第37話 協力者と約束

 大広場にいる御子柴は、何かに気づき動きを止めた。


「――――ん? どうした」


「………いえ、巴の方で異変が起きたみたいです」


「異変だと?」


「巴に預けていた氷柱女房が、何者かによってやられました」


「なんだと……?」


 御子柴の前に座っていた老人が、顎に生えている白いひげを撫で、眉を顰めた。


 目元は見えず、皺が刻まれている顔。

 見た目は普通の老人だが、服は狩衣。


 この老人は、紅城神社に所属している陰陽師達の陰陽頭。

 普通の老人とは考えられない空気を纏っており、近づくだけで身震いしてしまう。


「いかがいたしますか、陰陽頭様」


「うむ、巴がどのように動き出すかを確認し、処分するかを考えよう」


「わかりました」


 御子柴はそれだけを返し、静かに立ち上がる。

 一礼をし、大広場から姿を消した。


 残された陰陽頭は、天井を見上げ唸る。


「……………………また、してやられてはたまらん。必ず、狗神と奇血きけつを、怪異首無しから取り戻してやる」


 人を殺しそうなほどの眼光を覗かせ、陰陽頭は低くしわがれた声で呟いた。


 ※


「あの、黒田さん」


「ん? なんだ?」


 話し合いが終わり、三人は黒田の指示で地下牢へ続く階段を降りていた。


 カツン、カツンと三人の足音が響く階段で、黒田の後ろを歩いていた心優が名前を呼ぶ。


「犬宮さんの方は、作戦通りに進んでいるのでしょうか」


「まぁ、作戦通りかはわからんが、ゴールには近づいてるだろう」


「でも…………」


 ――――胸騒ぎがする、本当に大丈夫だろうか。


 視線を下げ、胸に手を添えていると、黒田が一度立ち止まり心優へと振り返る。


「心優ちゃん、賢は信じられないか?」


「そんなことはありませんが……」


「なら、信じてみろよ。あいつは、目的のためなら使えるもんは使うし、手段は択ばないところがあるだろう?」


 口角を上げ、強気な表情を心優に向ける。


 ――――それは、確かにと、納得してもいいのだろうか。


 呆れつつも、肩の力が抜けた感覚があり、深い息を吐いた。


「大丈夫だと、言い切れるだろ?」


「……………………はい」


 ――――言い切れるというか、今まで犬宮さんが失敗したことがなかったのを思い出しただけなんだけど。


 途中、失敗しそうになっても、絶対に斜め上の行動で乗り越えてきていた。

 それこそ、使える物は使って。


 胸を押さえ、心優は黒田の隣に降りた。

 笑い合い、先に進む。


 そんな二人を後ろで見ていた巴は、眉間に深い皺を寄せ立ち尽くす。


「……………………あんな笑顔を浮かべられる人が快楽殺人なんて、するわけがなかったね」


 胸につっかえていたものが全て落ちたのか、巴の表情は清々しいものに切り替わる。


 二人に置いて行かれないように追いつき、地下牢の最奥まで進む。

 心優と黒田が辿り着いた場所に巴も遅れて追いついた。


 牢屋の前に置かれている長テーブルを見て、顔を歪める。

 心優も顔を歪め、黒田は隣で鎖やチェーンソーなどを手に取り始めた。


「あ、あの、黒田さん? 一体、何を?」


「んー? すぐに相手を殺せるように準備しておこうかなと思ってなぁ~」


 白い八重歯を見せ笑う黒田の表情を見た二人は、思わず顔を青く染めた。


 そんな三人がいる地下牢の上、地上ではガヤガヤと、大きな音が聞こえ始めていた。


 ※


 黒田達が巫女の姿で紅城神社に潜入していた時、犬宮は真矢家に匿われていた。


「まさか、背後から近づいて来ていたのが側近の二人だったとは思いませんでした」


「あそこで叫ばなかったのは本当に確かりました。ありがとうございます」


 今は龍と竜、信三と犬宮が屋敷の一番奥にある部屋に身を潜めていた。

 真矢家の周りは数多くの陰陽師に囲まれており、身動きが取れない状態。


 だが、皆冷静で、取り乱している人はいない。 


 状況把握に徹し、次の一手を考えるため、犬宮が心優達と話していた作戦を信三達に伝えた。


「早く、心優達と合流しなければならん作戦だな。少しでも遅れれば失敗したと思われるぞ」


「そうですね。心優一人でしたらそう思っていたでしょう」


 意味深な言い方をする犬宮に怪訝そうな顔を浮かべ、信三は腕を組み彼を見た。


「どういうことだ」


「今回はあっちに黒田がいます。陰陽師どもが殺したいと思っている怪異です」


「その、黒田という者は、信用に値するのか? ワシの愛娘を預けられるほどに」


 鋭い眼光が、犬宮を射抜く。

 鋭利のような瞳を向けられてなお、犬宮は冷静に受け止める。


「はい。普段は馬鹿丸出しの青年ですが、中には首無しという強力な怪異が潜んでいます。そして、黒田はその首無しを完全に抑え込むほどの精神力を持っています。…………首無しを表に出した時には、少々戻すのに一苦労ですが…………」


 最初は自信満々に言っていた犬宮だったが、途中から目を逸らし声が小さくなる。

 そんな彼の様子を見て、信三は「うーむ」と唸り声を上げた。


「賢ちゃんにとっては、黒田という怪異が心から信用出来るのだな?」


 ────だから、その呼び方はやめてくれ。


 信三は、なぜか犬宮のことを"賢ちゃん"と呼ぶ。

 親しみを込めてと本人は言っているが、呼ばれている犬宮は内心嫌がっていた。


 現状で言うことでは無いため、心の中に留め、話を進める。


「黒田は俺と最古の命の恩人で、今まで幾度も守ってくれていたんです。たかが、俺の姉の約束を守る為だけに」


「約束……?」


 犬宮の黒い瞳は、過去を思い出し微かに揺れる。だが、光は失わず力が込められていた。


「俺の姉は、ストレスと病により、もうこの世にいません。最後、黒田は俺の事を姉から託されたみたいで、今もその約束のために守ってくれているんですよ」


 "あくまで約束しているから"と言う犬宮に、信三は何か言いたげにするが、特に何も言わず笑みを浮かべた。


「そうかそうか。それなら安心だ」


「はい。なので、俺達はあまり急がず、でも迅速にこの場を何とかしましょう」


「そうだな」


 この後は側近である龍と竜も会話に入り、作戦会議を進めた。

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