第35話 本物と名前
「――――何が、起きているの…………」
目の前で繰り広げられている光景に、巴は心優の腕の中でカタカタと小さな体を震わせている。
心優も同じく、首無しと氷柱女房の攻防から目を離せず、唖然としていた。
「わからない。わからないけど、今は黒田さんを信じる。私は、それしかできない」
心優の言葉に、巴は何も反応を見せない。
目の前で繰り広げられている攻防から、目を離せずにいた。
「それと、もう一つ。首無しさんが勝ったら、貴方は私達の言う通りに動いてもらいたいの。貴方は首無しさんを、御子柴さんが言ったからというちっぽけな理由だけで疑い、殺そうとした。これだけで済むのをありがたいと思ってほしいかな」
心優から放たれる嫌悪の瞳に巴は何も言えず、ただただ頷いた。
――――やっぱり、黒田さんが無意味に人を殺す事なんてなかった。
少しでも疑ってしまった自分が情けない。
口では強気に言い放つが、気持ちはそうではない。
少しだとしても、黒田を疑った自分が情けない。
気持ちが落ち込み、顔を俯かせる。
だが、今はそんなことで落ち込んでいる暇はないと、すぐに気持ちを切り替え、顔を上げた。
――――大丈夫、首無しさんは強い。私は、犬宮さんに言われた言葉を黒田さんに言い放つだけ。
犬宮は、プランBに移行した時のために、心優には魔法の言葉を伝えていた。
それは、首無しに体を乗っ取られた黒田を呼び起こす言葉。
自分のやるべきことを確認し、心優はマイペースに会話をしながら攻防を繰り広げる二人を見た。
赤い糸を出し氷柱女房を縛り上げようとするが、それを簡単に凍らせる。
そんな攻防の中で、二人は本当に戦闘中なのかと疑う会話を繰り広げていた。
『氷柱女房は、まぁ、雪女と同じくくりで考えればいいか。問題は、お前が式神であるという事。式神は主を殺さなければ何度でも作り出される。厄介だなぁ~』
『失礼極まりない発言の数々、貴方は本当に下品ね。その口、聞けなくしてあげます』
『普通に考えて無理だろ』
よほど自信があるらしく、首無しは冷静に否定。
胴体を動かし、赤い糸を氷柱女房に向けて放ち続けた。
自身に絡まる前に氷柱女房は凍らせ、破壊。
冷気を強く放ち、奥にいる首無しの胴体を狙う。
地面を蹴り、後ろへ回避。
お互い一切引かない攻防が繰り広げられ、心優達は目を離せない。
氷柱女房は冷気を出すだけでなく大きな氷柱も作れるため、胴体ではなく、首無しの頭を狙いに行く。
だが、首無しは口角を上げ余裕を見せる。
次々迫りくる氷柱をひらりと躱し、体の方も冷気を放たれているが、余裕で回避。
簡単にひょいひょいと避け、氷柱女房はいら立ちが募る。
『おやおやぁ~?? なんか怒ってねぇ~かぁ~? どうした、大丈夫か? 攻撃が当たらなくて疲れたか? おーおー、どうなんだぁ~?』
余裕を崩さず、首無しは挑発する。
カチンと、氷柱女房は青筋を立て、藍色の瞳を光らせた。
『この私をよくも、馬鹿にしましたね。許しません、許しませんよ、首無し風情が』
『何をしてくれのかねぇ~、楽しみだ』
言うと同時、首無しは眉を顰め顔を後ろに向けた。
『あぁ~?』
『終わりよ――……』
黒田の視界に広がるのは、氷で作られた獣の口内。
簡単に黒田の首など丸のみに出来るほど大きく開かれる。
心優が名前を叫ぼうとした時、予想外な展開が起こり言葉を失った。
『――――ごほっ』
『終わりは、どっちかねぇ~』
氷の獣は、黒田の頭をかみ砕く一歩手前で水になり、地面に落ちた。
その理由は、氷柱女房の身体が赤い糸により切り刻まれたから。
赤い瞳を細め、にんまりと笑う。
切り刻まれ、驚愕の表情を浮かべながら地面に落ちる氷柱女房をあざ笑うように見下ろした。
『生き物という物は大技を出す時、視野が狭くなる。お前は、自分の技で負けるんだよ。残念だったなぁ~、氷柱女房』
『ま、さか、待っていた……の?』
問いかけるが、返答を待たずに氷柱女房の身体はちぎれたお札に戻ってしまった。
『聞こえているかわからんが、一応教えてやるよ。待っていたぞ、俺の技は全て凍らされて終わりだろうからなぁ~。無駄に力を振るいたいわけじゃねぇんだよ、俺は。殺したいんだよ。俺を殺そうとしてくる者すべてをな
――………』
下唇を舐め、胴体と共に首を地面に近付かせお札を見る。
手を伸ばし拾い上げると、目を細め、風に乗せ飛ばした。
『――――まっ、いまさら言っても、意味はねぇよなぁ~?』
まだ、首と胴体はくっついていない。
フヨフヨと浮く首は、体を震わせている二人に向けられた。
にんまりと口角を上げたかと思うと、下唇を舐め静かに近付き始める。
「っ!」
「下がって」
心優も巴も、首無しが次に狙いを定めた人がわかり瞬時に下がらせた。
首無しはそんな二人を見て、あざ笑う。
『へぇ~、人間様がこの俺様に楯突こうと? 笑えるなぁ~。おい、そこをどけ。俺はおめぇ~じゃなくて、おめぇ~の後ろにいる女を殺したいんだ』
――――どくわけにはいかない。チャンスは一回、必ず成功させる。
恐怖でなのか、成功させなければならないという緊張感でなのか。
心優の足は震え、立っているのがやっと。
そんな彼女を見て、首無しは笑う。
だが、すぐに笑い声を消し、赤い瞳を向けた。
その瞳は濁っており、視ていられない。
見てしまうと、体がいう事を利かなくなる。
『避ける気、ないらしいな』
「……………………」
『なら、いい。俺様はしっかりと伝えたからな。それじゃ、お前もろとも、刻んでやるよ』
黒田の言葉に、心優は拳を握り足に力を込める。
まさか、人間が自身に牙を向くとは思っておらず、首無しは完全に油断していた。
『抵抗したところで、死ぬのが遅くなるだけだぞ』
右手を前に出し『終わりだ』と、赤い糸を放った。
その一瞬で、心優は地面を強く蹴り、姿勢を低くし、首無しに向かって走り出す。
自ら向かってくるなど思っておらず、さすがの首無しも目を開き動揺を見せた。
驚いている隙に首無しの懐に入った心優は、息を大きく吸いこみ、耳元で思いっきり叫んだ。
「黒田朔さん!! 貴方は他の誰でもない、黒田朔ですよ!!」
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