第34話 接近と本物
『…………』
「おっ、凍らせるのはやめておいた方がいいぞ」
黒田の言葉をすぐ理解出来なかった氷柱女房だったが、隣を見てすぐに氷を溶かす。
『――――学習したみたいね』
「当たり前だろう? 俺みたいな頭のいい怪異は、同じことを繰り返さねぇんだよ」
黒田の手から放たれている赤い糸は、氷柱女房だけでなく巴の首にも巻かれていた。
「っ、こんな糸!! ――――いっ!!」
解こうと力任せに引っ張ると、逆に手のひらが切れてしまい痛みが走る。
手のひらが深く切れてしまい、ズキズキと痛む。
見ると血がとめどなく流れ、地面に落ちた。
「くくくっ、その驚きの顔、面白れぇなぁ~」
喉を鳴らし、面白おかしく黒田は笑う。
「一応、一つ言っといてやるよ。その糸は石なども簡単に切り裂くことが出来るほど、切れ味抜群なんだ。今は俺が調整してっから、余計なことをしなけりゃ問題はねぇが――ふふっ」
巫女装束の長い袖を口元に当て、クスクス笑う。
妖艶で、遊女のようにも見える黒田の雰囲気に、心優は思わず離れた場所で息を飲む。
「こんの!! やっぱり、あんたは最低だ。この、快楽殺人鬼が!!」
「快楽殺人鬼ねぇ。数百年ぶりに聞いたなぁ~。いやぁ、懐かしい。最近は聞かなくなったなぁ~」
「何を言っているのよ。貴方は十年前、私の両親を殺したくせに!!」
額に青筋を立て、喚き散らす。
後ろで見ていた心優も黒田の反応に驚愕。「やっぱり、殺していたの?」と、心臓がどくどくと音を鳴らす。
この場で一人笑っていた黒田は、最後の言葉に笑みを消し、眉を顰めた。
「――――あぁ? 十年前?」
「そうよ。貴方は十年前、私の両親を殺した。何もしていないはずなのに、何も悪い事なんてしていないのに!! なのに、貴方は私の両親を、ただ楽しいからという理由だけで殺した!」
息を荒くし、肩を上下に動かし怒りのままに黒田を睨む。
睨まれている彼は「んー?」と、首を傾げ顎に手を当てた。
「十年前……。俺、陰陽師に追われてたから、人を殺す余裕はなかったはずなんだが……」
「……………………え」
黒田から放たれた言葉に、この場にいる全員体を凍らせる。
誰も言葉を発せない中、黒田は腕を組み記憶をかき集めた。
「十年前は俺、狗神を保護して生活していたから、人間を殺していない。そもそも、現代になってからは無意味に人を殺してないぞ。誰と間違えてんだ?」
声質や口調は一定で、嘘を吐いているようには感じない。
それでも巴は信じられず、慌てて否定を口にする。
「え、で、でも! 御子柴様が、私の両親は首無しという怪異に殺されたって……」
「それ、確かな情報なのか?」
「確かなって……」
予想外の黒田の反応に巴はたじたじ。
言葉を繋げたくとも思考が回らず、目線を泳がせる。
「そうだ。首無しという怪異がやったという確証はあるのか?」
「そ、それは、部屋が密室で……。首と胴体が切り離されて……」
「そんなもん、怪異が絡んでなくても簡単に小細工可能だろう」
腕を組み、黒田ははっきりと言い放つ。
「そ、それでも!!」
巴が言い返そうとしたが、黒田がかぶせるように言葉を繋げた。
「それに、首無しという怪異はこの世に生まれ出て少ししてから、もう一つの自我を持ち、今はその自我により封じ込まれている。つまり、今の俺が首無しという怪異を抑え込めているし、十年前は狗神を保護して餓鬼の面倒を見ていた時期だから人を殺すのは不可能だ」
腰に手を当て言い切った黒田に、巴は数回瞬きをしポカンと口を開ける。
「でも、でも……」と、同じ言葉を戯言のように何度も繰り返した。
そんな時、木の影から二人の話を聞いていた心優は、黒田からの説明に、終始唖然。
でも、どこか安心している自分もおり、胸をなでおろした。
「それにな、首無しが仮にお前の両親を殺していたとしても、今のお前の説明にはおかしな点がある」
黒田の付け加えられた言葉に、焦心している巴は首を傾げた。
「首無しという怪異は、やりたいことがあれば力技でどうにかする。それが通じる程に首無しは強い。だから、密室にする必要はない。誰が来たところで首無しは勝てるし、証拠を残し人間に追われても、特に動じない」
「ここまで言えば納得してくれるか?」と、犯人だと一方的に決めつけられ頬を膨らませふてくされている黒田は、言葉を切った。
何か言い返したいが、
視線を地面に落とし、意気消沈。
信じていた御子柴からの言葉は嘘だったのかと絶望した。
「まさか、御子柴様が間違えるなんて、そんな事、あるわけがない……」
「でも、間違えているじゃねぇか。首無しはやってねぇし。密室にする理由もない。────だが、人間なら密室にする動機はあるよな?」
ニヤッと、黒田は笑い、赤い目を細めた。
「……………………え、動機?」
「そう。例えば、俺のような怪異に罪を擦り付けるため――――とかな」
――――え? 黒田さんに、罪を擦り付ける……?
心優と巴が驚愕の表情を浮かべ何も言えなくなっていると、背後にいた
「――――え、
冷気が漂い始め、辺りを凍らせ始めた。
巴が疑問の声を上げるのと同時に、黒田が糸を引っ張り体を刻もうとした。
だが、それより先に凍らされてしまう。
繋がっていた巴の糸も凍り、首に霜が張る。
体が冷え、両腕で自身の体を摩った。
「な、なに? やめて、
主であるはずの巴の言葉を聞かず、
このままでは、一番近くにいる巴が一番最初に凍り付けにされてしまう。
そう思い、黒田は傷をつけないように巴に糸を巻き付け、自身へと引き寄せた。
「きゃっ――――」
――――ポスッ
黒田が優しく受け止めた事により、巴は地面に倒れ込むことなく、怪我もしなかった。
「あーあ、やっちまったなぁ。これじゃ、内側からゆっくりと倒していくことができねぇ」
冷気を出し続ける氷柱女房を見て、黒田は肩を落としため息を吐いた。
「はぁぁぁぁあああ、仕方がない。プランBに移行するかぁ……トホホ」
ウィッグを取り、黒田はげんなりと後ろにいる心優を呼ぶ。
「心優ちゃん、プランBの準備」
「え、は、はい!!」
すぐに心優は飛び出し、巴を預かった。
「え、心優ちゃん?」
「大丈夫だよ、巴ちゃん」
何が起きたのかわからない巴は、されるがままに心優の腕の中にすっぽりと入る。
そんな二人を守るように、黒田は前に一歩出た。
『主の命令により、この場にいる全ての者を凍らせます』
「主の命令……。あぁ、なるほどな。おめぇはこいつの式神じゃないんだな。何となく察してはいたけど。──おい、後ろの人間」
黒田が巴を呼ぶと、肩を大きく震わせ彼の大きな背中を見た。
「見ておけよ。これが、本物の首無し様だ」
黒田が言うと、凍り始めていた足元に瘴気が漂い始めた。
同時に首に巻かれていた包帯を取り、ぶちぶちと自身で縫い合わせていた糸をちぎり始める。
「はぁ」と口から瘴気を吐き出す。
雰囲気ががらりと変わった黒田を見て、二人は冷や汗が滲み出る。
「は、始まるよ。本物の、首無しという怪異の戦いが」
黒田が瘴気に包まれ、次に姿を現した時には巫女装束ではなく、いつもの柄物のTシャツにズボンの姿となっていた。
首は胴体から切り離され、空中へと上がった。
『――――ケケケッ。やっと、俺様の出番か。待ちくたびれたぜ、朔』
白い八重歯を見せ、赤い瞳を光らせながら、首無しが黒田の身体に現れた。
『相手は雪女――――いや、
『たわけもの。私が、首無しと言った下品な怪異に負ける訳がありません。主の命令は絶対です』
二人が睨み合い、牽制し合う。
心優は巻き込まれないように後ろへ下がり、巻き込まれないように、黒田の邪魔をしないように。
気を付けながら、戦闘を見届けた。
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