第36話 名前と協力者

 心優が叫ぶと、首無しは赤色の瞳を大きく開き、動きを止める。

 放たれた赤い糸は、心優の横を通り、巴に届く手前で地面に落ち無くなった。


 叫んだ直後、一応何が起きてもいいように心優は後ろに下がるが、動きを止めた首無しを見て大丈夫かと、警戒は解かず見続けた。


「う、ごきを止めた?」


 荒い息を整え首無しを見ていると、突如ガクンと膝から崩れ始める。

 頭も力なく地面へと落ち、心優は咄嗟に胴体の方を抱き留めた。


 流石に頭部の方は受け止められず、地面に落ちる。


「うっ、お、重たい!!」


 成人男性の体重を、心優が咄嗟に支える事が出来ず、共に倒れ込みそうになる手前で耐える。


 その際、受け止める事が出来なかった頭の方を見るが、黒髪で表情を確認できない。


 ――――今の黒田さんは、首無し? それとも黒田さん?


「~~~~~~いや、どっちでもいいから早く起きてくださいよ!!!」


 我慢の限界というように叫ぶと、やっと黒田が目を覚ます。

 体がピクッと動き、声が聞こえた。


「――――んっ」


「あ、起きましたか、起きましたよね黒田さん! 貴方は黒田さん!! 黒田朔さんです!! なので早く……、早く意識を覚醒させてください重たいです!!!」


「……………………すごい必死だねぇ」


 地面から聞こえる声、口調、雰囲気で、すぐ首無しではなく黒田に戻ったことはわかった。


 だが、それを喜ぶ余裕が今の心優にはない。

 今はただ、早く自分の力で立ってくれと願うのみ。


 黒田は意識が朧気の中現状をすぐに把握し、体に力を込め自身の足で立つ。

 地面に落ちている頭を拾い上げ、首に乗せた。


「あー、首がいてぇ…………」


 やっと黒田が自分で立ってくれ、心優は腰をポンポンと叩いた。


「私は腰と背中が痛いです……。黒田さん、意外と体重あるんですね」


「失礼な、俺は平均体重だ」


「際ですか」と、項垂れる。

 そんな心優の肩をポンと叩き、黒田は通り抜け巴へと近付いて行った。


 放心状態だった巴だが、黒田が近づいて来ている事に気づき、体を反転させ逃げ出そうとする。


「キャッ!」


 だが、黒田から逃げられるわけもなく、簡単に赤い糸により拘束され、地面にうつぶせで倒されてしまった。


「おいおい、なんで逃げるんだよ。何もしねぇって」


 地面に転んでしまった巴は、体を拘束されてしまっている為、立ち上がれない。

 隣にしゃがみ、笑みを浮かべ見下ろしてくる黒田を、青い顔で見上げるしか出来ない。


「――――なぁ、お前の演技力、俺達のために活かせ」


 突如黒田から放たれた言葉に、その場にいる全員が唖然。

 心優がもっとわかりやすく教えてほしいとじぃ~と見つめる。


「あー、心優ちゃん。もしかして、いらだってる?」


「別に……。何を考えているのかを迅速に分かりやすく教えてくれないかなと。そう思っていただけです」


「そう。いやな、こいつを利用する方法をちょっと考えててな」


 ニマニマと楽しげに笑いながら、顎に手を当て説明し始めた。


「今回の件、御子柴という女が大きく関わってんだろ? なんなら、主犯と言ってもいい。だから、そいつにこいつをうまく使えば、今より楽になるかなぁ~と」


 ニヤニヤと、何かを企んでいる黒田を見て、巴は意気消沈。

「終わった、私の人生」と、戯言のように呟いていた。


「ドンマイ、巴ちゃん」


「うっさい、黙れ」


「っ、え?」


 可愛い系だと思っていた巴からそんな罵声が飛んでくるとは思っておらず、心優は茫然としてしまう。

 驚き、思わず地面に倒れ込んでいる巴を見た。


「と、もえちゃん?」


「あーもう!! 本当にうるっさいなぁ。はいはい、もう色々終わっただろうし、めんどくさい。あんたの言う通りに動けばいいんでしょ? わかったから、早くこれを解いてよ」


 突如、豹変した巴に心優は放心。

 口を金魚のようにパクパクと動かしていた。


「へぇ~、それがお前の素か」


 笑っている黒田は、素を出し始めた巴を見て、顔を覗き込む。

 赤い瞳に見つめられ、身動きの取れない巴は睨み返した。


「何よ」


「いや、俺はそっちの方が好きだなぁ~っと、思ってな」


 ニヤッと笑いながらそんなことを言う黒田に、巴は柄にもなく顔を赤くさせる。

 目を開き、言葉を詰まらせた。


「っ、は。そ、そんなこと、心底どうでもいいわ」


 プイッと顔だけをよそに向け、赤い顔を誤魔化した。

 そんな彼女の態度を不思議に思いながらも、黒田は首を鳴らし拘束を解いた。


 自由になった体をのそりと起こし、髪をガシガシと苦い顔で掻く。

 数秒、沈黙していると、右手を広げ見つめた。


「……………………私は、だまされていたのね」


「そうだろうな。実際、俺はやってないし」


「そう」


 もう、黒田が犯人ではないとわかった。だが、それでも心から信じていた御子柴が、自身に嘘を吐いていたことをすぐ納得は出来ない。


 ――――巴ちゃん、だまされていたんだ。


 両親を殺された悲しい気持ちを、怒りの感情を逆に、利用された。

 心優は横に垂らしている拳がぎゅっと握り、震わせる。


 そんな心優の姿を見て巴は鼻を鳴らし、小馬鹿にするように笑った。


「へぇ、それは何に対しての怒り? 私に騙されていたから? あんたの大事な仲間を傷つけようとしたから? 負けたのはこっちなんだから、特に怒る事もなくない?」


 巴がケラケラと笑っているが、それは表面上のみ。


 目は悲しみに満ち、どこにぶつければいいのかわからない怒りを誤魔化して、笑っているように感じていた。


 何か声を掛けたい。

 そう思うが、言葉が出ない。


「おい、もう動かねぇと時間がねぇぞ」


「わ、かりました」


 何も言えず、心優は黒田へと視線を送った。


「あ、そうそう」


 なにか演技っぽく手を打ち、心優と巴へと振り返る。


「今からお前は俺達の仲間となる。つまり、絶対に殺されない。俺達は皆、殺生が嫌いだからな」


 その言葉に、巴は大きく目を見開いた。

 口元が震え、目じりが赤くなる。


「わかったか?」


「…………分かったわよ」


 巴の返答に黒田は満足そうに笑い、「行くぞ」と率いる。

 心優も、黒田の言葉に満足。気を引き締め黒田について行く。


「いやぁ、女の仲間が増えて嬉しぃねぇ~。へっへ~」


 口笛を吹きながらそんなことを言っている黒田を見て、心優と巴は顔を見合せ、呆れたように頭を抱えた。

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