目で見据え、何かを企んでいるような。動けなくなっている魁をあざ笑うような表情だ。


『――――ナ、ナニヲ、シタ』


「信三がギリギリ投げ込んだ物が、お前に悪さをしたんだよ」


『ナニヲ、イレタ…………』


「ただの水だよ。その辺のスーパーに売っている……な」


『ミズ、ダト?』


 ただの水だと聞かされ、魁の目は微かに開かれる。


「あぁ、そうだ。俺が持っていた水はそこら辺に売っている物だが、なにも含まれていない、純水に近い水を買ったんだ。それだけでお前はここまでのダメージを食らった。強くても弱点が多い。怪異というのも考えもんだな」


 口角を上げてあざ笑う犬宮に噛みつきたいが、体が動かずいう事を聞いてくれない。


「まぁ、今はどうでもいいな。もう終わったことだ。それより――……」


 犬宮はそこで言葉を切り、顔を上げ辺りを見回し始めた。


 最古を探しているのはすぐに分かる。

 不安そうに眉を八の字にし、視線をさ迷わせていた。


 だが、どこにも最古の姿はない。

 どこで何をしているのか。臭いで探そうにも、魁の臭いに鼻がやられてしまい、わからない。


 ここから駆けだしてすぐに最古を探したい情動に駆られていると、信三が犬宮の肩に手を置き笑みを向けた。


「翔の事はワシに任せておけ。賢ちゃんは、魁を何とかする事に集中するのだ」


「……………………わかりました、お願いします」


「任せておけ」


 後ろにいる竜と龍と目を合わせ、頷き合い駆けだした。

 魁の隣を通り過ぎ、奥の本堂へと向かって行った。


「――――翔の事はおそらく信三に任せられる。ついでに御子柴も、多分。俺は、もう一人の糞じじぃを何とかしようかな。黒田や心優と共に――……」


 ※


 本堂の中まで走った信三は、長く続く廊下を走り、目的の人物を探す。


「頭! 少年は本堂にいるのですか!?」


「間違いない! 巫女が走り本堂へと身を隠した際、翔も中に入るのが見えた。賢の気持ちを察し追いかけたのだろう」


 ――――わしも気づいた時に追いかけたかった。だが、行けなかった。

 足がすくんで、動けんかった。


 情けないと、愛娘である心優も頑張っているのにと、悔し気に顔を歪め、後悔の念が渦巻く。

 だが、ここで足を止める訳にはいかない。


 必ず、ここで汚名返上する。


 覚悟を決め廊下を走っていると、途中陰陽師達と遭遇してしまう。


 陰陽師でもなんでもない者達が、廊下を必死な形相で走っている姿を視界にいれてしまった二人は、小さな悲鳴を上げた。


 そんな陰陽師二人を、信三は慌てることなく一発殴って意識を奪う。

 何事もなかったかのように倒れた陰陽師達を踏みつけ走り続けた信三達は、前方で言い争っている声が聞こえ足を止めた。


 目を細め見てみると、最古を抱え駆けだそうとしている御子柴の姿。

 体を張ってもがき続けている最古の姿を見て、信三はヒュッと浅く息を吸う。


 ――――事前に話には聞いていた。

 紅城神社の巫女と陰陽師達は、最古と犬宮を狙っていると。

 邪魔をしてくる黒田と心優も殺そうともしていたとも。


 このまま連れていかれる訳にはいかない。

 信三は足に力を込め、ダンッと大きな音を鳴らす。

 一瞬のうちに最古の背後へと辿り着き、手を伸ばした。


 御子柴が目を見開き驚いている隙に最古を取り返し、すぐ後ろへ下がる。

 最古は何が起きたのかわからず、信三を固い笑顔で見た。


「――――なぜ、ここに」


「難関を切り抜ける事が出来たからなぁ」


「倒された気配など、ありませんが……」


 御子柴は困惑を隠す事が出来ず、冷や汗を滲ませ、思わず問いかける。


「そのような事、今となっては関係などない」


「……………………ふぅ。そうね、今は関係ないわ」


 取り乱していた御子柴だったが、今までの経験が生かされたのか。

 すぐに冷静を取り戻し、目を細め信三を見据えた。


「それより、早く奇血きけつを寄こしなさい。自ら私の元に来たという事は、こちら側に来たがっているという事でしょう?」


 赤い唇を横に引き延ばし、笑みを浮かべ誘うように右手を差し出す。

 信三は確認のため、後ろにいる最古を見た。


 彼はいつもの笑みを消さずに御子柴を見ている。

 だが、その瞳は恐怖に染まり、御子柴の言葉が嘘だと信三でもすぐに分かった。


 信三は「ふっ」と鼻で笑ったかと思うと、大きく口を開き豪快な笑い声をあげる。

 廊下に信三の笑い声が響き、御子柴は一驚。目を開き、固まった。


「かーっかっかっか!!! 何を言っているんだ、小娘が」


「な、なによ急に…………」


「てめぇには、こいつを見る事なぞ出来んよ。こいつが求めているものすらわからず、ただ怯えさせるしか出来ない小娘が。子供を見る資格はない」


 信三の言葉に、御子柴は目を開いた。

 細められている信三の瞳は鋭く、驚愕の表情を浮かべている御子柴を射抜く。


 自然と体が震え、頭に警告音が鳴り響く。

 だが、目的の人物はあともう少し手を伸ばせば届く距離。

 ここで負けるわけにはいかない。


 拳を強く握り唇を噛み、自身を奮い立たせた。


「――――わかりました。でしたら、ここからは実力行使と行きましょう」


 言いながら御子柴は懐に手を入れる。


「さぁ、もう出て来れるでしょう? この場にいる全ての者を凍らせなさい――――氷柱女房しがまにょうぼう


 懐から出したお札を掲げ、御子柴は氷柱女房しがまにょうぼうを出した。

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